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あいとちか  作者: さとー
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そのころ世界は

「すまん、ちか。今日は午後から野球部のやつらと町内の手伝いしなきゃいけねぇんだ」

「ごめん、ちか。今日はバレー部のみんなと町内の手伝いしなきゃいけないみたい」

 世界が崩壊してから二日目、一応パッと見だけは昨日の一件から平静を取り戻したらしい僕の友人二人はそう言って、学校側が主催した町内のボランティア活動へと出かけていった。

 そんな二人に対し、「いやいや、謝らなくていいし心配もしなくていいよ。久々にほかの友達にも会いたかったところだしね。全く、友達がたくさんいるとこういう時には困らないね。田中のやつ元気にしてるかな? そうだ、鈴木のやつも呼ぶか。そういうわけだから、ボランティア頑張ってくれよ。僕はのんびりと友達と過ごすことにするよ」と言った。

 それを聞いた二人はというと、心配かつ憐れむようなめで僕を見ながらボランティアへと出かけていったのだった。

 部活単位で行われるらしいそれは、帰宅部の僕にはお呼びがかからなかったというわけだ。

 というわけで、先ほどの友達云々は全くの嘘で絶賛一人な僕である。

 どうやらあいも姿を現す気配がないので、本格的に一人になってしまった。

 本当に友達少ないな、僕……

「だけどまぁ、増やそうという気もないんだけどね」

「ん? 大盛りじゃないのかい?」

 僕の独り言に対して、何を勘違いしたのか炊き出しのおばちゃんが反応した。昨日もいた、いつも学食で見かけるあのおばちゃんだ。

 言いそびれていたが、僕は今一人で炊き出しにきている。昨日の様子から察するに今回も余りそうなので、家に食材があるからといって遠慮しないでよさそうだと思ったからだ。

「あ、いや、大盛りにはしなくていいです」

「なんだい、元気がないねぇ。あんた、いつも寮ちゃんと学食に来て大盛り頼んでた子だろう? どうしたんだい」

 少し驚いた。

 まさか学食のおばちゃんが僕みたいなのを覚えていてくれたとは。しかもリンダと一緒にいるわけでもないのに僕が僕であることに気付くなんて思わなかった。

 もっとも、記憶に多少の齟齬があるようだけれども……

 僕は自分から大盛りなんて頼んだことはない。

「よく覚えてますね」

 我ながら卑屈なセリフだと、言った後に思った。

「当たり前じゃないの。学食に来てくれる子はみんな覚えてるよ。うちの学校の子たちはみんな食べっぷりがいいからねぇ。ついついおばちゃんも張り切ってたくさんついじゃうよ」

 いい人だな、と率直に思った。同時に、ありがた迷惑な人だとも。

 確か僕の祖母がこんな人だったように思う。母は、こんな感じの人ではなかった。どちらかというと気の弱い人だ。もし僕に普通の反抗期が訪れていたらどうなることかと、僕のほうが心配になるような人だった。

 だった、などと過去形で語るとまるで死んでしまったかのように思われるかもしれないが、そういうわけではない。ただ単に長い間会っていないだけだ。

 地元を離れ、ここ愛知県に来てから二年以上たつというのに、僕は未だに一度も両親のもとへと帰っていない。お盆も、正月も。特に理由はない。ただ何となく、帰るのが面倒だっただけだ。とんだ親不孝者である。

「で、どうするんだい? 大盛りにするかい?」

「ちょっと今日は食欲がなくて。普通のサイズでいいです」

 そんな僕の言葉が聞こえていないのか、はたまた聞こえていて無視しているのか、おばちゃんは僕が持参した茶碗にいつも通り大盛りのご飯を盛っている。

 どうやら最初から僕の答えなど関係なかったようだ。

 じゃあ最初から聞くなよ。

 おばちゃんはこれでもかというくらいご飯を盛って、学校から持ってきたのであろう横長の机の上にドスンと茶碗をおく。

「ほら、寮ちゃんもあかりちゃんもいないからって、落ち込まないの。こういう時こそたくさん食べて元気出しなさい」

 おばちゃんは僕の百倍くらい元気な声でそう言った。

 どうやら僕はおばちゃんの目から見ると落ち込んでいるように見えているらしい。僕が大盛りを頼まないのはリンダもあかりもいなくて落ち込んでいるからではなく、そもそもそんなに食べきれないからなのだが。

