32 豊穣祭②
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豊穣を感謝するための祭壇が設けられている所まで辿り着いた二人は、祭壇に置かれている透明な水晶の玉に次の年の豊穣を願いながら、2人で一つの柄杓を持ち3回水をかけた。
露店は食べ物のほかに娯楽の店や記念品を買う店も出ていた。
射的場の前を通りかかった時、ユリアーヌが興味深そうに見ているので「やってみたらいい。」とリカルドは金を払い店主から空気銃とコルクの弾を5個受け取った。
「このロックを外してここを引く。それからコルクをしっかりとはめ込んで、引き金を引くんだ。」
リカルドに手取り足取りで教わり、構え方も習って的を狙う。
パチン!
「もう少し下げて。」
パチン!
「肩の力を抜いて。」
パチン!
リカルドの指示を素直に聞いてユリアーヌが撃つと、少しずつ弾が的に近づく。
いつの間にか周りで撃っている子どもは手を止め、見ていた子どもたちもユリアーヌの射撃を見守っていた。
「そのまま気持ち右を狙ってみたらいい。」
バチン!
「わあ!……ああぁ。」
的の端に弾が当たりクルンクルンと回るが的は倒れなかったので、見ていた人たちから残念な声が上がる。
「最後の1発は『先生』にお願いしますわ。」
ユリアーヌが少しおどけながら笑顔で最後の1個をリカルドに渡した。
ギュッと弾を込め、さっと空気銃を目線まで持ち上げると…バチン!という音と共にカランと乾いた音がして台から的が落ちた。
「お嬢ちゃんの先生の腕は見事だね。はいっ、女の子の景品はこれだよ。」
そう言って店主が渡したのはウサギのヌイグルミだった。
ユリアーヌは喜んで受け取り、リカルドにお礼を言った。
「いや…本職だからな。」
少し照れたリカルドは小声でユリアーヌに言うと、二人で射的場を離れた。
日暮れも近づき祭りに訪れる人はさらに増えたようだった。
酒も入り上機嫌の大人も増えてきた。
「なんだギャアギャア泣くな!自分からぶつかってきたくせに。だから子どもは嫌なんだ!」
人の流れがそこを避けるように動いている。
怒鳴り散らす男の前に、地面にお尻をついて座っている女の子がわぁわぁと泣いていた。
男は左手に持った酒瓶を振り回して怒っていた。
通りかかる人はチラチラと様子をうかがうが、酔っ払いの剣幕に助けに入ることができないようだった。
リカルドはユリアーヌを人混みの中、離れないように力強く自身に引き寄せて連れながらその騒ぎの中に入っていった。
「やめろ!子ども相手に怒鳴ることはないだろう。」
ユリアーヌは少女に駆け寄り抱き寄せて「もう大丈夫よ。」と声を掛け、リカルドは逆上して酒瓶を振り上げてきた酔っ払いの攻撃を難なくかわし腕を掴むと男の背中へ回しひねりあげた。
「いてぇよ!いてぇ!…分かった、大人気なかったよ。ちょっとムシャクシャしていたんだ。」
大声で騒いで脅していた割に態度は大人しかったので、リカルドはその場で男への拘束を解いた。
少女とユリアーヌのそばに行くと「ケガはないか?」と聞いた。
「転んだ時に膝を少しだけ擦りむいたみたいです。あの…このぬいぐるみをこの子にあげてもいいでしょうか?」
ユリアーヌの腕に囲われている少女は泣き止み、ウサギのぬいぐるみをギュッと抱きしめていた。
「それは君のものだから好きにしていいさ。少し行ったところに迷子と救護のテントがあるから、そこに行ってみよう。」
リカルドはそう言うと、少女をふわりと簡単に抱き上げた。
「どうだ?遠くまで見えるか?」
「うん。高い!高い!ウサギちゃん、遠くまで見えるね。」
背の高いリカルドに抱き上げられたとき少女は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに笑顔になって抱きしめたウサギのぬいぐるみに話しかけていた。
リカルドは右手に少女を抱き、左手はユリアーヌと手を繋いで『迷子・救護所』に向かって行くと、そこには目を赤くはらしながらオロオロしている女性がいた。
「おかあしゃん!」
少女が言うとハッと顔を上げた女性が「サリー!」と駆け寄る。
その姿を見たユリアーヌは自分の遠い記憶の中の、ぼんやりと霞む母親の姿とサリーの母親が重なって見えたような気がした。
リカルドは抱き上げていた少女を降ろすと『迷子と救護所』の職員を交え、保護した場所と先ほどあったことを話す。
リカルドが素早くその場で解決させさっさと立ち去ってしまったが、その場はちょっとした騒ぎだったので警備に連絡を入れた人がいたようだった。
サリーと母親、職員もお礼をしたいからと名前など訪ねてきたが断った。
「騎士団に所属する者ですので当然のことをしたまでです。」
リカルドはそう言ってユリアーヌと共にその場を後にした。
「リカルド様にはご兄弟が?」
