4 特別な石①
養子申請の書類を提出し、それが問題なく受理されて暫く経ったある日のこと。
オルスター夫妻は娘のユリアーヌを連れて、シルベスの屋敷の(マリアンヌの実家でもある)フィルダナ家を訪れた。
ユリアーヌがオルスター家の庭に現れた日から、2カ月と少し経っていた。
養子申請時に年齢記入も必要だったこともあり、マリアンヌを子どもの頃から診ている信頼のおける老医師にユリアーヌの健康診断を依頼した。
食が細いせいか同じくらいの年の子どもに比べて少々痩せてはいるが、健康状態に問題はなく、骨格や歯の状態から5歳くらいと推定された。
ユリアーヌは理解力と物覚えが良く、今の自分の状況を把握し言葉もたどたどしいながらも日常会話は理解し覚えつつあった。
「こんにちはぁ、ユリアでしゅ。」
と舌っ足らずに言いながら、覚えたての淑女の礼をとる。
もうそれだけで書類上叔父にあたるシルベスはメロメロだ。
「シルベス叔父さんですよ。ユリアちゃん、よろしくね。」
蕩けそうな顔に甘い声…いったいどこの誰だ?と職場の人間は思うだろうというくらい、別人のようだとアーノルドは思った。
「何だかお兄様、気持ちが悪いですわ…。」
とマリアンヌも言った。
フィルダナ家には5歳の息子と間もなく1歳になる娘がいる。
年の近い5歳の息子 エリックとユリアーヌをサンルームで顔合わせをすると、子ども同士緊張しながらも遊び始めたので近くのソファーに座って、例の「モノ」についての話を始めた。
シルベスが艶のあるシンプルな木製の箱を、コトリとテーブルの上に置いた。
そしてその箱のふたをそっと開ける。
中には美しいペンダントが1つ、横たわっていた。
茶色の細い革ひもの先には、しずく型の美しい瑠璃色の石が付いていた。
「まぁ、素敵!」思わずマリアンヌがため息を漏らす。
シルベスの顔と声が真面目なものへと変わる。
「ユリアにはルーニーが無い。今のまま年老いて死ぬまで家に閉じ込めて、そっと生きていくなら気にすることもないだろう。でも彼女の幸せのためにもそうはいかない。そこで『これ』だ。」
シルベスはこのペンダントについて語り始めた。
このペンダントはシルベスの祖母アリアの持ち物で、祖母の「母親の形見」だという。
祖母アリアの母、クリスティンは隣国リングランの高貴な生まれで容姿は美しく、性格も明るくそれでいて出過ぎるところもない非の打ち所がない人だった。
しかしその時代のリングラン国はルーニーが強いものが優れているとされる時代であったため、後継ぎの子にも強いルーニーの内在が求められた。
現在ではルーニーに遺伝性はないと研究機関が証明しているが、当時のリングラン国では妻に迎える女性のルーニーが強い方が、より強いルーニーを持った子が生まれる…と信じられていた。
クリスティンは全てに恵まれながらも、残念ながらルーニーがとても弱かった。
本人はそれでも一向に構わなかったのだが、いい結婚をさせて幸せになってほしいという両親の強い願いがあった。
両親は彼女のルーニーを補えるものがあるはずだ、と富や財力を使って方々を探した。
世界中から様々な情報を集め、そしてルーニーに関する不思議なモノを取り寄せ手に入れていた。
このペンダントはその中の一つで、唯一クリスティンが嫁ぐ際に持参したものだ。
青い石は普通と異なる性質を持った特殊な「魔石」らしい。
通常は弱い魔力を帯びている石を魔石と呼んで採掘し、そこにルーナが扱える者の手で必要な形の力に変化させてその魔石の中に閉じ込める。
閉じ込められている力を使うときは、ルーニーを使って石から力を開放していく。
使えば当然魔石の力は減るので、再び補充するために力の無くなった魔石を魔石屋に…というリサイクル事業が行われている。
街には国営の魔石屋があり、その売買した金が国の財源の1つになっている。
これが一般的な魔石の使い方だ。
魔石には用途に応じたルーナが閉じ込めてあるので、手で感じ取れば何の力が入っているのか分かるが、触らなければ感じることはできない。
しかしこの瑠璃色をした魔石は他とは異なる性質を持っていた。
自然や生き物などから漏れた余剰な力を吸い取り、その一定量を石の持ち主に流し入れ、その力を巡回させたのち体外に排出させている。
まるで生物が呼吸をするように、この魔石は力を入れるのを手伝い、そして自然に出しているのだ。
身に付けていれば誰もがその者から醸し出されるルーニーだと信じて疑わないだろう。
祖母の母クリスティンはルーニーを補うためというよりは、両親のためにと身に付けていたようだ。
結局ルーニーの強さにこだわらない、隣国フォルスタから留学していた第2王子のローランド・イル・フォルスタに見初められ、結婚することになった。
祖母の話によると
「部屋に明かりを灯したり、暑いときは風を起こしたりすることを人に頼まなくても自分でできるようになったから、少し便利になったわ。」
と曾祖母は笑って言っていたとのことだ。