 というか、この人の中で人間は、落ち込んでるときはとりあえずたくさんご飯を食べておけば元気になるのか。人類がどれだけ食事を愛していると思っているんだこの人。

 結局断れずに僕は大盛りの料理を受けとることとなった。言葉だけのお礼を言いながら立ち去る僕の背に、何かを思い出すようなおばちゃんのつぶやきが聞こえた。

「食べられるうちに食べとかないとねぇ、今みたいな状況じゃ、いつ食べ物が足りなくなってもおかしくないんだから……」

 昔、災害にでも遭ったのだろうか。僕なんかより三倍近く年が離れているのだ、どんな経験をしていてもおかしくない。

 そんなおばちゃんの、年季の入った言葉が僕の心に響く。

 我ながら単純だとは思ったが、残さず食べようと思った。



 どうしてだか味気なかった大量のご飯をなんとか完食し、これからどうするか考えながら学生寮へと帰る。

 一度茶碗を戻しに部屋に戻るのは決定としても、その後のことが問題だった。これといって趣味のない僕だ。特にしたいこともない。

 ついこの前までは学校が出す宿題や、学校の言う〝今のうちにやっておいた方がいいこと〟をしているうちに暇な時間は消えていった。そう考えると、以前の僕はまるで学校の奴隷だ。

 しかし、世界が崩壊してしまった今となっては学校から何かを言われることもない。これ以上なく暇である。

 ここでふと、おばちゃんの言葉が頭によぎった。

『今みたいな状況じゃ、いつ食べ物が足りなくなってもおかしくないんだからね』

 なにも食べ物に限ったことじゃない。簡単に世界が崩壊したと言ってはいるが、その実一体何が起きているのか具体的なことは分かっていない。

 これからこの世界で生きていくのなら、今の状況をきちんと把握することが重要だ。

 世界が崩壊して初日の、恐ろしくのんきだった僕とは思えないくらい前向きな考えだった。

 一体何が僕を前向きにさせているのかは全く分からないが、それはこの世界かもしれないし、友達かもしれないし、あいかもしれない。それとも案外、あのおばちゃんかもしれなかった。

「全く、皆の言う通り、僕も変わったのかな」

 一人の時間が長いと、独り言が増えてくる。

 もう一人の僕が勝手につぶやいたような独り言に、一人での帰り道で足以外が暇な僕は考えさせられる。

 この変化はいいことなのか悪い事なのか。

 気分的には悪くない。リンダたちもいいことだと言っていた。それならば、悪くはないのだろう。

 そして僕は、崩壊したこの世界に思いを馳せる。

 友達とのキャッチボール、魔法という奇跡、あたたかいおばちゃんたち――

 世界が崩壊してからというもの、今まで見えていなかった、人間や世界のきれいな部分が目につくようになった。まるでそれが世界のすべてであるかのように。事実、本当にそうなのかもしれない。

 僕は歩く。

 昨日、友人と楽しく歩いた帰り道を。

 人間、一人でいる時間が増えると独り言が増えるらしい。

「この世界なら、好きになれそうだ」

 こんな独り言も、これから減っていくのだろうか? 

 もちろん、いい意味で。



 今回は何事もなく帰宅。

 少し期待していたが、あいは来ていなかった。少々残念だったが、僕はあいの出現をあきらめて当初の予定通り外の状況を調べに行った。

 といっても、一般的な高校生である僕にできることなどあまりなかった。いや、むしろ一般の高校生よりも知り合いの少ない僕なので、できることは普通の高校生よりも少なかったといえる。

 やったことといえば、町内を歩きながら出会った先生や警察に今の状況をたずねたり、近くを歩く人々の話声に耳を傾けたりすることである。

 それでも案外情報は集まるもので、夕方になるころには様々なことが分かった。

 まず一番興味深かったのが、誰も県内から出られないらしいということだ。どうも聞いたところによると、ここ愛知県から出ようとしても道が永遠に続くかのような奇妙な現象に襲われ、出ることができないらしい。歩いても歩いても永遠に道が続くということだ。県境の向こう側は見えているのに、決してそこにたどり着くことはできないのだそうだ。

 僕の住む町は愛知県の中心に位置しているので、残念ながら県境まで歩いていくことは諦めた。ついでにいうと、そのせいでここまで噂が届くのに時間がかかったらしい。

 ほかにも、これは初めから気付いていたが、携帯電話などの通信機器が使えないらしい。最近の携帯電話には音楽を再生する機能がついているが、そういう機能は使えるのに対し、ネットやメール、通話機能と言った遠隔地との連絡を取る手段が全く使えないとのことだ。

 そのせいか、町内ではパトカーや白バイなどが結構な数走っていた。恐らく通信機器が使えないので直接連絡を取り合っているのだろう。

 そして最も大きな変化は、何といっても魔法である。

 多くの十代の子供たちが、自分の中に不思議な力を感じ始めているようだ。

 リンダがあかりを守ろうとしたり、あの眼鏡の学生が彼女を守ろうとした時のように、何かきっかけがあって魔法を発動することに成功した人は極まれなようだが、ほとんどの学生が感情の高ぶりと共に自分の中の得体のしれない力が強くなったり弱くなったりしていることに気付いている。

 昨日僕たちが目撃したように魔法による事故や事件もほんの数件ながら起きているようで、警察も困惑している様子がうかがえた。

 中には化け物を見たというような話まで聞いたが、嘘か真かは分からないもののこんな状況ならそんな噂も流れるだろうとは思った。

 それでも、パニックが起きていないのはここが日本だからなのか、案外大人たちの頭が柔らかいのか、それとも未だ受け入れることができていないのか……正確なところは分からない。

