32 豊穣祭①
この度もお読みくださり、ありがとうございました。
豊穣祭当日は穏やかな秋晴れだった。
リカルドはユリアーヌを迎えに行くために、オルスター家へ馬車で向かった。
オルスター家の前では門番が門扉を開けてくれたので、そのまま玄関の前まで馬車を進めそして止めた。
左手には「女性の元に行くなら花くらい持っていくものです。」と女中のマーサに注意され、花屋に寄って買った小さなブーケを持っている。
馬車から降りると身なりは大丈夫かと見渡して、緊張した面持ちで玄関の前に立つとスッと扉が開いた。
「アーバンヒル様でございますね。あいにく主人は留守にしていますが、奥様がごあいさつに出てきますのでこちらへどうぞ。」
オルスター家の執事の『主人は留守』の言葉に一瞬ホッとし緊張は解けたが、『奥様がごあいさつ』の言葉に再び緊張する。
ユリアーヌの母親とは顔を合わせるのは初めてだった。
応接間に通されソファーに腰掛けると、テーブルに侍女が茶の入ったティーカップを置く。
暫くして扉がノックされ執事が再び扉を開けると、中にはちみつ色の髪をした小柄な女性が入ってきた。
慌てて立ち上がろうとすれば「そのままで」と、その優しいほほ笑みで言われて赤くなる。
「ユリアーヌさんの警護を仰せつかっております、リカルド・アーバンヒルと申します。」
失礼して座ったまま姿勢を正し、挨拶をした。
「お待たせしてしまってごめんなさいね。私ユリアーヌの母でマリアンヌといいます。いつも娘を守ってくださっていてありがとう。」
「…。いいえ。とんでもありません。名誉なことですし、任務でもありますから。」
一瞬リカルドは言葉に詰まった。
それというのもマリアンヌが兄で大臣のシルベスとは似ておらず、儚げで母親というよりは少女のような雰囲気だったからだ。
だが真っ直ぐリカルドを見る新緑色の瞳は兄シルベスや甥のエリックと同じ色をしていた。
そしてリカルドはその少女のような女性にどこかで会ったような気がしていたのだが、実は同じことをマリアンヌも思っていて、頭の中で記憶を辿っていた。
「すみません。お待たせしました。」
ユリアーヌが応接間に入ってきた。
光沢を抑えたえんじ色の膨らみの無い上品なワンピースに、モスグリーンのベールを被っている。
髪は結いあげて小さくまとめているのかベールで外から髪色は全くわからない。
落ち着いた色合いではあったがユリアーヌに似合っていて、いつもより少し大人びて見えてとても綺麗だと思った。
ハッとしてリカルドは立ち上がるとユリアーヌに近づく。
「とても素敵だ…。これを君に。」
そう言ってユリアーヌにブーケを渡す。
「まあ、ありがとうございます!」
今まで男性から花や贈り物を受け取ったことのないユリアーヌが、好意を持ち始めた男性からのブーケに喜ばないはずはない。
(もちろん全てアーノルドによって阻止されていたのは言うまでもない。)
その純真な喜びの笑顔を向けられたリカルドは、今この時以上にマーサに感謝したことはなかった。
ユリアーヌはバックを持って控えていた侍女にブーケを預け、代わりにバックを受け取る。
母親と家人たちに「いってきます。」と挨拶をして、リカルドのエスコートで家を出て馬車に乗り込んだ。
馬車の中では道行く人々の様子や景色を話題にし、そして途中賑わう『クラッチュモーン』の近くでキャロルを乗せる。
並んで座る女性陣は互いのベールについての話に興じる。
ユリアーヌのベールが母のものであると知ると、キャロルは見事な刺繍に目を奪われ裾の方を手に取りまじまじと見る。
ユリアーヌは自分の曹祖母の友人でバーバラ・ヨハンセンという方が母に下さったもので、麦穂の部分は母の刺繍だとキャロルに説明をした。
「バーバラ様のお子様やお孫さんは男ばかりだったから、母が刺繍の指南を受けたのだそうよ。」
