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この度もお読みくださり、ありがとうございます。
この回は少し戦うシーンなどがあります。
領地の叔父が「孤児院に分けてくれ」と採れた小麦や栗、クルミ、芋、乾燥させたキノコなどが届いた。
それをオルスターの代表としてユリアーヌが孤児院へ届けに行き、子どもたちと楽しいひと時を過ごしているとあっという間に夕暮れになってしまった。
晩秋の日暮は早く、しかも先ほどから空模様も怪しくなってきた。
ヨハンの御する馬車で家路に向かうが、気温は下がり空は今にも雨が降り出しそうだ。
孤児院から少し行ったところに人家が途切れ片側に河川、反対側に森といった道があるのだが、そこで馬車が速度を緩めついには止まった。
馬車の前方にある小さな窓から外を窺うと御者台からヨハンが降りたのが見えた。
中から窓を少し開けて「どうしたの?」と尋ねる。
「前方の馬車が窪みに車輪を取られ立ち往生をしているようです。助けが必要か声をかけてきます。」
ヨハンが前方に止まっている馬車に近づいて行き、相手の御者と会話をしているのが見える。
馬車の扉が開いて主人と思われる人が降り、ヨハンと短い言葉を交わすと杖をつきながらユリアーヌの馬車に近づいて来た。
ユリアーヌは近づいてきた年配の男性に見覚えがあったので、ドアを開け馬車を降りた。
「ああ!、お譲さんは図書館の人だったかな?すまんね、私の馬車が迷惑をかけてしまっている。しかもお譲さんの御者が車輪を窪みから出すのを手伝ってくれるというから助かります。」
「困った時はお互い様ですから。」
ユリアーヌがそう言って微笑みかけると、老人はニヤリと不気味に笑った。
ユリアーヌの背筋がゾクリとする。
帽子や髭のせいもあり杖をつく老人だと思っていたが、よく見れば老人に扮した50半ばの男だった。
「お譲さま!その男から離れて!」
相手の馬車の傍らでヨハンが叫ぶ。
それと同時に老人を装った男が素早く彼女の後ろに回り込み、ユリアーヌの喉元に杖を当てて強い力でぐいぐい押しつけながら羽交い絞めにする。
その時危険を感じ取ったため、僅かにユリアーヌの手首が光っていた。
更にはヨハンと話をしていた御者の輪郭がぼやけて膨らんでいき、魔獣に変りヨハンに襲いかかる。
「ひっひっひっ、やっと見つけた。今度こそ間違い無い!」
老人だと思っていた男にユリアは恐怖を感じて声を出すこともできないが、喉元に押しつけられている杖をどうにかしようと必死に抵抗した。
「ユリア!」
ユリアが恐怖を感じたことで術が発動し、リカルドが転移してきた。
ユリアーヌを羽交い絞めにしながら引きずるように後退する男に手をかざし、男の動きを抑制する。
男より自分のルーニーが上だと分かるとリカルドは、ユリアーヌを傷つけ無いように男の腕を思い通りに操れるように制御しにかかる。
男も抵抗するがリカルドの力の方が上で徐々に手の自由が利かなくなり痺れる。
とうとう掴んでいた杖を落としてしまった。
「ユリア、此方に来い!」
押さえつけていた杖が目の前から無くなったユリアーヌは男から離れ、必死にリカルドの後方へと走る。
相手の力を制御しながら男を横倒しにし、ルーナで作った拘束具で手足の動きを止める。
振り向くと自分たちの後方では魔獣がヨハンに迫っていた。
「ヨハン!」
リカルドの背に庇われて安心したのもつかの間、魔獣を初めて見た恐怖で体が震える。
ヨハンはルーナに変えた球を魔獣に打ち込んでいた。
ヨハンのルーニーがそんなに強かったのだと、その姿を見てユリアーヌは驚く。
「いいかユリア、ヨハンはルーニーが特殊ランクの人間だが魔導師でも騎士でもない。訓練を受けていない者があの魔獣を倒すのは無理だ。こちらに人が近づく気配もしているが、敵か味方かまでは分からない。俺がヨハンと代わるからヨハンと森に入って身を潜めるんだ!」
