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この度もお読みくださり、ありがとうございました。

「隠していたわけではないけれど、…いるのよ。」


ある日、大量の本を乗せたカートのタイヤが窪みに嵌り四苦八苦しているキャロルを見かけた。

ユリアーヌは急いで行って手伝おうとしたら、赤毛の騎士が現れキャロルに話しかけると彼女の頭にポンポンと優しく触れ、カートを代わって力強く押して窪みから脱出させた。

彼の少し後ろを歩くキャロルの耳が少し赤く染まっていてほほ笑む姿は、いつも見せる強気な彼女ではなくとても可愛らしかった。


ユリアーヌは2人になったお昼の休憩時に、キャロルにそのことを告げた。

キャロルは「見ていたの?」と顔を赤くして白状した。

彼は第4騎士隊に所属していて名はザック。

子爵の貴族籍を持つ次男で20歳、付き合いを始めてそろそろ1年になるのだそうだ。


「職場ではあまり接触しないようにしているの。騎士は人気があるからすぐに噂になるし、この前ユリアもいわれのないことで令嬢たちに囲まれたでしょ。それを避けるためにもね。でも最近王都の見回り強化がされたせいか彼が忙しくなってしまったの。休みも合わなくてなかなか会えなかったわ。」


「そうだったのね。ふふっ、あの時のキャロルはものすごく可愛らしかった。」


「もう。本当は『らしくない』って思ったんじゃない?」


赤面した顔を手で覆いながらそう言ったキャロルにユリアーヌは「そんなことないわよ。」と返した。


「そうだ、ユリアは今年の豊穣祭はどうするの?家族と過ごすの?」


フォルスタ国では晩秋にその年の実りに感謝を捧げる『豊穣祭』がある。

前年よりも恵みを受けた家は収穫物を奉納し、次の年の更なる豊穣を願うのだ。

ひと昔前は宗教色の濃い行事であったが、政教分離が進んだ昨今では国民が楽しむ『祭り』となっている。

学校や職場の多くが2日間を休暇にしているので、家族で遠方に出かける者や故郷に帰る者、王都での娯楽に興じる者など様々な過ごし方をする。

オルスター家では母の体調次第で決まっておらず、領地の叔父の屋敷や母が幼少期を過ごしたアルレア湖近くの別荘、フィルダナ家に招かれて過ごすこともあった。


「今年の予定を特別言われてはいないから、母方の叔父の家で過ごすのだと思う。」


「母方の…って、フィルダナ家…。はははっ…すごい。じゃあ王都にはいるのね。2日間のどちらか一緒に街の祭り会場に行かない?」


「ええ、行ってみたい!話は聞いたことがあるのだけれど、行ったことが無くて。」


「行ったことが無いの?一度も!…それじゃあ決まりごとは知っている?」


「決まりごと?」と愛らしい顔を傾けたユリアーヌにキャロルは説明をした。


豊穣の感謝を捧げる大地と水の神『アルジャノン神』の妻は大変嫉妬深い性格なので、この2日間の祭りに赴く妙齢の婦人は髪や顔を覆うベールを被って歩かなければならないのが決まりだ。

肉親から贈られるベールはその娘に幸運をもたらすと言われ、多くの家が母親から娘にそのまた娘へと受け継いだものを使用している。


「きっとユリアのお母さまもお持ちになっているわよ。聞いてみたら?」


キャロルに言われたが毎年ある豊穣祭の約束ごとも思い出話も、母から今まで一度も聞いたことが無かったので少し不安になった。

体の弱い母は若いころも余り外出などせず、自分と似たり寄ったりの世間知らずだ。



帰宅すると仕事の後にフィルダナ家に寄るから食事はいらないと父から連絡が入ったので、ユリアーヌは母と2人で夕飯を取った。

まずは母に豊穣祭の休暇の予定を聞く。


「今年はアーノルドが忙しくて彼は1日目を領地の豊穣祭に義兄様のお手伝いで出席するの。それから2日目の午後から国賓をもてなす晩さん会の支度で王宮に出掛けるのですって。そんな忙しい予定は私の身体が付いていけないから、私たちはこちらで好きに過ごすといいと言われたわ。」


ユリアーヌはキャロルに豊穣祭に誘われたことを母に言い、ベールのことについても相談した。


「まあ、いいじゃない!行ってきなさい。彼は…リカルド君は一緒に行ってはくれないのかしら?」


いつの間にかリカルドのことを『リカルド君』と言う母に赤面してしまう。

キャロルの彼もまた隊は違うが騎士だと母に話す。


「彼らは騎士だもの、祭りだからって休暇は無いわ。きっと、かえって忙しいわ。」


「そうね…私も豊穣祭は行ったことが無いの。だから街がどんな風に賑わっているのか、危なくないのかというのが判断できないわ。女の子2人だけは心配ね。ヨハンに護衛してもらいましょうか?」


「ヨハンが一緒なら安心できるわ。そうだ、ベールが必要なのですって。お母さまは豊穣祭に行ったことが無いのなら、お母さまのベールは無いわよね?」


驚いたことに母は「それがあるのよ!」と言う。

食事を終えて母の部屋に行くと母は侍女のエリーに探させていた。

「奥様、ございましたよ!」と少々年季の入った薄い箱を持ってきて開けた。

その箱の中には落ち着いたモスグリーンのベールが入っていた。

マリアンヌが持ち上げて広げ、ソファーの背にかけた。

ベールを縁取るようにあんず色の糸でデザイン化された蔦と葉の刺繍がされていた。


「これはね、私のお祖母様のお友だちから頂いたものなの。彼女の3人の子どもも、続く8人のお孫さんも全て男子だったの。彼女は刺繍職人からも一目置かれるくらいの腕を持っていてね、その方が豊穣祭に使いなさいと私にくださったベールなのよ…残念ながらその年は熱を出してしまって行かれなかったけれど。」


そう語るマリアンヌの横顔が少し寂しそうで、ユリアーヌが「翌年使えばよかったのでは?」と言うと「翌年は結婚が決まって、その準備や引っ越しで行けなかったわ。」と言った顔は笑顔に戻っていた。


「娘に譲る際にベールにね、母親が刺繍を足していくのが習わしらしいわ。」


マリアンヌはとても幸せそうにそう言った。

明日からこのベールに刺繍を足すと張り切る母に、侍女のエリーが「あまり夢中になって体を壊さないようにしてください。」と言っているのに賛同してから自分の部屋に戻った。



1週間後にマリアンヌから手渡されたベールには、四隅に収穫時の小麦色に似たオレンジがかった黄色の糸で、麦の穂の刺繍が施されていた。

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近々、拍手小話を新しくします。

その際は活動報告にてお知らせいたします。

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