【あの時のこと(sideリカルド)】
12の裏側とでも言いましょうか、リカルド視点です。
「…長 。… 隊長! … リカルド隊長!」
「!」
アブルーノに呼ばれて我に返る。
「大丈夫ですか?今日は変ですよ?魔力過多だったら動けなくなる前に、気に入らなくても我慢して魔石注入に行ってください。」
「…、ああ。」
そういえばルーニーが溜まってきているなぁと感じていたのは先週のことだったか。
そんなことすっかり忘れていた…というか、魔力過多の兆候が気にならなくなっていることに今、気付いた。
今日は休み明けの遅番になっていたのだが、馬車の事故が発生したと他の隊の魔導騎士から知らせがあり、出勤までの時間があったのと現場が住まいの近くだったので騎馬で向かった。
大きな事故では無かったので、俺が着いた時にはほぼ片付いていた。
出勤には早いがそのまま騎士団に向かうことにした。
その道すがら、道の端に佇む長い黒髪の女性に目が留まる。
一瞬「このような場所に彼女が居るはずがない。」と否定はしたものの、それはやはりユリアーヌだった。
まさか乗合馬車でも待っているのか?
想像ではあるが彼女の言葉使いや振る舞いからすると、個人所有の馬車がある家柄のお譲さんであるだろう。
こんなところで乗合馬車を待つはずはないとは思ったが、不安そうに時間を気にしている様子である。
思わず声を掛けこんな所にいる理由を尋ねると、乗合馬車を待つが一向に来なくて困っているとのこと。
先日、学生服の青年と一緒にいる姿を見てしまった為か、大胆にも自分の馬に乗っていかないか?などと誘ってしまった。
ユリアーヌの性格から断られて当然…と思っていたが、本当に困っていたのだろう、驚いたことに「お願いします。」と言ってきた。
手を差し伸べて馬上に引き上げると、華奢で小さな体はふわりと簡単に持ちあがった。
騎馬は不慣れなようなので危険のないように、自分の体で包むように彼女の体を密着させる。
これは安全確保のためであって邪な考えは一切ない…と、心の中の誰かに言い訳をする。
初めて出会ったときからだが、不思議なことに彼女との間には何故かあの忌々しいスパーク現象は起こらない。
2度目に会ったときに彼女に気付かれないように密かに確認済だ。
理由は分からないが何も起こらないということは、嬉しいことこの上ない。
前に座らせた彼女からは爽やかで甘酸っぱいリンゴのような優しい香りがし、時折なびいた艶やかな黒髪が俺の頬に触れる。
彼女には紳士然とした対応をしているように見えるだろうが、心臓はまったく落ち着いていなかった。
そもそも強い魔力のせいで日ごろは他人と接触しないようにしているのだが、俺の何に興味を持ってか第2騎士隊長になってからは特に「女の武器」を振りかざし、甘い声ときつい香水で近づいてくる女が増えていた。
生理的に受け付けないそのことが、いつの頃からか女性を苦手とするようになっていた。
故に今まで自分から女性に近づくことは殆どなかったので、実のところ女性の扱いが全く分からない。
正直なところユリアーヌに接している時、友人で第4騎士隊の隊長 ジョゼフ・マーレン(以下 ジョー)を手本にしていることは、俺の秘密だ。
ジョーは侯爵家の3男ではあるが魔力が強いので、俺と同じような経歴で魔道騎士となり別の隊の隊長を任されている。
俺と違うところは、血筋と育ちのおかげか容姿端麗で立ち振る舞いも紳士な騎士。
家柄も申し分ない、世間で言う女性の憧れの「絵本の中の王子さま」だ。
お手本のジョーの効果は素晴らしく、彼女は恥じらいながら自分が菓子を作ることが好きであることを話してくれたり、俺が甘いものを苦手としないか聞いてきたりと少しだが親密な会話ができた。
もっと彼女のことを知る楽しい会話をしていたかったのに、非情にも目的地の孤児院に着いてしまった。
彼女を馬から降ろすのに俺が先に降りて「さあ」と手を差し出せば、彼女は胸に飛び込むように鞍から滑り降りてきた。
彼女の脇に手を差し入れて受け止めたが、彼女は地に足がつかない不安からか思いがけず首に腕を回してしがみ付いてきた。
そのまま抱きしめたい衝動にかられたが、そこは理性でぐっと抑え体を屈めて彼女の足が地面に着くようにする。
足が地面に着いた安心感でとっさに今の状況を理解した彼女が、腕を離して顔を上げたときに俺はまだ屈んだ体勢のままだった。
とても近い距離で彼女の息遣いを感じ、長いまつ毛に縁取られた黒い瞳に自分の顔が写っていた。
心臓が掴まれたようになり一瞬息が止まる。
不測の事態に俺の中から「お手本のジョー」が消え、頭が真っ白。
どうしてよいか分からなくなりとっさに顔を背けてしまった。
その直後に熱が顔に集まり顔が熱くなる…きっと耳まで真っ赤だ。
素早く馬に跨り、馬首を通りに向けることで顔を見られないようにする。
俺の背中に向かってユリアーヌがお礼を言うのが聞こえた。
本当は彼女の顔を見てひと声かけてから出発したかったが、こんな真っ赤な顔を見られるわけにはいかない。
片手を上げるさりげない挨拶で答えると、俺は馬に出発の合図を送った。
馬の走る音と自分の心音。
聞こえているのがどちらの音なのか…分からなくなるように、馬を走らせた。
視点変えてのお話しは、いかがでしたでしょうか?
感想など頂けると今後の参考になります。




