02
家は学校から歩いて30分の所。家の裏には大きな山があって、町で一番高い位置にあり、学校を含め町全体を見る事が出来る。
中々に立派な門をくぐれば古風な木造建築の家と緑豊かな庭が広がっている。
「ただいま帰りましたー」
木造建築の長所であり短所は、音が良く響き過ぎるところだ。
「「「おかえりなさーい」」」
三人分の声が返って来た。ランドセルを背負ったままリビング、もとい居間へむかうと、一人、いつもと違う顔ぶれがあった。
「あ、空子さん!こんにちは!」
「おー!木葉おかえり!アップルパイ持って来たから、手ぇ洗って食べな!」
空子さんは母さんの妹。町の中心でカフェを営み、お手製のケーキを振舞っている。故に、空子さんの作るお菓子は絶品だ。駆け足で洗面所に向かい、ハンドソープのポンプをガシュガシュと力強く連打し、一気に泡だてた。アップルパイは逃げない。だが、私のアップルパイへの愛がそうさせた。台所を抜けて居間へと駆け戻り、アップルパイの前へと正座した。
「手は洗った?」
言われて、パッと手を空子さんの前へ広げると「よし」っと許可され、フォークに念願のアップルパイを一口分刺した。
「いただきますっ!」
流石、空子さんの作ったアップルパイだ。
「うーん!うんうん!うん!」
「どーなの?」
「凄く凄く美味しい!」
「そりゃ良かった!木葉が食べてくれると作り甲斐あるよー!」
口いっぱいに頬張りつつ、盛大に笑う空子さんを思わず見つめた。親戚の自分が言うのもなんだが、空子さんは子供の目からも実に美しく見える。見た目も勿論だけど、その気前の良さや、太陽の様な笑顔には誰もが惹かれるものがあるだろう。彼女には9才になる娘が居るが、彼女も確か、こんな風によく笑う子だったな。
「(私も…こういう風だったらなぁ)」
自己嫌悪に浸りたくなったら、自分と彼女達を比べるのが最適だとわかった。だけどこの人の笑顔は、そんな気分も吹き飛ばしてくれるらしい。
「なぁーにしけた顔してんだぁ!?せっかくの美人が台無しだよ!ホレッもっと食べな!」
そう言って空子さんはもう一切れ、私のお皿にアップルパイを乗せた。
そんな私たちのやりとりを見ていたじいじとばあばは、嬉しそうに笑ながらも"ちょっと変わった孫"の心配をしてくれた。
「何か学校で嫌なことでもあったのか?」
「困ってる事があったら言いなさいねぇ」
家族は私の体質を良く理解して受け入れてくれている。私の周りは優しい人ばかりだ。
「…今日ね、担任の先生に"観察池"が憑いてたんだ。先生が先週掃除してあげたの喜んでたみたいで…幸せそうだったよ。」
「観察池に憑かれるなんて、まーた変わった先生だなぁ。」
「先生優しいから、彼らも惹かれやすいんだと思う。」
川の瀬先生のあの爽やかな笑顔を思い出して笑った。
「まぁ問題起こさない様なら放っておいても大丈夫なんでしょ?」
「うん。今のところはね。」
「そう!ところで他のチビ三人はまだ学校?」
「一姉と双葉兄ちゃんは部活じゃないかな?夏葉はたしか学級委員の集まりって言ってたよ」
「なーんだぁイケメンでも見て目の保養にして行こうと思ったのにー」
プクッと頬を膨らませる仕草をした空子さん。
「(これで35才とは……)やれやれ」
「今日は小動物系の癒しで我慢してやるかー」
そう言って空子さんは思いっきり私に抱きついてきた。
「ぐえっ!!!」
「あっはっはー!もっと可愛らしく鳴けぃ!」
口から魂が抜けて行くのが見えそうだ。それにしても空子さんの乳…
「こら!空子離してあげなさい!木葉の顔が赤くなってるでしょ!」
「あら木葉?お姉さんのハグがそんなに嬉しいのかい♡」
「ギ…」
「ギ?」
「ギブアッ…プ……」
「生きろ木葉ー!」
その時!ガツンッ!とけたたましい音を立てて居間の戸が開いた。
「ちょっと空ちゃん!木葉になにしてんの!」
「あら?」
「あら?っじゃない!木葉から離れなさい!大丈夫木葉?痛いところはなぁい?」
ゴホッと咳をする私の身体にペタペタ触り、点検をしているこの超絶過保護な方は、一姉こと私の姉である・千本松 一葉。ちなみに彼女、クラスメイトからは「美しさに魅了され、触れれば棘で怪我をする」などと言われている、いわゆる高嶺の花的存在だ。彼女のファンがこんな姿を見たら…… まぁなんでも良いからいい加減身体検査をやめて欲しい。
「まーた一葉の心配性がはじまったぁ。あんた木葉にばかり構ってないで、彼氏の一人や二人作りなさいよぉ、」
「私は木葉の笑顔が見られればそれで幸せなの!」
「そうだよ空ちゃん!俺は木葉が幸せなら彼女なんていらないっ!」
そこに突然現れたのは一姉の一つ年下の私の兄・千本松 双葉だ。こいつも面倒臭い程過保護に私の世話を焼こうとする。
「あら双葉、気が合うわね。だけど木葉は私のものよ!」
一姉がビシッと双葉兄ちゃんを指差すも…
「おかえり双葉兄ちゃん」
「ただいま木葉」
双葉兄ちゃんは一姉を軽くスルーして私とじいじ、ばあば、そして空子さんにだけ挨拶をした。そんな双葉兄ちゃんの態度に一姉はプリプリ怒っている様だったが、彼女も切り替えが早い。
「おかえり一葉、双葉」
言ってばあばが二人分のお茶を用意した。
「「ありがとうばあば」」
二人のあまりに眩しい笑顔に、彼らの同級生に見せてやりたいもんだ、と一人心の中で呟く。
「これぞ目の保養!」
「やめてよ空子さん。また二人が調子に乗る。」
「調子に乗るって…兄ちゃんの事嫌いになっちゃったのか!?」
双葉兄ちゃんはうるうると目を潤ませ、何かを懇願するチワワの様に見つめてきた。だが、そんなもんはもう慣れたもんで、一々怯んでやるつもりはない。「やれやれ」とオーバーなリアクションを見せ、小学生らしい真っ赤なランドセルを拾い上げて「ご馳走さま」と居間横の階段を登った。
後ろでは「双葉がうるさいから!」だの「良いからアップルパイ食え!」だのと色々聞こえてはいたが、それはこの家の日常だから、気にする必要はない。
「騒がしい奴等だ……」
広すぎる位の自分の部屋に入れば、ランドセルを机の横に置いて窓辺にコロンッと寝転がった。太陽で暖まった畳がポカポカと背中をあたためる。
「(そういえば二人、部活どうしたんだろ…それに夏葉は………まぁ…いっか)」
夕方に吹く風が、少し肌寒く感じる様になった。日が沈むのもいくらか早くなったような気もする。秋が始まるということは、夏が終わると言うこと。
夕日に赤く染められた自室の中で、木葉はゆっくりと目を閉じた。