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祭り休暇明けのキャロルは上機嫌だった。
反してユリアーヌはため息ばかりで元気が無い。
「ユリア元気ないわね。あの日は2人になって上手くいかなかった?」
見かねたキャロルは昼休みに外の木陰にあるベンチに誘い腰掛けるとユリアーヌに尋ねた。
ユリアーヌは祭りでキャロルと別れた後のことを話し、次の日の光のセレモニーに家族で出かけたことも話した。
「ええっ、自覚なかったの!?」
キャロルに祭りの1日目を過ごしてからリカルドへの気持ちに気付づいた…と言ったら、とても驚かれてしまった。
セレモニー後にひったくりに合ったせいで術が発動して彼が現れたときは、ベールが落ちたことで動揺し彼に声も掛けられずに帰ってしまったことに落ち込んでいることも話した。
キャロルにその時は誰といたのかと聞かれたので、ユリアーヌは「家族よ。母とエリックと…」と順番に名前をあげていった。
「エリック君は知っているけれど、ネイサンって誰なの?」
「隣国のリングランの親戚なの。彼の父親はリングランの要人で、この3週間は父親に同行して王都を見て回っているみたい。そのうち図書館にも行くよって言っていたからキャロルも会えると思う。」
「リカルド隊長はユリアとその『ネイサン』との関係は知っているの?」
「私もネイサンと会ったのは祭りの日が数年ぶりだったし、あの場では紹介もできなかったわ。今まで話題に上がることもなかったから知らないわ…ね。」
「それって完全に勘違いするパターンじゃない?」
「えっ?!」
昼休みにそのような話をキャロルにした日の終業時間少し前に、ネイサンが図書館に現れた。
リングラン国の社交界でも注目されているネイサンは、当然フォルスタ国でも「最近見かけるあの方は誰なのか?」と女性を中心に話題になっていた。
キャロルや他の同僚に紹介したのだが、女性は皆一様に彼に見とれてしまいユリアーヌは困ってしまった。
ネイサンの周囲の興奮が少しさめた頃、彼はユリアーヌを手招きした。
「君の家に近々行こうと思ってマリアンヌ叔母さんに伝令を送ったら、今晩の夕飯を用意しておくからユリアの馬車で一緒に帰ってきたら…と言ってくれた。」
ネイサンはユリアーヌの仕事が終わるのをあまり目立たない館内の端で待ち、一緒に馬車乗り場まで歩いて行くことにした。
同じころ騎馬での街の巡回から戻ってきたリカルドは、この時間にこの場所を通るとついユリアーヌを捜してしまう。
今日も同じように迎えに来ている馬車の列に視線を配りながら通り過ぎようとした。
ユリアーヌのことは光のセレモニーの時に術の発動があったときから気にかけてはいるのだが、それをなかなか行動に移せなかった。
いや、正直に言えば一緒にいた自分の見知らぬ男は誰だったのか…問い詰めてしまいそうで、勿論そんな権利は自分にはないから敢えて会話を避けているところもある。
あの日からリカルドの頭の中ではそのことばかりが気になり、心を落ち着かなくさせていた。
混みあう時間帯であるので警備も兼ねて馬車乗り場を少し遠くから見ていると、偶然にも彼女の姿を見つけたので気持ちに区切りを付けたいこともあり、リカルドはどう声を掛けようか迷っていた。
彼女の隣には祭りのときに一緒にいた男…ひったくり犯を自分に押しつけてユリアーヌの手を取って去って行った男が歩いていた。
結局その日はユリアーヌに声を掛けられずに、二人が楽しそうに会話をしながら同じ馬車に乗るのを見届けた後、踵を返すと詰所へと戻った。
次の日もその次の日も食堂などで互いを見かけるが、やはり目が合って会釈をするくらいで話をすることもなかった。
そんな日を過ごす中、ユリアーヌはだいぶ仕事にも慣れ図書カウンターを訪れる人とも顔なじみになり、会話も楽しめるようになっていた。
初めて見る年配の男性が『サランドラの育て方』という本を探しているということなので案内をした。
「6番と書かれた書架の通りにあるはずです。もし見当たらなければ緑のバッチを胸に付けている者が司書ですので尋ねてください。より詳しくご案内できると思います。」
年配の男性は不意にユリアーヌの右手を両手で掴み取って「そうかい。ありがとう。」と言って、6番の書架の方へと歩いて行った。
その男性の手は節くれだっていて堅く冷たく、ユリアーヌは何となく背筋が寒くなった。
その年配の男性がカウンターからは見えなくなり視線を戻すと、目の前に上質な衣服で立ち振る舞いも優雅な、年齢不詳の美しい男性が立っていた。
「こんにちは。お譲さんがアーノルドの娘さんかな?」
「はっ…はい。」
本来なら易々と答えてはならないだろうことを、煌びやかな笑顔で問われて、つい驚きで警戒心を抱く前に答えてしまった。
父の名を敬称無く呼ぶ人は稀なので知っている方なのは分かるが、ユリアーヌは面識がなく少し戸惑っていた。
「僕のことが分からなくても構わないよ。ここの仕事の空きが出来たときに半ば無理やりだったけれど、アーノルドに頼んだ張本人さ。どう?仕事には慣れた?」
「はい。その節はありがとうございました。働き口を見つけようと考えていたときだったので大変助かりました。」
「そう、それなら良かった。君はたくさんの人から大切にされているようだね。何か困ったことがあれば遠慮なく言ってね。」
意味深な笑顔で彼の菫色の瞳が優しく細められる。
銀色の髪と合わさってとても神秘的なその人は、優雅に王立図書館を出て行った。
案内をして戻って来ていたキャロルが口をパクパクして立っていた。
「今の…ルーベンス様よね!なんのご用だったの?」
「まあ、今のがルーベンス卿。この仕事を私にと、父に頼んだのがルーベンス様だったみたい。私も初めて聞いてビックリしていたところ。」
王宮にも王族が利用する図書館があり、図書館間の本の貸し借りは双方の司書がするので王族方がこちらにお出ましになることはないのだとキャロルが言った。
キャロルはルーベンス卿を間近に見ることが出来て「眼福、眼福。」と呟いていた。
「ルーベンス卿、こちらにいらっしゃったのですか。王宮と庁舎の敷地内であっても誰かを伴ってください!」
図書館を出ると真っ青な顔をした侍従と護衛が駆け寄ってきた。
その侍従を伴って王宮に向かって歩く。
「王宮の図書館にはないものをお探しだったのですか?」
「ははっ、確かに王宮にはないモノだね。ふふっ、息子が気にかけている子を見てみようかなって…ちょっとした好奇心だよ。」
「はぁ?イライアス様はまだ10歳なのに?…ですか?」
侍従は小さな声で「平日だから子どもは学校に行っている時間で、利用者は大人ばかりじゃないのかなぁ?」とぶつぶつと言っている。
何だか腑に落ちない侍従を連れて歩くルーベンス卿の足取りは楽しげだった。
いくつか置いた伏線を、漏れなく回収するように頑張ります。
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