 町の様子はというと、どこに行っても相変わらず緑が大量発生していた。

 アスファルトの道路があったはずのところには草が生えており、試しに少し掘り返してみたが、下からアスファルトが顔を出すことはなかった。建物の外壁にはツタのような植物が張り付きながらその茎をのばしている。しかしどの建物を見ても、その植物が窓を覆っていたり建物の中に侵入していることはなかった。

 そして、ふと気づいたことがあった。地面の草は人間が歩くのに邪魔にならないほどの背丈であり、芝生のような気持ちのいい種類ばかりが生えている。

 植物が生えている光景というものは、眺めている分には美しかったりするのだが、実際に中に入ってみると、虫がたくさんいたりして気持ちが悪かったりするものであるが、今の状況にそんな様子は全く見られなかった。

 窓や建物内を避けて生えていることといい、草の背丈といい、虫が少ないことといい、まるで人間のイメージする美しく快適な緑の空間を体現したようである。

 人の様子はというと、目に見える危険が全くないからか、呑気なものだった。僕同様にあたりを散策している者もいれば、犬を散歩させている人までいる。

 広いところでは小さい子供が親に見守られながら、草原の中を走りまわっている様子も見られた。そんな中の大人たちはどれも幸せそうな顔で我が子を見守っている。その幸せそうな顔は、世間のしがらみから解放されて、ゆっくりと家族と過ごすことのできることを心底幸せと感じているような顔だ。

 路地裏や人気のないところにはガラの悪い連中も見受けられたが、みなそろって何だか調子が出ないというように草むらに寝転がったりしていた。

 昨日のような悲劇には出会わなかった。むしろそんなものなどこの世界には存在しないかのような光景が町の中には広がっている。

 ただ、もとは道路だったはずの草の上を、パトカーや白バイが走り抜ける光景だけは、最後までなれることはなかった。

 たまに見かけた巡回中の教職員から、リンダやあかりが何をしているのかも教えてもらった。リンダは野球部全員で物を運んだりする力仕事の手伝いをさせられているらしい。あかりはバレー部の人たちと一緒に炊き出しの手伝いをしていたようだ。あかりはあれで料理は得意な方なので結構活躍したことだろう。なんでも、リンダと一緒に地元を離れて一人暮らしすることが決まってから特訓したらしい。

『リンダは絶対に料理なんてできないんだから、私ができるようになっとかないといけなかったのよ。リンダの両親からも頼まれたしね』

 とかなんとか言っていた気がする。

 だがしかし、女子寮はもちろんのこと男子寮も異性は基本的に立ち入り禁止だったので、あかりの料理がリンダにふるまわれることは少なかったのだが……

 昼食はずっと学食だったし、朝ごはんも晩ごはんも学生寮の自分の部屋で食べるので、必然的にあかりが料理をふるまう機会はほとんどなかったのだ。

 それでも一応、土日にリンダが試合であかりの部活が休みという奇跡的なタイミングの際に、あかりが張り切ってお弁当を作ったりしていたのを僕は知っている。

 リンダの試合を一度も見に行ったことのない僕が何故このことを知っているのかというと、そういうことがあった翌日あたりに、リンダが僕へ、そのことについて毎回部員にからかわれる、と嬉し恥ずかしといった様子で語ってくるからだ。

 そのたびにこの二人は好き合っているのではないかと思ったりもしたが、恋だの愛だのについて全くと言っていいほど理解のない僕にはよくわからなかった。

 僕は誰かを愛したことなんてないし、愛なんてものを見たこともない。だから僕は愛なんてものを知らないと、ひそかに思っている。

 愛なんて知らないなんていうと、まるで痛いやつみたいだけど、それでも僕は、自分が愛を知っているだなんて思えなかった。

 そんなことを考えながら、情報収集を終えた僕は、有意義な暇つぶしだったと我ながら満足して、暗くなる前に自分の部屋へと戻った。

 地面が硬いアスファルトではなく柔らかい草だったとはいえ、やはり長い間歩くと足が疲れた。昨日のキャッチボールといい、僕はずいぶんとアクティブになったようだ。

 軽くシャワーを浴びて、疲れた足をベッドの上で休ませながら今日の晩御飯についてどうしようかと考えていると、長い間歩き回って疲れたせいか、眠たくなってきた。

 まだ寝るには早い時間だが、今寝たとしても特に困ることもない。以前の僕なら学校の宿題や予習などをやってから寝ようなどと考えたかもしれないが、今の僕にやらなければいけないことなどない。つまり、今寝てしまっても特に困ることはない。

 そう思い、僕は己の生物的欲求に素直に従うことにした。

 寝たい時に寝る。そんな生物として当たり前のことがこんなにも気持ちいいなんて知りもしなかった。

 何だか、自分が生物であることを改めて感じているみたいで不思議だ。

 僕はかつてないほどの満足感で、眠りに落ちた。




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