ユリアーヌにそう言うと腰の剣を引き抜き、抜いた剣にルーニーを流し込むと、魔獣の鼻柱に向かって一撃をくらわす。
魔獣は「ギャ~」と悲鳴を上げその場をグルグルと回った。
その隙にリカルドはヨハンにユリアーヌに言ったことと同じことを告げると、続けてジョゼフに宛てた伝令の光の玉を飛ばし再び剣にルーニーを流し込み魔獣の急所を狙う。
日はすっかり暮れ、冷たい雨も降って来た。
不安になったとき、悲しいとき、怖かったとき、元気を出したいとき…ユリアーヌは幼いころから青い石のペンダントをギュッと握る。
青い石の効果なのか、気持が浄化され不思議と落ち着ける気がするのだった。
恐怖と不安に気持ちを打ち勝たせなければとするように、ペンダントを胸元から引っ張り出す。
普段なら家の外で取り出すことなどしないのだが、この時は恐怖から無意識にそれに縋っていた。
ただただ声も出ず、見ていることしかできないユリアーヌにヨハンが近づいてきた。
「失礼しますね、お嬢様。走りますよ!」
ヨハンはユリアーヌの手首を掴むと森へと走り入った。
手を引かれて暫く走ると、再びペンダントへと手を伸ばす。
左手でペンダントを掴んだのだが、雨で足元が滑り足首を捻って転んでしまった。
「お嬢様、大丈夫ですか?立てますか?」
「はあはあ…。だい…大丈夫よ。」
ヨハンに立たせてもらうと右足に痛みが走るが、それと同時に左手で掴んでいたはずのペンダントが掌にもなく、首に下がってもいないことに気が付く。
「ヨハン…青い石のペンダントが…無いの!どうしよう!」
ヨハンが動揺して騒ぎ出すユリアーヌの口を慌てて手で塞いだあとに、とても小さな声で言った。
「お嬢様、人が近づいてきていますがリカルド様ではありません。おそらく私のルーニーを辿って来ていると思われます。お嬢様は今ペンダントを付けていない状態ですからルーニーで居場所を悟られることはありません。ペンダントは私が必ず捜し出しますから、今探すのはあきらめて落ち着いてください。」
ユリアーヌは深呼吸を何度か繰り返し、心を落ち着かせた。
物音を立てないように大きな木の根元まで手を引かれて歩くと、そこには華奢なユリアーヌ1人だったら身を隠せるような窪みがあった。
「いいですか、お嬢様はここに隠れていてください。リカルド様は先ほど騎士団に伝令を放っていたので間もなく応援も来ます。私はルーニーの訓練を受けていないので、力が強くとも多くのことができません。私が囮になって森を走りますから絶対出てきてはダメですよ。」
そう言うと止める間もなくヨハンはユリアーヌから離れて行った。
ユリアーヌはヨハンのことが心配なのと一人になることが不安だったが、捻った足が腫れてきて歩けない上に雨に濡れ体温が奪われる中、木の窪みで一人じっとしているしかなかった。
ヨハンも魔獣との応戦でだいぶルーニーを消費していたために思うように走れなくなっていた。
彼は特殊ランクのルーニー持ちではあったが、魔道学校や騎士団に属したことはなくアーノルドの指導と自己流でルーニーを操ることを覚えていった。
そのせいで普段の生活では高レベルで使えたルーニーも、経験のない戦闘となると闘い方に無駄が多くなってしまい消耗も激しかった。
ヨハンは後方から上級のルーニーを持つ者が近づいてくるのが感じられた。
普段なら上級と特殊であれば自分の方が有利であるが、相手が訓練を受けた者であるとか消耗が激しい今は分が悪い。
だからこそユリアーヌを隠して自分が囮となったのだ。
シュッという風を切る音と共に肩に痛みが走った。
「うっ!」と呻いて近くの木で倒れこみそうな体を支える。
肩にはスローイングナイフと言われる小型のナイフが刺さっていた。
「おいお前、女をどこにやった?」
黒ずくめの目だけしか出していない衣装の男が、もう1本スローイングナイフを構えて質問してきた。
