07
次の日の火曜日も霧見くんは学校に来なかった。先生曰く、「体調は回復しました様ですが、念のために今日もおやすみします。」だそう。もう大丈夫だろう。まぁアイツもあの調子だったし。
給食後のお昼休みは観察池を見に行った。
「(一人で喋るのは気が引けるけど…)あの、居ますか?」
返事はない。その代わりに、目の前には昨日のびちゃひちゃスライム(仮)が現れた。
「今日の放課後、掃除に来ます。そしたら、彼の事許してくれませんか?悪気がなかった事はよく分かってるんですよね?たから、彼を選んだんでしょう?」
「う…嬉しかっ…た……キレイになっ…嬉しかった………」
「喋れたんですね……………だから、川の瀬先生のこと、大好きなんですよね?」
「……好き好き…好き…嬉しい…」
「彼、霧見くんは二度とあんな事はしないし、他の友達もしなくなると思います。あなたが望んて居た通りにきっとなりますよ。彼の事、ゆるしてくれますか?」
私が言い終わるのと同時に五時間目始業のチャイムが鳴り、観察池もビシャっと崩れ落ち、こんな晴れの日に似つかわしくない水溜りを作って消えた。
慌てることもせず教室に戻ると、やはりというか先生に怒られた。
「木葉ちゃん、今日も霧見くんのお家行く?」
授業中ではあるが、桂木さんは体を半分ばかりこちらに向け、小さな声で聞いて来た。
「私は今日はいいや。桂木さん一人で行ってくれる?」
「うん!小町さんとも仲良くなったから楽しみ!」
「(本来の目的……。)」
放課後は勿論先生に呼び止められた。いつもの様にちょいちょいと小さく手招きされて教壇の前に行くと
「今日はよろしく頼んだぞっ!」
あの爽やかな笑顔だった。
体操服に着替え観察池の前に行くと、張り切った様子の川の瀬先生と嬉々とした様子のアイツが居て、苦笑いがこぼれる。
陽が傾くのが早くなったこの季節。けれど、学校のグラウンドにはまだまだ沢山の生徒が残っていた。
まず先生が一通りの流れを教えてくれた。観察池の中の植物とザリガニを救出し、水を抜く。そして中を水でよく洗い、救出した植物達も洗ってあげる。あとは観察池に水を張り、植物達を戻す。来週には雨が降るから、そうなれば水も落ち着くだろう。とのことで、作業は先生の説明通りに進められた。最後の水張り。水が半分も入った所で、先生が目を離している隙に天魔は自ら池の中へと崩れ落ちた。その所為で一瞬で水かさが一杯になった池の様子に、先生は驚いて居た。やはり馴染ん水というのが良いのかもしれない。
「千本松ーザリガニを池に戻してくれるかー」
「はーい」
「……何だ、怖くないのか?」
先生の少し驚いた様な顔に若干眉間にシワが寄る。
「………怖がらせたかったんですか?」
「あっあーいや、女の子はザリガニとか苦手な子が多いよなーと思って、だな。」
「別に怖くないですよ。ウチ、家のすぐ側に森があるから、カナチョロとかよく出ますし。」
「おーそっかぁ、逞しいなっ!」
「はは、そうですかね。」
先生は一瞬黙った後に、私の頭をガシガシと撫でて「完成だっ!」と大きく言った。木々の間からさす光で観察池はキラキラと輝いて見え、天魔もそこで笑っている様な気がした。
「今日は先生まだ仕事があるんだ。千本松一人で帰れるか?」
「はい大丈夫です。空、まだ明るいですし。お仕事頑張って下さい。」
「ああ、お疲れ!寄り道しないで気をつけて帰れよ!さようなら!」
「はい!さようなら。」
頭を下げれば先生は優しく手を振りかえしてくれた。
「(明日、霧見くんが学校に来られるといいな。)」
今日は昨日よりもずっと軽い足取りで家に帰ることが出来た。
「ただいま帰りましたー」
「「おかえりー」」
いつもの様に木製の壁が家族の声を玄関まで届けてくれた。
「ただいま。あっ空子さんこんにちは!」
「おかえり木葉ー!」
先週の金曜日にも見た顔だ。だが彼女はいつもより楽しそうにニヤニヤと笑っている。
「あんた昨日は先生な送ってもらって、今日は居残りだってー?よっ!不良娘!母さんに似てきたねぇ!」
「冷やかし方がおっさんくさいし、別に不良娘じゃないよ。ただ友達の家にいたら帰るの遅くなっただけであって…。」
「なによー友達ってもしかして男の子なんじゃないのー?」
「そうだよ。」
とだけ言って居間を出た。空子さんが「鳩が豆鉄砲食らった様な顔」とゆうやつをしていたからちょっと笑えた。本当は友達ってわけでも無いとゆーか、これまでまともに話したことも無い様な間柄だったけど、まーいいでしょ。
「っ!!?どうしたの空子さん!」
手を洗って居間に戻ると、空子さんは先程とは一変。何かをボソボソと呟きながら真剣な顔で俯いていた。
「(おっさんくさいって言ったこと気にしちゃったのかな。)…空子さん……」
「木葉は気にしなくて良いのよ!この子が考えてることなんて対したことじゃ無いんだから!」
「でも、ばあば<バンッ!>
最後まで言い切る前に、テーブルを叩く音で意識はそっちに持っていかれた。
「はっ!母さん、大した事じゃないですって?!何も分かってないのね。その子、消されるわよ。」
「「はっ?」」
私とばあばは顔を見合わせて何の事だと首を傾げた。
「そのお友達のことよっ!もし、あの木葉溺愛暴走姉弟がその子が男の子だって知ったら…その子が原因で帰るのが遅くなったと知ったら…あの二人が黙っている訳がないでしょっ!ただでは済まされないわ。」
空子さんの言う言葉一つ一つを頭の中で整理してみれば、何やら無いとは言い切れない気がして気が滅入った。確かに今まで、私が男の子と話していただけで「さっきの子の名前を教えなさい。」と詰め寄られた事があった。ちなみに彼の名前なんて知らない。だって彼には算数資料室の場所を聞かれただけだし、あれは小学2年生の時の話だ。それと昨日の心配っぷりを思えば、空子さんの「消される」という発言が妙に現実味を帯びて、寒気がした。
「ま、まずいよ!ばあばも空子さんも、絶対さっきの事内緒にしてね!」
「じいじは良いのか?」
廊下を挟んだ先にある書斎からひょっこり顔を出したじいじ。
「じいじも内緒!」
「ははっ!そうか!んじゃあ内緒だ!」
この場にいた四人の秘密。その日、一姉と双葉兄ちゃんにあの事がバレまいかと、ちょっとだけ余所余所しい態度になってしまった。そんな私をみてじいじとばあばが笑っていた事を私は知らない。
観察池はきっと心の綺麗な良い奴だと思う。純粋で子供好き、だけど怒るとちょっと…すごく怖い。
のろのろ更新だけど頑張ります!