05
コンコン
「真吾ちゃんクラスのお友達、桂木さんと千本松さん来てくれたわよ。入るわね。」
霧見くんの部屋は二階で、階段部分は豪華な手すりの吹き抜けだった。通された霧見くんの部屋も少年っぽいけど、どこかこの家の雰囲気からはずれないテイストだ。
「こんにちは、まーくん大丈夫?桃香すっごい心配してたの!」
桂木さんの事は特攻隊長と名付けよう。
桂木さんが声をかけても、霧見くんは変わらず苦しそうに大量の汗をかいていた。
「(それに気になるのは…部屋の至る所にある水のシミ。十中八九アイツの
仕業だろう。)」
「木葉ちゃんも声かけてあげなよ。ホラ。」
言って桂木さんは、私が話しかけるスペースを開け、お母さんは「換気」と言って窓を開けた。私は霧見くんに近付き、迷う事なく額に手をそえる。ひゅーっと秋の香りがする風が入ってきた。
「霧見くん、こんにちは。何か体調を崩す原因とか身に覚えはありませんか?……観察池、とか?」
ピクッ!
さっきまで苦しそうに唸っていただけの彼が、ゆっくりと瞼を上げた。そして、布団から手を出し私の手に触れた。
「はぁ……千本松…知ってるのか…」
お母さんと桂木さんは何事かと霧見くんの顔を見つめたが、どうやら彼には思い当たる節があるらしい。
「私は知らない。けど知ってる者がいるの。ソイツを私は知っている。本当は悪い奴じゃないけど、理由は霧見くんが知っている。」
「悪い奴じゃないって!??俺はこんなに苦しんでるってのに!」
霧見くんはガバッと勢いよく起き上がって、触れていただけの私の手首を強く掴んだ。「真吾ちゃん!」「まーくん!」他の二人は驚いたのか、私と霧見くんの間に割って入った。ハァハァと苦しそうな息遣いで何かを考えている彼は、呼吸を整えたあと…
「母さんと桃香は少し出て行ってくれるかな?千本松さんと話したいんだ。」
お母さんは少し困った様子だ。先程の様に彼が取り乱すのが心配なんだろう。桂木さんも腑に落ちないといった所か。
「大丈夫。ちゃんと落ち着いて話せるから。」
そこまで私は、一言も喋らなかった。
「わかったわ。二人とも仲良くね。千本松さん、真吾ちゃんのことよろしく。」
何だか釘を刺された様だ。二人は心配そうに部屋を出て、二人が階段を降りる音を聞いてから霧見くんは話し始めた。
「千本松がどこまで知ってるのか分からないけど、とりあえず、俺の今の状況を話すよ。」
そう言って彼は、途中何度も休憩を挟みながら自分の身に何が起こったのか話してくれた。
金曜日の夜から酷い悪夢にうなされる様になった。その悪夢とゆうのが、気付いたら水の中にいるのだが、どちらが上で下なのか分からず、そうこうしているうちに息苦しくなって水面を探すがやはり分からない。だんだんと周りは藻に覆われ、水が濁り、余計に何も分からなくなる。息が出来ない。そして溺れて目が覚める。体がビショビショで最初は汗かと思ったが、それはどことなく緑がっかって見え、生臭い。次の日には部屋のあちこちに水でできたシミがあり、それも緑がかっていた。
部屋を見渡せば彼が言っているシミは確かにあった。
悪夢を見るのが怖くて眠れない、だけど睡魔に負けて寝てしまうと酷い悪夢にうなされる。「辛い」。夢の中には水っぽい様な変な生き物が出て来て、何かを訴えかけてきているように見える。とのこと…
「何でそう思ったの?何か思い当たる事はない?」
その言葉に、何故か霧見くんは押し黙った。
「それが分からないと、私もどうしようも無いよ。」
「…さっき、そいつを知ってるって言ってたけど、どういう事なんだ。お前、何なんだよ。」
彼は怪しい者を見るような目で私を見ていた。その目はずいぶんと見慣れたもんで、何年か前まであの人も…
「たぶん、信じられない様な事ばかりだから。霧見くんが思い当たる事を話してくれれば、あとは私が何とかするよ。そのために霧見くんの家まで来たんだし。」
「言わないのかよ…」
「この事が解決した後でも知りたかったら、その時は話すよ。」
そこから少しの間、霧見くんは黙り込んでしまった。私は催促するように彼をしっかりと見つめた。
「………分かった言うよ。だけど絶対に誰にも言うなよな!それに、絶対解決してくれ!いつまでもこんな状態はイヤだ。」
小さく頷いて見せたけれど、絶対に解決出来る保障なんてなかった。
「はぁ…あの、な…」
ここで霧見くんはよそよそしいというか、変に照れ出した。
「(何だこいつ)」
「・・たんだよ。」
「え?何て?」
「だから!観察池でオシッコしたんだよ!」
………「観察池」「オシッコ」この二文字だけが頭の中をぐるぐると回っていた。霧見くんは羞恥心で今にも泣き出しそうだが、学校人気No.1のとんでもないカミングアウトを聞かされた私の方が泣きたい気分だわ!
「(天魔に憑かれた理由がオシッコ?……ぶざけんな)はぁ、何でそんな事したのさ?」
正直モチベーションなんてもの、言葉の意味ごと頭から消え去りそうだった。けれど、さっきのお母さんの心配そうな表情を思い出して、なんとかこの場に踏みとどまった。
「俺だって…俺だってそんな事良くないと思ったよ!だけど、伊吹たちと遊んでる最中で「一々校舎に入らなくてもソコでしちまえよ!」って言われて…悪いことしたと思ってるよ!だからってここまでしなくても!」
「事情は分かったよ。霧見くんは安静にしていな。あとはなんとかしてみるから。」
「なんとかなるのか…千本松?」
「そうだね、二度と観察池でオシッコしなければ何とかなるかも。」
それだけ言って、霧見くんの部屋を出た。部屋には小さく風が吹く。
一階のリビングではお母さんと桂木さんが楽しそうに談笑していたので、その場に割って入るのは申し訳無かったがまだまだやる事がある、早急にお暇させてもらおう。
「お邪魔しました。」
「クッキー美味しかったです小町さん!今度作り方教えて下さいね!」
「またいつでも来て頂戴!楽しみにしてるわ。」
何やら桂木さんは布石を敷いてきた様だ。流石特攻隊長…
「「さよなら!」」
コンコン
「真吾ちゃん入るわよ」
「うん」
「さっきの子、お友達?…大丈夫だった?」
言いながら小町は部屋の窓を閉めようとした。
「あ、開けておいて良いよ。何かその方が体調が良いみたいだから。」
真吾朗は先程木葉が触れていた自分の額に触れ、窓の外を見た。そこからは帰って行く木葉と桃香の姿が見えた。
「じゃあ私はここまでで。」
「はーい!明日もプリントあったら届けに行こうね!ばいばーい!」
「うん。ばいばい。」
桂木さんは元気良く手を振りながら走って行った。ちょっと"アレ"な性格を除けば、可愛らしくて凄く良い子なんだよな。
「(って何、保護者目線で考えてるんだ。)」
学校近くの公園で桂木さんとは別れ、放課後通った道を学校へとまた歩く。
霧見くんの顔を思い出してため息がこぼれた。
「(まぁ、早く片付けるに越した事はないか。)」