47 目くらまし
仕事を終えたリカルドは騎馬でオルスター家に向かっていた。
意を決してアーノルドの執務室を訪ねたところ、午後から水道局へ赴いており今日はそこから帰宅をしてしまう予定であるとアーノルドの部下から聞かされたのだった。
アーノルドと1対1で話をすることを考えると、嫌でも初めて話をしたあの日の凍りつくような雰囲気を思い出す。
彼の屋敷で奥方のマリアンヌが側にいてくれたら、雰囲気がいくらかましになるのでは…と願いながら馬を走らせた。
オルスター家には王宮を出る前に伝令を送っている。
門の前で馬から降り、引きながら玄関へと向かう。
玄関に着く前に馬丁がやってきて馬を預かってくれた。
玄関の前に立つと直ぐに有能な執事が扉を開けて挨拶をし、応接間へと案内する。
そこには既にマリアンヌがソファーに座って待っていた。
「こんにちは。主人の帰宅が遅れているので、少しお待ちいただけるかしら?」
「もちろんです。こちらこそ急な訪問で失礼しました。」
アーノルドを待つ間にユリアーヌの様子を話した。
熱が下がったことや食欲も出てきたことを話すとマリアンヌは喜んだ。
マリアンヌはユリアーヌが好きな食べ物や好む味付け、好きな香りや花などをリカルドに教えた。
そんなことを話しているうちにアーノルドが帰宅した。
執事がアーノルドを通すとリカルドは立ちあがり騎士の礼を取った。
「この度は断りも入れず、私の独断でユリアーヌ嬢を我が家にて保護してしまい申し訳ありませんでした。」
あの事件の後、直接会うこともなかったので深々と頭を下げる。
アーノルドに頭を上げるように、そして座るように言われそれに従った。
「そのことは王太子殿下からも最良の判断だと言われているので、私は娘を護りそう判断した君に感謝をしている。ずっと家にいたあの子がこの家に居ないのは少しばかり寂しいがね。」
リカルドは何か厳しく言われるのを覚悟してオルスター家を訪れたが、彼は庁舎や王宮で普段皆が見ている穏やかなアーノルドであった。
それでいてどこか寂しそうな表情にリカルドの張りつめていた気持ちが少し緩められた。
「君はユリアーヌの生い立ちやルーニーについては聞いているのかい?」
と聞かれたので「ユリアーヌ嬢本人が話してくれました。」と伝えれば、「そうか…。」とため息交じりの返事が返ってきた。
「それで今日は謝罪にだけに来たわけではないだろう?…私は何をしたらいい?」
察しの良いアーノルドから切り出してくれたので、リカルドは昨夜のユリアーヌのことを伝える。
もちろん抱きしめて一晩過ごしたことは省いてだが。
「私の屋敷は若い侍女を置いておらず、通いの女中ばかりです。未だ不安が拭えないユリアーヌ嬢に安心を与え、彼女の身の回りの世話に慣れた者をお貸し願いたいのです。」
アーノルドは扉の内側に控えていた執事に「アリスをここに呼びなさい。」と指示した。
暫くして入って来たアリスと言う侍女は、ユリアーヌが連れているところを何度か見たことのある侍女だった。
「このアリスはユリアが幼いころから一緒にいて心を許している者だ。娘も安心するだろう。身の回りの物は我々よりもアリスの方が詳しいから彼女に遠慮なく言って揃えさせてくれ。」
リカルドはアリスに自分の屋敷には女性の物が殆どないことを伝え支度を任せた。
アーノルドからの安全上の提案で念には念をと、直接アーバンヒル邸には行かず荷物とアリスをマリアンヌの実家のフィルダナ公爵家を経由しリカルドの母セレイナの実家サルバドール侯爵の屋敷に送り、そこで候爵家の馬車に移し替えて翌日にアーバンヒル邸に運びこむことにした。
貴族間ではお茶会やサロンへの招待などが頻繁であるのでよい隠れ蓑になる。
アリスがマリアンヌとともに荷を整えるのに明日1日必要で、その翌日にフィルダナ家へ移動し1泊。さらに次の日にサルバドール邸でも1泊するのでアーバンヒル邸への到着は今日から4日後となる。
アリスはさっそく準備に取り掛かるために応接室を辞した。
リカルドは大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。
「アーノルド殿と奥方に改めて、お願いの話がございます。」
居住まいを正し再び緊張した面持ちと丁寧な言葉遣いでリカルドは夫妻に向かってそう言った。
アーノルドはリカルドの顔つきが変わったのを見て、扉の前に控えていた執事を下がらせた。
こうして応接間はオルスター夫妻とリカルドの3人だけとなった。