ユリアーヌが聞くので「いいや。なぜ?」と答える。
「小さな子の扱いが上手だったので、ご兄弟がいるのかと思っただけなのです。」
「兄弟はいないが、母親の影響と育った環境かな。子どもが大勢いて兄弟みたいだったからかもしれない。」
ユリアーヌの頭の中に先日の大判クッキーの話が蘇る。
兄弟ではない子供が大勢いる場所とは、ユリアーヌには孤児院や養護施設のような場所しか思い浮かばなかった。
リカルドに抱き寄せられるように夕暮れの祭り会場を歩きながら馬車へと向かう。
リカルドの馬車に乗り込むとオルスター家に行くように御者に指示をした。
向かい合わせに座った二人が乗る馬車はゆっくり動き出した。
「明日の夜のセレモニーは見に来るのか?」
「セレモニー…ですか?」
「我々ルーニーの強いものが行う、光のショーのことだ。祭りの最後を飾る。」
ユリアーヌは一度だけ屋敷の窓から、遠くの空が光り輝いているのを見たことがあった。
あれは人が作り出していたものだったと今知って驚いた。
「母に見に行きたいと言ってみます。」
ユリアーヌは期待に瞳を輝かせて言った。
馬車がオルスター家の門を潜り、玄関の前に止まる。
リカルドが馬車を降りるでもなく、何か言おうとして迷うような素振りをしてから意を決したようにユリアーヌに向かって言った。
「ユリア、目を瞑って欲しい。」
ユリアーヌは何の説明もないその言葉に惑いながらも「…はい。」と言って目を瞑る。
「君と君の家族にとって、実りのある1年であるように。」
そうリカルドは言ってユリアーヌが被っていたベールを肩まで落とすと、額に口づけた。
ユリアーヌはリカルドが言った言葉の後しばらくして自分の額に何が触れたか分からずびっくりして目を開けてしまい、その時リカルドの顎から下が目に入り額に口づけされたことに気付いたのだった。
真っ赤になったユリアーヌだがキャロルたちと別れるときに同じことを言っていたのを思い出して、きっとこのセリフが豊穣祭での決まり文句なのだろうと思った。
「リカルド様も目を瞑ってください。」
無理やり気持ちを落ち着かせたユリアーヌがそう言うと、今度はリカルドが目を瞑る。
「リカルド様にとっても実りのある1年でありますように。」
そう願ってリカルドの肩に手をかけ、彼の額に口づけをした。
リカルドはユリアーヌが自分から離れてしまう前に、自分の胸に引き寄せ抱きしめた。
その時間は一瞬であったようにも長い時間のようにも感じられた。
少し強めの抱擁が解かれたとき、小さく「すまない…。」と呟くとリカルドは馬車のドアを開けユリアーヌを降ろすと玄関まで手を引いた。
玄関の扉が開けられると執事が上がってお茶でもと言うが、リカルドは遅い時間だからと丁寧に断り騎士の礼をしてオルスター家を後にした。
玄関で屋敷を出ていく馬車を見送るユリアーヌに、出てきたマリアンヌが声を掛ける。
「あらまあ。どうして幸せそうにも見えるのに、哀しそうでもあるのかしら?」
高揚して頬を赤く染めているのに瞳は涙で潤んでいて眉は下がっている。
ユリアーヌは「おかあさま!」と背丈の変わらないマリアンヌの胸に飛び込んだ。
「私ね…リカルド様が好きみたい。」
マリアンヌはユリアーヌの背を優しく撫でながら言う。
「そうなの?だったらもっと幸せな顔をして。恋する乙女はキラキラ輝いているものよ。」
「でも…リカルド様には、想う方がいるみたいなの。」
「それは確かなの?私も確かめもせずに思い悩んだことがあったけれど、自分で決めつけていただけで実際はそうじゃなかったわ。それに既に婚約していたり結婚しているのであれば仕方が無いけれど、そうでなければチャンスはあるわ。」
マリアンヌはポンポンとユリアーヌの背を叩く。
「さあ、着替えをしてきて。今日は楽しかったのでしょう?」
ユリアーヌが頷く。
「今日の楽しかったお話を、私にも聞かせてちょうだい。」
着替えて気持ちが少し落ち着いたユリアーヌがマリアンヌの部屋を訪れると、ホットチョコレートが用意されていた。
それをコクリと一口飲めば温かな甘さが体に広がるようだった。
今日初めて体験した『祭り』を母に話した。
明日行われる祭りの最後を飾る光のセレモニーのことを思い出した。
「光のセレモニーにリカルド様も出るみたいなの。行ってみたいのだけれど…。」
「私は『星まつり』のセレモニーは見たことがあるけれど、とても素敵だった。あれが人のルーニーで作られているなんてね。見たのはそれきりだから私もまた見たいわ。」
明日は日暮れまで親戚が集まるフィルダナ家で過ごし、そこから式典の行われる大聖堂に向かうことにした。
ユリアーヌは想うだけなら誰の迷惑にもならないのだから、いつか諦めなくてはいけない日までこの想いを大切にしようと心に決めた。
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