9 疑問
図書館に本を返した翌日のこと。
「リカルド隊長、忘れずにご自分で本を返しに行ったのですね。次回本を借りる場合はいつでも言ってください。」
以前は借りてきてほしいと頼むと不満を言いながら行っていたアブルーノが、手のひらを返したようにうきうきと言うと
「隊長殿、僕が行きますから僕に!」
「隊長、ぜひ俺に頼んでください!」
と部下が我先にとアピールしてくる。
「いや、暫くはいい。」
と言うと、若い部下たちが「えー」「なんだよぉ」と言いながら
「最近図書館の職員になった子、清楚で優しくて可愛いよな。」
「黒髪のユリアーヌちゃんだろ?」
「なんだよ、お前話しかけたのか?」
「ちげーよ、こいつ名札の名前を見ただけだよ。」
「うるせーな!図書館だから余計な話はできないだろう。」
などと、男ばかりの職場のお約束の話題で盛り上がる。
「うるさいぞ!元気が有り余っているようなら、朝練メニューを今からもう一度やってこい!」
リカルドが言うとさっと静まり返ったので、再び手元の書類に視線を戻して「『ユリアーヌ』と言うのか。」と、ぽつり心の中でつぶやいた。
数日後、食堂で昼食を終えて隊の詰め所に戻る途中で隊員が数名、何かを取り囲んでいるところに出会った。
「いいから、いいから。」
「…あ…あのぉ」
「僕が持つから。」
「…いえ、大丈夫ですから。」
「遠慮しないで。」
「そ…そんな遠慮では…。」
「君の歳はいくつなの?」
「… … …」
大きな体の合間に見えたのは、あの図書館カウンターの娘だった。
まったく我が隊員は何をやっているのだ!とイライラしながら近づき
「お前たち!外周を夕方まで走りたいのか?」
と低い声で言ってやる。
「ひぃ~!たっ…隊長!」
「とても重そうでしたので、手伝おうとしただけですよ。」
「そう、そう!騎士ですから当然の行いです。」
「うん、うん。」
「ふ~ん、確かに重そうではあるな。では、隊長の私が君たちの代わりに責任を持ってお手伝いしよう。では解散だ!」
と隊員たちに睨みを利かせてそう言えば
「はいっ、隊長!お願いします!」
と皆で声をそろえて言い、足並みそろえて隊の詰め所の方角に素早く去っていった。
「あの…、ありがとうございます。」
先日は図書館カウンターで椅子に座っていたが、こうして立っているとリカルドの胸ぐらいしかないとても小柄な女性だった。
「いや、私の隊の者が失礼をした。すまない、躾がなっていなくて。」
「そんな。このような大きな袋を抱えて歩いていたので、不憫に思ってくれたのでしょう。この身長ですし、よく子ども扱いされますから。」
その女性は薄く微笑みながら言った。
絶対に子ども扱いではなく皆『女性』として見ているぞ…と言いたかったが、
「実際重いのでしょう。部下に言ってしまった手前、このまま戻れない。ぜひ荷物を運ばせてください。」
とリカルドは本が入っている取手のついた袋を、遠慮の言葉を述べている彼女から半ば強引に受け取った。
「私は第2騎士隊 隊長のリカルド・アーバンヒルだ。今日みたいなことがあって困った時はいつでも私に言って欲しい。」
何気なく自己紹介しつつ、さりげなく相手も名乗るような形に持っていく。
「ありがとうございます。私はユリアーヌと言います。今月から王立図書館の受付係として働き始めました。」
女性は政略や危険回避のためにファミリーネームを言わないことが多い。
ファミリーネームは矛にも盾にもなるが、よく知らない間柄では言わない方が賢明だ。
「今月からとは、異例の中途採用ですね。」
「えっ!そうなのですか?…知りませんでした。」
今までの様子を見ていると、男性のあしらい方にも慣れていないようだし、世間の事情にも少々疎いようである。
これは大事にされていた「箱入り娘」のようだなとリカルドは思い、この純真無垢な彼女を悪いものから守らなければならない!という騎士が持つ、使命感の様な感情が湧いてきたのだ。
「この本は図書館の本ですよね?」
とリカルドが問えば、
「今年から始めた新しい試みなのだそうです。前もってお知らせいただければ、ご希望の本を庁舎やもちろん騎士団にもお届けに上がります。」
リカルドは「それは便利ですね。」と呟く。
「今日のように本の回収もしているのですか?」
「本来はご自分での返却をお願いしているのですが、実際は借りに行く時間も惜しい方が多いので返却日を過ぎてしまい、お届けのついでに回収することが多いです。」
「このように厚い本が5冊以上になってしまうと、女性には大変ですね。」
「今日はたまたまです。お届けに行ったところが大勢の部署でしたので、返したいのだけれど…とお一人に言われまして。一冊回収してしまったら次々に…。次からはカートを使うことにします。」
「そうだな、それが賢明だ。」と言ったところで図書館前に着いた。
彼女の頭に植物の綿毛が付いてることに気付いたリカルドは、先日起こらなかった「こと」を再度確かめるチャンスだと思い
「綿毛が付いているから取りましょう。」
とユリアーヌに声をかけて、革の手袋をしていない左手でそっと彼女の頭に触れ、それから髪に付いた綿毛を摘んで「ほら」と手のひらに乗せて見せ、「ふっ」と吹き飛ばした。
ユリアーヌは少し恥ずかしそうにしながら
「いろいろと、ありがとうございました。アーバンヒル隊長。」
と言い、図書館入口前で本の入った袋を受け取って別れた。
リカルドはユリアーヌが自分をファミリーネームで呼んだことと、「隊長」と役職を付けて言われたことが少し残念に感じられた。
詰所の奥にある執務室に戻るとリカルドは左手を見つめていた。
「やはり起こらなかったな。」
本を返却した時に偶然彼女の手に触れてしまった時も、今日髪に付いていた綿毛を取るために頭に触れた時にも、他人との接触でいつも起こるスパークは起こらなかった。
気を集中させれば彼女のルーニーを感じることができた…それもごく一般的な。
それなのに…なぜ?
おまけに数日前、ルーニーが溜まりつつあることを感じさせた倦怠感も、彼女に接触した後はなぜか軽くなり、側にいるだけで癒されている気がするのだ。
経験にないことばかりで疑問ばかりが浮かぶが、何一つ答えが出ない。
「う~ん。」と一度伸びをして仕事へと気持ちを切り替えた。