ヨハンが余計なことは言わず黙っていると男が「今度は頭に刺さっちゃうかもね。」と言いながらわざと大きく振りかぶって投げようとする。
ヨハンは目を瞑りルーニーを集中してみるが、あと一投を防ぐくらいしか残っていないな…と苦笑してしまう。
「ウガァッ」という音ともとれる声で目を開けると、金色に輝く細長い矢の様なものがナイフを投げようとしていた男の胸を貫いていた。
「大丈夫か?肩を負傷したか。刺さっている場所が少々悪い。毒は塗っていないようだから、これはこの場で抜かない方がいい。それでユリアはどこに?」
リカルドが魔獣を虫の息にしたところで騎士団の応援が着いた。
魔獣は彼らに任せ、自分も森に入ってヨハンのルーニーを追ってきたという。
ユリアーヌのルーニーを捜し出しその場に転移をしたかったが、彼女のルーニーを見つけることができず、リカルドは焦っていた。
ヨハンはユリアーヌのルーニーが今、感じられない理由は後にして指刺す方向に行くとひときわ太いニレの大木があり、その根元の窪みにユリアーヌが隠れている。足を捻ってしまったようだと説明した。
そこへ応援に駆け付けたジョゼフが着いたのでヨハンのことを頼み、ユリアーヌを捜してくると言って駆け出し森へ入っていった。
リカルドはその大木を捜して走る。
暫らく行くとひときわ太いニレの大木があり、その木に近づくと周辺を探ってみる。
根元が窪んでいる場所を屈んで覗き込むと、濡れてドロドロになった布…恐らくスカートの裾が見えた。
更に姿勢を低くし両手を差し入れユリアーヌの脇の下へと手を差し込むと窪みから優しく引き出した。
「ユリア!ユリア!もう出てきても大丈夫だ。」
「…あ…、リカルド様?ケガは…ありませんか?…ヨハン…は?」
「俺は何ともないし、ヨハンも保護した。彼は少しケガをしたから手当てを受けているが、命に別状はない。」
「そう…よかった。」
そう薄い微笑みを向け呟いたユリアーヌの顔は青白く、体はガタガタと震えていた。
リカルドは自身の米神に指をあてると集中しジョゼフのルーニーを探し話しかける。
ジョゼフの頭の中にリカルドの声が響く。
『ジョー、俺だ。ユリアを保護したが体調がよくない。このまま安全な場所に転移するから後は頼む。』
リカルドが一方的に話しかけて応答を待たずに通信を切ったことにジョゼフはため息をつく。
ジョゼフの頭の中は、王太子殿下とそしてユリアーヌの父アーノルドに何をどう説明したらいいかで一杯になった。
意識が朦朧としてきているユリアーヌにリカルドは話しかける。
「ユリア、安全なところに移動するがいいか?」
ユリアーヌの目は閉じたままだったが小さくコクコクと頷く。
誰かを連れての転移魔法は相手とルーニーの波長を同調させなければならないため、かなり難しい。
ここで幸いしたのがユリアーヌのルーニーの弱さだ。
今リカルドが横抱きにしているユリアーヌからはルーニーを感じることができない。
本来は感じられないのは死人のはずなのだが、意識が朦朧として弱ってはいるが鼓動はしっかり感じられるので命に別状はないようだ。
「君にとって嫌なことだったら…すまない。」
そう言うとリカルドはユリアーヌの顎を少し上げると唇を少し開けさせて自分の唇を重ね、彼女の中へ自身のルーニーを流し込んだ。
リカルドのルーニーが流れ込んでくる感覚はなんとなく感じられていたが、朦朧とする意識の中でユリアーヌは既に夢とも現実とも分からないでいた。
「転移の感覚が今の体の状態には少し辛いかもしれないが、我慢してくれ。」
リカルドは横抱きにしたユリアーヌをしっかりと抱きしめながら転移魔法を発動させた。
36の「調査の過程でリカルドは特殊ランク名簿の中にある人の名を見つけ驚いた」の『ある人』は、ヨハンのことでした。
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