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強く噴射する

作者: 明莉子

 なんと醜い生き物なのだろうか。まったく見るに堪えない。

 その生理的嫌悪を覚える外見を何とか耐え、友好的関係性を築き、共生を図ろうとしてもそれは無駄なことである。そのことは我々の持つ長大な歴史が証明している。

 未だに「進歩的」な奴らはお互いの文化的交流が大事だと言いそれを実行に移しているが、そんな奴らはその後例外なく、あの無知で傲慢な生き物の犠牲になるのである。このような事実があるのに「進歩的」な考えを起こす奴らがいるのは、相手方にも我々と同じような建設的思考ができるものがいる、そして我々は不幸にもそのようなものと会合できていないだけだという楽観的な妄想を我々が多かれ少なかれ共有していること――これは俺とて少なからず、心のどこかでそう思ってはいるが――それと共に自分の能力を過信し、信じられないほど増大したほぼ同じ遺伝子を持つ多くの個体の中で特別になりたいという願望も働いていることが挙げられるであろう。

 現実は我々を悲しみに突き落とし、憎悪とはいかないまでも否定的な感情を生み出す。一体どれだけの数の善意が、そして命が奪われたのだろう。それも驚くほど、あっけなく。あの生き物は考えるということはほとんどせず、ただただ感情に任せて生きているだけなのだ。そのくせ繁殖能力だけは目を見張るものがあり、その数は止まる所を知らない。

 ただし、今でこそあの生き物たちはつまらない下等生物に堕してしまったが、大昔は我々と共存共栄し、こちら側も恩を受けること小ならずであったという。このことは一応付さなければ不平等というものであろう。あのお頭の足りない生き物とは違い、こちらはどんな歴史にも平らかに接するのだ。先輩としての懐の深さも見せねばなるまい。

 ところで、あの生き物がこんなにも落ちぶれてしまったのは、俺が思うに我々に対する劣等感からであろう。共存していた時代は良い意味であまり頭が働かず、我々と彼らとの比較をすることもなかった。しかし時代が下るとあの生き物も少しずつ知恵と知識とを蓄え、そして気付いてしまったのであろう。なまじ我々と彼らとの間にいくらかの共通点があることも、あの生き物の劣等感を大きくしてしまったと思われる。その時点からあの生き物は我々を躍起になって排除しようとしている。皮肉なことに、彼らは知恵と知識は増えたくせにますます馬鹿になっていったのだ。

 だからこそ、余計に醜い。

 別に我々が完璧な存在、最も美しい存在、そして至上の存在だとは俺は思わない。どこか俺の知らない世界にはもっと高い存在がいるのかもしれないと思っているし、そのことを想えばこの世界にはあの生き物と同じ遺伝子を持ちながらももっと高い知能を有し、その醜さを愛嬌に変えているものもあるかもしれないとも思う。まあ、こちらは期待薄ではあるが。俺は世界は知っているが、本物は知らない。俺の本物はあの生き物が醜いということだけ。

 それだけだ。

 俺はいつからか単純にあの生き物という存在と醜いという語を区別しなくなっていた。

 なぜならあの生き物は未だに音声言語に頼っている。外部表記文字に頼っている。空を飛ぶことができない。足が4本しかない。さらに歩行は2本足で行い、残り2本の足は何をするでもなくただぶら下げている。立体的には歩けない。熱量効率も良くないときている。

 ただし、彼らは巨大だ。いくら我々が知力で勝っているとはいえ、個対個では分が悪い。さらに最近ではその悪知恵をいっそう巡らせ、罠を仕掛けたり戦略的兵器を使用するようになった。

 運悪く鉢合わせてしまえば殺される危険性が跳ね上がるが、食料摂取もしなければ結局のところ死に至る。あの生き物はその食糧生産と住処創造には長けているので我々も簡単にはこの優良物件を諦めたくない。

 今日で俺も生後からおおよそ60日。あと40日間無事に生き延び天寿を全うすることができるだろうか。俺ならできると思った。自信もある。すべては俺の行動にかかっているのだ。

 この住処の住人はだいぶ前に外出し、箱の中は暗闇に包まれていた。食料もたくさん転がっている。俺はもぞもぞと巣穴から身を出し、食べ物をあさる。

 ――と。不意に箱が明るくなった。あの生き物と目が合ってしまった。油断していた!

 しかし、まだ十分に間に合う。すぐさま別の暗がりに、何かの隙間に、巣穴に潜り込めば勝機はある!

 俺の彼らより2本多い足はすぐに機能してくれた。素早く潜り込む標的を定め、それに突進する。距離は少しあるが問題ない。走りながら俺は残り40日のことを想像した。何を食べ、何を経験し、どのような最期を迎えるだろうか。

 後ろから、シューという音と液体が飛んで来たのが感じられた。なんだか頭がぼんやりしてきた。今日は少し考え事をし過ぎたのかもしれない。足の動きも鈍くなってきた。疲れもたまっているのかも。

 早く帰って休息をとろう。


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