41 二夜明けて
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まだ明け方と言うには早い時間にユリアーヌは目を覚ました。
見慣れぬ部屋は真っ暗ではなく、自分が横たわるベッドの足側にある暖炉の火がやんわりと部屋を優しく照らしていた。
ユリアーヌはぼんやりとしている頭を一生懸命巡らせ、自分が今どこにいるのかを把握しようとする。
孤児院・馬車・ヨハン・老人・リカルド・魔獣・森…
それら映像が断片的に頭をよぎった。
そうだ自分は逃げているうちに足を挫いて歩くこともできなくなり、ヨハンが囮となってくれた。
それで…リカルド様が見つけてくれて安心して…。
そこからの記憶が無い。
「つっっ!」
身じろぎして横たえていた体を起こすと右足首に痛みが走った。
「ん?目が覚めたか?」
暖炉の近くの椅子で仮眠を取っていた人物が立ち上がり、ユリアーヌの方に近付いてきた。
暖炉の暖かな光が逆光になっていてユリアーヌからは顔が分らなかったが、その人物がベッドに近づくと顔が分かりユリアーヌの顔がパッと明るくなった。
「セレイナ先生?あの…私…?」
ユリアーヌは自分の記憶とここがどこで、孤児院のセレイナ先生がなぜ居るのかが繋がらず混乱していた。
「ここはセレイナ先生のお屋敷なのですか?」
「いいや、私のではなく私の息子の屋敷だよ。怖い思いをしただろう?それでユリアちゃんを守るためにここが一番適していると判断してリーは…息子はここに運んだ。詳しいことは間もなく息子が帰ってくるから彼に聞くといい。」
そう言われて優しい手で頭を撫でられると安心することができた。
まだ夜が明けたばかりの薄暗い部屋に、セレイナが部屋の灯りを灯してくれた。
「ほら、帰ってきた。」
そうセレイナが言った通り朝の静寂が終わり、馬が屋敷に駆け込む音や玄関付近がざわめき使用人たちが屋敷の主人を出迎える気配などがしている。
急いで階段を上がりこの部屋に近づく堅い男物の靴音がしていたが、扉の前で止まると少し間があった後に小さくノックがされた。
「どうぞ。」とユリアに代わってセレイナが答える。
扉を開けてぬっと入ってきたのは騎士服のリカルドだった。
「えっ!?リカルド様。」
「ユリア、目が覚めたか。具合はどうだ?」
ベッドに近づこうとするリカルドの前に立ち、近づくのを阻止したのはセレイナだった。
「ちょっと待ちなさい。身を清めて衣服も改めてからにしてくれないか。まだ本調子ではない彼女が変な病気になったら堪らない。男臭いし、葉巻臭いし…これだから騎士団は。」
リカルド自身はタバコを吸ったりしないが、男ばかりで汗臭く葉巻を吸ったりする者もいる場所に長時間いたのだ。
男臭いと言われても自分も男であるし、その場にずっといたためか自覚は無い。
自分だって昔はそこに所属していただろうに…とリカルドは心の中で文句を一つ付いたが、確かに言われた通りに身を清めてくる方がいいに決まっている。
リカルドは「わかったよ。着替えてくる。」と足早に出て行った。
「さあユリアちゃんも寝衣で男性と会うのは宜しくないから、着替えよう。人を呼んでくるからそのまま待っていて。」
部屋を出ていくセレイナに言われて、自分が着ているものが厚手の素材でできてはいるがサイズの合っていない寝衣であることに気付く。
胸元が広く開いてしまっていることに気付き赤面し、慌てて胸元を押さえた。
セレイナが出て行ってすぐに年齢が上のベテラン使用人が入ってきた。
「到着されてからお嬢様のお世話をさせてもらっています、マーサと申します。この屋敷には使用人が少なくてご不便かと思いますが、何なりとお申し付けくださいね。」
とても笑顔が優しい女性にユリアーヌも安心した。
「私はユリアーヌ・オルスターです。突然のことで私もまだ何も把握できていないのですが、こちらこそよろしくお願いします。」
ユリアーヌが恐縮して言えばマーサは「まあまあ、オルスター伯爵家の。」と、とても嬉しそうだった。
