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「お礼は渡せたの?」
ユリアーヌが帰宅するとすぐに母のマリアンヌが頬を上気させて聞いてきた。
孤児院に行った日の夕食時に、その日あった困った出来事をひと通り母親に照れながら話をした。
「お礼をしたいと思う。」というユリアーヌの提案にもちろん母は大賛成した。
昨日は調理をしながら話しかけてくる母に何度も『お礼』だと言ったのに、渡す相手が男性だというだけでマリアンヌは自分のことのようにウキウキとしていた。
父アーノルドの日頃の溺愛加減を考えて、お礼とはいえ母娘でこのことは秘密にしている。
ただ同じ家にいて菓子を焼いていれば香ばしい良い香りは隠せない。
「おや、孤児院への差し入れか?みんな喜ぶな。」
父の言葉に肯定も否定もせずに笑顔だけ向けたのは言うまでもない。
渡す相手を知ったら…いや、そもそもお礼をすることになった『こと』が分かったら、父が大いに荒れるだろうことは容易に想像できる。
「はい、これはお父様に!」
ご機嫌を取るための焼き菓子を渡して、素早く自室に戻ったのは昨日のことだ。
柑橘系の香りがする紅茶を一口飲んで、ふうと息を吐く。
「お礼をしたかった人は席をはずしていたの。本当は直接お渡ししたかったわ。彼の部署の人たちはとても喜んでくれていたけれど。」
残念そうに…でも照れながら微笑む。
「ふふふっ、若い頃のお父様の話に興味はある?」
きっとまだ自覚もない、生まれたての恋心を抱き始めた娘を見て昔を懐かしんだ母は思い出を娘に話して聞かせた。
終業時間少し前のアーノルドの机に、ふわりと金色の光を纏った蝶が降りたった。
そっと指先で蝶に触れると蝶は発光し形は崩れ、その光の粒が文字を形成していく。
机上には「仕事終わりに私の部屋に寄ってくれ。シルベス」という金色の文字が現れ、そしてゆっくりと消えっていった。
終業後にシルベスの執務室の扉をノックすると、「どうぞ」と返事があり中に入る。
ソファーに座るように促すシルベスの表情が硬いことにアーノルドは何かあったことを悟る。
「すまないな、緊急事態だ。実はエリックの迂闊な行動がきっかけで、王太子殿下にユリアーヌの秘密を告げなくてはいけない事態になってしまった。」
シルベスは殿下の執務室であったことをアーノルドに話した。
始めは青ざめて話を聞いていたアーノルドであったが、この隠しごとを殿下が罪に問わないと言ってくれたことと、この度のエリックの釈明やその報告書にユリアーヌは名前だけでしか記録には残らないということを聞いて安堵した。
「それよりもエリックが探っていたことの方が我々にとって重要だ。」
そうシルベスは言ったあとに、エリックが手に入れた神聖派による形代の召喚失敗とそれに関連する話をした。
「召喚対象の特徴とその時期が、ユリアーヌと見事に合致してしまうな。」
「やはりそう思うだろう?恐らく召喚されたのはユリアーヌなのだろう。しかし、あの教会はまだ諦めておらず10年もの間、方々から黒く見える濃い髪色の14~20歳くらいの女性を攫っているらしい。今までユリアを外に出さずにいたことで彼女を魔の手から遠ざけていたことになるが、人目に触れることが多くなった今では、目を付けられる可能性が高くなってしまった。」
「本当のところは仕事など止めさせたいところだがそうはいかないし、辞めさせたところで一生閉じ込めておくことも出来ない。人の目が多くある昼間から攫うようなことはしないまでも、できるだけ一人にならないように注意しなければ!」
「ユリアの安全確保のために早急に、有用な手段を考えなければな。」
アーノルドが娘を溺愛していることをよく知るシルベスだが
「神聖派の狙いは黒髪黒目の『乙女』だ。ユリアも適齢期なのだから思い切って結婚させてしまうという手もあるぞ!そうしたら狙われることもなくなる。」
思い付きで言ってみたが、その方法も選択肢の一つとしてアリではないか?と思えてきたシルベスは言った後に笑顔をアーノルドに向けた。
「悪いが、その冗談は笑えない!」
ガタンと椅子を鳴らして立ち上がったアーノルドが、鬼の形相で扉を乱暴に開けて部屋を出て行った。
「まったく、相変わらずの堅物だな…。」
アーノルドが出て行った扉を見つめながら、シルベスはやれやれという顔で呟いた。
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