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Riverbed Cafe  作者: hiro2001
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Rest 2 -Part.4-

 とは言っても、そんなことを聞いてしまって潤子のことを意識しないわけもなく、本当にそうなのだろうかと、彼女と同じシフトに入った時には少なからず緊張した。何気ない会話をしていても、彼女の瞳の奥を覗き込んでしまうことも多かった。

「私の顔に何かついてますか?」

「いや、可愛い目してるなと思ってさ」

 その夜も他愛ない会話の最中に潤子の目を見つめてしまった僕は、彼女に向けられている自分の意識を見透かされるのが怖くてとっさにそう繕った。言ってしまってからしまったと思ったが、怒るかと思ったその表情は意外にも柔らかかった。いや、むしろ気恥ずかしさを必死で堪えているようにも思えた。そして、彼女の気持ちの真意を試すような言葉を放った自分に罪の意識を感じた。

「ああ、そうだ。今日店が終わったら一緒に帰らないか? 自転車だろ? とっておきの場所に案内するよ」

「ええ、でも……」

「そんなに時間はとらせないからさ」

 戸惑い気味の潤子を、僕は強引に誘った。その場の気まずさを何とかしようとまたもや唐突に口から出た誘いだったが、もちろんそれだけではなかった。僕は彼女のことをもっと知りたかった。この間の真美の発言の真意もさることながら、素顔の彼女がどこにあるのか、その存在を確かめたかったのだ。


 河原のカフェは今夜も蒸し暑かった。僕は自動販売機で潤子のための冷たいミルクティーと、自分のためのカルピスウォーターを買って、一足先に腰を下ろしていた彼女のもとに駆け寄った。

「ありがとうございます」

「どう? なかなかの場所だろ?」

 でも潤子は、あまり気に入っていないようだった。時折飛び交う虫に体をよじらせ、敷き詰められた雑草で服が汚れないかとしきりに気にしていたりと落ち着きのない素振りが続いた。僕は真美と異なるそんな仕草が妙に新鮮で、またもや潤子の横顔をじっと見つめてしまった。

「えっ、何ですか?」

「あっ、いや、そう言えばこの間のカラオケ楽しかったな。予想以上に歌がうまかったから驚いたよ」

「そうですか? 普通だと思うけど」

 並んで座る僕らの間には微妙な空間が横たわっていた。人ひとりが座れるほど広くはなかったが、通り抜けられないほど狭くもなかった。その中途半端さが今の二人の心の距離をことさらに象徴していた。だから僕は、その距離を少しでも縮めようと、普段着の彼女が知りたくて言葉を投げかけた。

「学校やバイトがない日って、何やってるの?」

「何って、部屋の掃除をしたり、友達と買い物や遊びに行ったり……」

「彼氏とデートしたり?」

「今はいないですよ」

「じゃあ、前はいたんだ」

 我ながら陳腐な受け答えだと思った。僕は、会話のセンスのなさと内容の不躾さが情けなくてカルピスウォーターを一気に飲んだ。今日はときめくどころかげんなりした。

 普通ならここで会話がストップし、次の展開を考えるべきところだったが、しばらくの沈黙の後、潤子は静かに話し始めた。前に付き合っていた男の話を。

 高校時代にサッカー部のマネージャーだった彼女は、同じ部の二つ上の先輩に憧れていた。キャプテンだったその男は学校中の女の子の憧れの的だったこともあり、最初のうちは叶わぬものと諦めていたが、夜も眠れないほどに募った想いに耐えかねて、ある日ついに自分から告白した。

「高さ百メートルのところからバンジージャンプをするくらい緊張したの」

 潤子は的確な表現でその時の想いを伝えてきた。清水の舞台から飛び降りる以上の緊迫感を想像した僕は、一女子高校生の勇敢な行動に尊敬の念を抱いた。

 そして神様は、彼女に光を与えた。意外にもキャプテンは彼女の想いを受け入れ、やがて二人は付き合うようになった。

「最初のうちは、夢でも見てるみたいでした」

 でも、その夢は最終的に残酷な現実となって彼女を覆い尽くしていった。彼が高校を卒業して大学に入った頃から状況は一変した。

「大学で好きな子ができたみたいで……。本当に、別れる時なんてあっけないもんです。まあ、よくある話ですけど」

 潤子は無理して笑っているようだった。僕は何だか無性に哀しく、またやるせなくなった。健気な彼女が無性にいとおしくなった。カルピスウォーターを飲み切ったことも気にならないほどだった。

「似てるんです」

「えっ」

「あなたが、彼に似てるんです」

 それは唐突な展開だった。切実な眼差しで訴えてくる潤子に、僕は正直なところ迷っていた。今や真美が言ったことは疑いようもない真実だった。彼女の想いを十分過ぎるほどに理解できた。でも、僕のほうにそれを受け入れるだけの用意がなかった。心のベクトルは未だに真美に向けられていた。ここで先に進めることがいいのかどうかの判断がつかなかった。

 最終的には本能が勝っていた。反射神経といってもいい動きだった。いつの間にかその距離が縮まっていた僕らは、お互いの目の奥をじっと見つめていた。程なく潤子の目がゆっくりと閉じられたのを見届けた僕は、その十センチ下にある桃色の唇に吸い寄せられていった。そう、ここにもドラマが存在していたのだ。脇役には脇役なりのシチュエーションが用意されているのだ。演じている自分たちが主役であることを意識すれば、誰がどういう役回りかはどうでもいいのだ。最終的にそれを決めるのはあくまで視聴者なのだから。

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