「バーバラ・ヨハンセン様と言えば職人も真っ青な腕前と発想をお持ちの伝説の方なのよ!その方の作品…一点ものなんて貴重すぎる。」
キャロルが興奮気味に言った。
互いのベールについて夢中で語っているうちに会場近くの馬車止めに着いたので、3人は下りてそこから歩きながら祭りの雰囲気や露店などを楽しむ。
キャロルがあれこれと露店の食べ物を買うものだから、3人とも両手がふさがってしまった。
これでは食べることもままならないので、広場の中央にある噴水の縁に腰かけて買ったものを摘む。
ユリアーヌは初めて食べるものも多く、キャロルに勧められるまま興味深そうに食していた。
「あら?ザック!どうして?」
騎士服でキョロキョロと誰かを捜している男性を見て、突然キャロルが声を上げた。
「ああ、やっと見つけた!今日は女性がベールを被っているから見つけられなくて困ったよ。仲間に頼んで何とか午後の勤務を代わってもらった。」
ザックはキャロルと一緒に食べ物を突いていた隣に座る女性と男性に目をやる。
「わっ!アーバンヒル隊長ではありませんか。ど…どうして?えっ?…。」
何度も何度も頼みこんで午前と午後の勤務を直前になってどうにか代わってもらったようだ。
急なことで連絡できなかったが、午前の勤務を終えたザックが騎士服のまま駆けつけたらしい。
そんな彼がリカルドに気が付き騎士の礼を慌てて取ろうとする。
リカルドは自分の顔の前で手を振りながら静かに言った。
「礼は必要ないよ。プライベートだから構わなくていい。」
キャロルは彼にユリアーヌを紹介して、今までユリアーヌとリカルドと一緒に回っていたことをザックに話した。
ザックは第4騎士隊に所属する騎士でありアイザック・ベルナールという名で、リカルドに憧れとても尊敬していると自己紹介に混ぜながら嬉しそうに話をしていた。
「第4はジョゼフの隊でベルナールと言えば副隊長をしているだろう?よくジョーから君の名が出るよ。」
リカルドが言えばザックはとても嬉しそうに顔を少し上気させ「ありがとうございます!」と、彼が自分のことを知っていたことに満足気だった。
「この後も一緒に回るのですよね?」
憧れの騎士を前に顔を上気させたザックがリカルドに嬉しそうに言うが、キャロルは「2人がいいわ。」と言う。
ザックが「えー。」と憧れのリカルドともっと話をしていたかったようでキャロルに不満を漏らす。
「2人にしてあげるの。気を利かせて!」
キャロルが彼に耳打ちして「お二人は…そういうことか…。」と、やっと納得したことをリカルドもユリアーヌも知らない。
「せっかく勤務を交代してもらったので彼女と二人で過ごします。キャロルは帰りも僕が送りますので心配いりません。お二人にとって実りのある1年でありますように!では良い時間を、失礼します!」
そう言ってザックはキャロルを抱き寄せ、腰に手をまわすと二人で楽しそうに歩いて行った。
二人残されてユリアーヌが「あら、どうしましょう?」と呟く。
「せっかくだから我々も少し見て回るか。」
立ち上がったリカルドにユリアーヌも続く。
人出も多くなってきて逸れそうになり歩きにくくなってきたのを感じたリカルドは、ザックがキャロルにしていたようにユリアーヌを抱き寄せ腰に手をまわした。
少し慌てたユリアーヌの様子に気付いてリカルドは彼女の耳元で言った。
「嫌かな?恥ずかしいかい?今日はベールを被っているから君だって分からない。」
今までにないほどの近さと耳元で囁かれた低い声にユリアーヌは耳まで真っ赤になる。
しかしそれもリカルドのリードで歩き始めると混みあって進みにくかった道が歩きやすく、少し経つと状況に慣れてむしろ落ち着くことができた。
このお話だけ長すぎてしまうので途中で切らせてもらいました。
続きは翌日12時にアップします。




