15 2つの教会
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凶悪な魔獣の出没が減り一見平和であるように見えるのだが、水面下でなにやら不穏な動きがあると耳に挟んだという王太子殿下より直々に、ジョゼフとリカルドに調査の依頼があった。
フォルスタ国では王政から民政に変った時、政教分離もした。
信仰も個人の自由になったのである。
それでもこの国の殆どの民がこの地に古くから伝えられる、大地と水の神「アルジャノン神」を祀っているランデスター教を信仰している。
18年ほど前に経典の解釈の違いからランデスター教会の内部で分裂が起き、少ない人数だが「新聖派」と名乗る神職の者たちが郊外の教会に移るということがあった。
その新聖派が近年、何やらおかしな動きをみせているようなのだ。
郊外ではあるが昼間は人通りがあり、見通しがいい立地なので動きがあるなら日暮から深夜であろう。
日が暮れてから日が昇るまでの時間帯を1週間ほど、様子を探れという命が出た。
ジョゼフとリカルドは日が暮れる少し前に騎馬で新聖派が拠点としているサン・ジーノ教会の5キロほど手前に行き、付近の農家に馬を預けて徒歩で教会に近づいた。
目的は教会内の大まかな人数と出入りする者の把握だ。
2人の能力なら上級以上の力を持つ教会内の人数は、少し離れていても感じることができる。
馬を降りてからルーニーをコントロールして、己のルーニーの気配を消す。
2人とも「特殊」とされるルーニーの持ち主であるが、調べる教会側の神職にも当然ながら同じような力の持ち主はいるだろう。
こちらが調べていることを悟られないように、慎重に行動する必要がある。
ぐるりと教会を取り囲む塀が見える位置の低木の生い茂る場所に身を潜めて様子を窺う。
「上級が10か?」
「ああ。加えて特殊が2だな。」
昼間も含めて食材や燃料を運ぶ業者の他には、頻繁な出入りはないようだ。
夜が明ける前に教会を後にし、日が暮れたら潜むこと3日目。
もうすぐ夜が明けるという頃に動きがあった。
「誰か近づいてきた…ルーニーは上級?」
「気配を消さないとは大胆だな。若い男か?」
教会を取り囲む塀の裏口に、黒い外套に身を包んだ若い男が近づく。
裏口から教会の下働きをしているとみられる痩せた男が出てきて、黒い外套の青年と言葉を交わしているようだ。
青年が金貨と思われるものを痩せた男に手渡すと青年は素早くその場を去り、その背中に痩せた男は何度もお辞儀をしてそっと教会の中に消えた。
黒い帽子を被っていたが月明りに照らし出されてチラリと見えた横顔と、感じ取ったルーニーに覚えがあった。
「!」
リカルドは記憶を巡らせて、彼が前にユリアーヌと馬車乗り場で親しく話していた青年だということに思い当たった。
「君は彼を知っているのか?」
「知っているというか、以前ユリアーヌ嬢と親しく話をしているところを見たことがあるが、誰だかまでは…。」
空が白み始めたのでリカルドたちも教会を離れた。
いつものように教会から一定距離離れた場所の農家に預けていた馬に跨る。
「そうだ、馬車だ!彼女が青年と一緒に乗り込んだ彼の馬車はとても立派で、…たしか、紋章が付いていた。」
先ほどあった事を整理し纏めるのに、城よりリカルドの屋敷が近いのでそちらに寄ることにした。
リカルドは一昨年まで続いた大規模な魔獣討伐で上げた功労を称えられ、昨年1代限りの爵位と王都郊外に屋敷までも賜った。
普段は騎士団の宿舎で寝泊まりしているが、休日はこの屋敷で過ごすようにしている。
リカルドは女手一人で自分を育ててくれた母親も一緒に住めるようにと母の部屋を用意している。
しかし母親は移動の時間がもったいないと、仕事場に住みこむような形で働いているので、成人した息子の顔を見に来ることはない。
結果的にこの家に住むのはリカルドだけである。
この家を取り仕切るのは中年の執事とその妻。
妻は家事全般を管理する。
料理人はこの夫婦の息子で、とある屋敷で料理人見習いとして働いていたが呼び寄せられ、この屋敷の料理人となった。
他に昼間は通いで働く既婚で子持ちの近所の女性が3人、下働きとして掃除や洗濯などをしている。
加えてリカルドの予定に合わせて来てくれる近所の農家の息子を通いの馬番として雇い、それから定期的にやってくる庭師などがいる。
家を空けがちで贅沢な生活が好みでないリカルドは、その人数とシステムで十分だと考えている。
屋敷にリカルドとジョゼフが到着し、厩に馬を入れ水と飼い葉を与える。
夜明けとともに予告なく突然屋敷に戻ったので、もちろん雇っている通いの馬番は来ていない。
自ら簡単に馬の世話を行っていると、屋敷の外の物音に気付いた執事のマルクスが玄関ドアを開けた。
「おはようございます。お帰りなさいませ。」
「おはよう。朝早くに連絡もなしにすまなかった。」
2人とも簡単にシャワーで身を清めると、応接間のソファーに座る。
メイド長のセーラが「後ほど朝食をお持ちします。」と言って、茶を二人の前に置くと静かに扉を閉めて出て行った。
「青年の迎えの馬車には紋章が付いていたと言ったな。どんな紋章だ?」
民政に変ってからのこの国は、生活に必要不可欠では無くなった爵位や紋章を表立って使うことが段々と無くなっていった。
まだまだ固執する世代や差別的な考えを持つ者もいるものの、今や一般の若い世代には貴族位を持つ者が意識して自分の家の爵位や紋章を記憶するくらいで、庶民には縁遠いものとなりつつある。
ジョゼフはメモ帳を取り出し、リカルドにペンと共に差し出した。
リカルドは受け取ったメモ帳に、家紋の形と描かれていた生きものとそれを取り囲む植物の大まかな絵を描いた。
リカルドが描いたものを見てジョゼフは言った。
「ん…?これは僕もどこかで見たことがある。この鳥って…普通の鳥は紋章にしないしな。紋章に使われる鳥といえば、猛禽類…鷹?鷲?梟?そんなところだな。それから、あの青年についてリカルドが知っていることってある?」
「年は16 ~18で身長は170㎝くらい。王立学校の制服を着ていた。痩せ型だが鍛えているようで筋肉質な感じ。伝令を飛ばすくらいのルーニーを持っているようだ。髪は薄茶で瞳の色は離れていたから分からない。」
リカルドがスラスラと言えば
「さすが騎士隊長様だ。的確にとらえた人物の特徴と重要な情報をありがとう。」
ジョゼフはリカルドが言った特徴をメモし、それを内ポケットへとしまった。
ノックがされリカルドが入室許可を告げるとカートで2人分の朝食が運ばれてきた。
ふたりは腹ごしらえをして体を休め、今夜もまた教会の張り込みに行かねばならない・・・あと3日。
それを終えてから、紋章や青年のことを調べることにした。
2人は朝食をとったあとその日の午後まで、リカルドは自室でジョゼフは客間で休息をとった。
夕刻前には食事を済ませ、そしてまた例の教会へと出かけて行った。
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