45 ある令嬢の物語
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ある国で世継ぎの王子がお生まれになられました。
数年経つとまだ王子が10歳にも満たないというのに、その国では王子のお妃候補の話がされ貴族たちは色めき立ちます。
なぜならば王子と年齢が釣り合う令嬢をお持ちの貴族がそれは多くいたからです。
王族と縁を繋げるということは貴族の誰もが夢見ることです。
この国の高位貴族のある家にも王子の3歳年下になる娘がおりました。
父親は穏やかな人でしたが母親は気が強く少々派手好きで、自分の娘を何としても王太子妃にしたいと思っていました。
娘は容姿に恵まれて愛らしく、周囲からも数年後が楽しみだと言われておりました。
それに気を良くした母親が王太子妃にすると意気込み、娘は幼少より厳しいお妃教育を受けさせられ意見をすることも我儘も許されず、愛情も自由もほとんど無い世界で育ちました。
いつの頃からか自分が従順にしていて学んだことがきちんとできれば母親は機嫌がよく、可愛がってくれることに気付いた娘は必死にそのことに努めることにしました。
年月は瞬く間に過ぎ母親自慢の娘に育ったその娘も、社交界にデビューする歳になりました。
その頃の社交界は同じようにお妃にと育てられた妙齢の令嬢で溢れかえっていました。
もちろん陰口や嫌がらせなどは日常茶飯事で、美しい顔の裏では常に誰かを陥れて1人でも多くの王太子妃候補を排除することに皆が執心しておりました。
もちろんこの娘も例外ではありません。
他の令嬢たち同様に高慢な態度と利己的な考えで、他の令嬢の粗を見つけては蔑んでいました。
そして事件はある日、突然起こったのです。
いつものように招かれた夜会で一息つくために庭に出たところ、ガサリと庭木より飛び出てきた男に液体を掛けられたのです。
「きゃあ!」と上げた声に反応した警備の者が走って来て、逃げていくその男を捉えました。
液体がかかった娘の左頬から首のあたりは真っ赤になり、娘は「熱い!熱い!」と喚きながらその場に崩れ落ち意識を失ったそうです。
液体をかけた男は令嬢たちのいじめを苦に命を絶った令嬢に想いを寄せていた幼なじみだということです。
その令嬢は控えめで優しい気弱な性格で、王太子妃など望んでおりませんでした。
しかし両親の期待に応えるべく、望んでいない社交界へと何度か足を運んでいたのだそうです。
気後れして常に壁の華であった彼女ですが、王宮での夜会に一度だけ王太子殿下に声をかけられたそうです。
正確に言いますと声をかけられたのではなく、通りかかった殿下が足元に転がっていたイヤリングを拾いそれを一番近くにいた彼女に「あなたのものですか?」と尋ねられた…ただそれだけだったのです。
彼女のものではなかったのでもちろん「違います。」と微笑みながら答えるとそれっきり会話は終わったのですが、その出来事は嫉妬と妬みの巣窟ではもちろん正しくは伝わらず、意地の悪いうわさ話となって瞬く間に広がったそうです。
それからは言わずもがな…です。
さて液体をかけられた娘の左頬から首にかけては醜くただれてしまい、とうとう治りませんでした。
母親は金と労力と自身の想いを娘に注ぎ込んで生きてきたので、何としても治したかったのでしょう。
方々の医者はもちろん、祈祷師に呪師…占い師や魔女…ありとあらゆるものを頼りました。
そうこうするうちに随分前に俗世を断ち入信し、長らく音信不通だった弟を母親は探し当て違法な魔術に行きついたようです。
魔術に傾倒した母親はそれから何年かしたある日、通い詰めていた教会から帰って来ると突然口から泡を吹いて倒れこの世を去りました。
しかし娘は母親の死を悲しむでもなく、その瞳は何の感情もなく淡々としていたようです。
老いてきた父親が息子に家督を譲り、その息子…彼女の弟が婚約することになった時に嫁ぎ遅れの姉がいては印象が悪いと、娘はかなり年上の男へ多くの持参金とともに強制的に嫁がされました。
ただれのせいで社交界に出られず太った面白みのない年上の男の後妻となった娘は、母親以上に魔術に傾倒し、顔を汚される前の若々しい自分に戻る術を必死に探しました。
それから数年後、準備が整ったと母の弟だった魔術使いから言われ期待を胸に向かいました。
いよいよ始まるその儀式に女は黒いドレスに身を包み『その刻』を待ちました。
魔術師は床に大きく複雑な魔法陣を描くと、その中心にこの日のために用意したという拘束した「器」となる少女を座らせました。
その娘の向かいに顔がただれた女を座らせ、陣を囲むように魔術師数人が立ち魔法発動のための詠唱を始めました。
魔法陣が眩い光を発し、目を眩まします。
詠唱が止むと光はおさまり魔法陣は消えていました。
魔法陣の中心にはただれが無くなって若返った女が1人と、干からびた人間と思われる躯が1体転がっていました。
若さと美貌を取り戻した女は喜びその場を後にすると姿をくらまし、再び婚家に戻ることは無かったのだそうです。
望んだものを手に入れられた彼女のその後は知られていませんが、きっと自身の幸せも手に入れたことでしょう。