「こちらのお屋敷は普段は坊ちゃましかおりませんので女性の服のご用意が無くて。すぐにご用意いたしますが、それまではセレイナ様にと買い置きしてありました寝衣と簡素なワンピースで我慢ください。」
そう言ってマーサが広げて見せたのは、胸の下で少し絞られたデザインの襟口の狭い薄いブルーの7分袖ワンピースだった。
ベッドの端に腰かけるとマーサが着替えを手伝ってくれる。
すぐ側に立ち世話をしてくれるマーサの首元で揺れるネックレスを見て、ユリアーヌは思わず「あっ、そのネックレス…。」と声に出して言っていた。
「あら、仕事中の使用人が装飾品を付けているなんて失礼しました。赤ん坊の頃からお世話している坊ちゃまから先日初めて頂き物をしまして、つい嬉しくて。」
「シンプルで素敵なネックレスだと思ったのです。マーサさんにお似合いです。」
リカルドが買ったネックレスはマーサへの贈り物だったのだ。
ユリアーヌはこんな状況の時だけれど、それが分かってずっと胸でモヤモヤしていたものが晴れた気がした。
「ひとつ教えてください。坊ちゃまがリカルド様で、リカルド様のお母さまがセレイナ先生…で間違いはないでしょうか?」
「そうでございます。セレイナ様は訳あってそのことを表に出さずにひっそりとお暮らしです。私がどこまでお話して良いかは分かりませんので、お譲さまからセレイナ様かリカルド様にお尋ねくださいませ。」
着替えが終わると朝食を運んでくるからとマーサは出て行った。
着せてもらったワンピースは背の高いセレイナに合わせたものだったので小柄なユリアーヌが着ると七分袖は長袖になり着丈も立てば床に付くほど長かったが、暫く自分で歩くことができないユリアーヌが不便を感じることは無さそうだった。
マーサが出て行ってすぐに扉がノックされ、身を清めて間もないのだろう、まだ水気が残る髪を拭きながらリカルドが入ってきた。
「気分はどうだ?足はまだ痛いだろう?」
「気分は良いです。足はまだ痛いのですが、固定して頂いたのでだいぶ楽なのだと思います。」
「固定して使わないのが一番早く治るからな。食事は食堂に用意するようにマーサに言ったから、私と一緒に取ろう。」
「はい。」とユリアーヌが答えると、リカルドはベッドの端に腰かけているユリアーヌに近づいて持ち上げ横抱きにした。
急に宙に浮く感覚にビックリしたユリアーヌは慌ててしまったが、リカルドに言われて彼の鍛えられた首に慌てて腕を回す。
ユリアーヌを軽々と持ち上げて歩いて行く、上機嫌なリカルドは言った。
「歩けないのだから、しばらく移動はこの形だな。」
コルセットも付けていない、普段外出に着て行くものよりも薄手の生地がリカルドの腕や胸の逞しさを伝え、反対にリカルドにはユリアーヌの華奢で女性特有の柔らかい姿態を伝えてしまっていた。
真っ赤になったユリアーヌを嬉しそうに抱えながら降りてきたリカルドを見て、マーサが「あらあら。」という顔をしている。
そして席に着くと執事からリカルドにセレイナは孤児院へと戻ったと報告があった。
お腹が空いていると思っていたユリアーヌだったが、食事の間が空きすぎたことと体の調子が万全でないこともあって、自分が思っていたほど食べることが出来なかった。
食事が終わるとユリアーヌは再び抱えあげられて、陽のあたる暖かなリビングに運ばれ窓辺に置かれたソファーに下ろされた。
そこにマーサが数種類の果物が乗ったプレートと紅茶を用意してくれた。
「今日は私も休みをもらった。だから一緒にゆっくりと過ごそう。」
ユリアーヌの隣に腰を下ろしたリカルドはフォークにブドウを刺すとユリアーヌの口に近づけた。
赤くなってちょっと戸惑ったユリアーヌだったが、ブドウを口元に近づけたままリカルドが真っ直ぐ見つめてくるので恥ずかしながら口をゆっくりと開けた。
口の中に差し入れられた冷たい果実を噛むと、果汁が口の中に広がり自然と微笑んでいた。
「ユリアも状況が分からなくて不安だろうから、少し話しをしようか。」
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