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王太子殿下が人払いをしたことでエリックは、この行動に至った経緯をより詳しく正直に話した。
「学友の話とその後に自分が調べたことを交えてお話しします。18年前にランデスター教会が内部分裂して神聖派と名乗る人々がサン・ジーノ教会へ移ったわけですが、それからしばらくして神聖派は多くの民が信仰しているアルジャノン神の妹神である美と生命の神『アマリリア』を…結局理由はわかりませんでしたが…禁忌の『形代』を使った復活をさせようとしたようです。しかし召喚魔法は失敗してこの国のどこかに形代の乙女は落ち、神聖派は今でもそのどこかに落ちた『黒髪』の乙女を捜している…ということです。
その話を聞いて…私の従妹はこの国では珍しい黒色の髪と瞳の色で、アマリリア神と同じ色を持っています。形代の乙女を探している輩が本当にいるのなら、同じ色を持つ彼女の身が危ないと思ったのです。それで真偽を確かめるためにあの教会に出入りしている下働きの者に近付き、先日訪ねて金を渡して内部の話を聞きました。」
「その下働きの者から何か有用な情報は聞き出せたのか?」
「頻繁に若い女が連れてこられている…神官や巫女の新人であるならルーニーの強い者が来るはずなのに、それほど強くない…地方都市の貧しい出だと思われる黒に近い髪色をした若い女が連れてこられるのを見る…と。教会上位の者か支援している金持ちにそういった女の趣味があって、方々を捜し連れてきているのではないか…とその者は言っていました。」
「それで君は従妹の身を案じて、自ら情報収集に行ったわけだな。」
「はい。その通りです。殿下が捜査を行われているとも知らず邪魔をして混乱させることとなってしまい、素人の浅はかな行為であったと今は反省しています。」
「君の行動は若さゆえ考えが足らなかったかもしれないが、実行力と洞察力はなかなかのものだ。今後もよく学び将来に活かしなさい。」
ルーカス殿下はエリックの話を疑うことなくそう言った。
シルベスは殿下に話終わったエリックの退室を願い、快諾した殿下はエリックを帰宅させた。
殿下と二人になったシルベスは、居住まいを正し話し始めた。
「まず、私…いえ、我々には秘密にしていることがあります。殿下がお調べになっている件とは異なりますが、私は何らかの繋がりがあると思いましたのでこの話をする決意をしました。しかし当時我々がとった行動がこの国の法を犯しているということは決してありません。ですが罪に問われるとしたら、一番いい方法だからと提案した私だけに…罪を問うてください。」
シルベスはそう前置きをした後、16年前に突如現れた少女を保護した経緯や「渡り人」のことを順を追って話した。
「エリックは従妹のユリアーヌの外見的な特徴が学友の話と酷似しているからと、単純に心配して調べていたらしいのです。しかし私は先ほどお話ししたことに関わった一人です。すべてを知っている私が思うに、形代に召喚された黒髪黒目の乙女がその保護した少女…ユリアーヌだとしたら、時期や特徴も含め全てつじつまが合ってしまうと感じたのです。」
シルベスは話を続ける。
「この『事実』を知る者は我が家では私と妻。オルスター家ではアーノルドとマリアンヌ、当時から仕える数人の使用人。それに本人のユリアーヌだけです。エリックもまた本当のことは知りませんが、彼女が養女であることは承知しています。この度のことは偶然の出来事だったのです。」
殿下はシルベスの話を意見などを挟まずに静かに聞いていた。
シルベスの話が終わると殿下は自分が書き留めていた用紙に再度目を通してから
「確かに渡り人の存在は以前から確認され記録されてはいるが、一般に周知されていないこともあって届け出の義務などの法的な定めはないね。それに保護された当時5歳という年齢も考えても、私は暖かな家庭で育てられたという事実はとても良いことだったと思う。ただ問題があるとしたら提出した書類に虚偽の部分があるというところだ。」
殿下の言葉にシルベスは当然反論する余地はない。
「まあ私も驚きの事実が飛び出し思わぬことを知ることになったが、これは偶然であってオルスターの虚偽の届け出と今回私が探っている件とは別問題だ。そうだな、今までのフィルダナ家の国への功績や君とアーノルド・オルスターの実績などから書類の虚偽の部分について私は追及しないよ。」
その言葉にシルベスは深々と頭を下げた。
「しかし君がしてくれた話は非常に興味深く、私もサン・ジーノ教会の神聖派と彼女の出自には何らかの繋がりがあるのではないかと感じた。この度のエリックの行動説明と今後の神聖派の捜査を続けるうえで、捜査関係者にはオルスターの娘の名前を出さなければならない場合も出てきてしまうかもしれない。しかし彼女についての詳しい情報は公にしない。」
シルベスはルーカス殿下の対応に感謝し、今後も協力を惜しまず情報提供をすることを約束した。




