Rest 2 -Part.1-
七月に入ると、暑い夏の到来とともに二つの出来事が唐突に訪れた。ひとつは僕の内定が取れたこと、もうひとつは新しいバイト仲間ができたことだった。前者はただ自分の執念の賜物だったが、後者については当然のことながら偶然のなせる業だった。この間とは違って面接の状況を知ることはできなかったが、初めて目の前で紹介された彼女は、印象が薄いという意味で逆に印象的だった。他の三人の子と比べても、その差は歴然としていた。肩にかからない程度の黒い髪は、小ぶりな顔とのバランスから言えば幾分重い感じがした。一重の瞳は緊張しているためか一メートル先の床に向けられていた。センスのない店のTシャツを着ていたことも相まって、彼女は外見も内面も内気で大人しく映った。でも逆に、それはある意味で新鮮な感動だった。この時代にこういう女の子がいた事実が、いやこういう女の子と出会えたことに目から鱗が落ちる思いだった。だから僕は、バイトのメンバーの中で最年長ということもあり、彼女に積極的に仕事を教えながら次第に話の輪を深めていった。
彼女は名前を潤子といい、音楽関係の専門学校に通っていた。この間二十歳になったばかりと言ったが、僕はそれよりも彼女が音楽をやっている事実にうまく馴染めなかった。外見から醸し出される雰囲気と少なからずギャップがあったのだ。もっとも、よく話してみると彼女は決して大人しくなかった。良くも悪くも極めて普通で現代的だった。
「音楽って、ピアノとかやってるの?」
「そんな風に見えますか?」
潤子の表情は明らかに曇っていた。いや、むしろ苛立ちを隠しているようにさえ見えたので、僕はとっさにその場を取り繕うだけで精一杯だった。
「あっ、いや、別に深い意味はないんだけどさ」
「ボーカルのレッスンをしてるんです。ピアノで作曲もしますけど」
「へえ、じゃあカラオケとかもうまいんだろうね」
言った瞬間にしまったと思った。本格的に音楽の道を歩んでいる潤子に対して、こともあろうにカラオケごときと同じレベルで話してしまったことを深く悔いた。でも、彼女が次に放った言葉は意外なものだった。
「ええ、もちろん大好きです。友達としょっちゅう行ってますよ」
「本当に? じゃあ今度、バイトのみんなと一緒にカラオケ行こうか?」
「いいですね、ぜひお願いします」
社交辞令ではなさそうな潤子の笑顔にほっと胸を撫で下ろしながら、僕はこれを機会に金井との忘れ去られたあの約束を実行しようと思った。最初にみんなで酒でも飲んで、後は金井次第ということで、うまくいけば玲奈と二人で消えてもらえばいいのだ。僕は他のみんなとゆっくりとカラオケを楽しむ……それで何もかもがうまくいくのだ。要はそれぞれが自分の目的で動けばいいのだから。
意外にもというか当然というか、それぞれの予定がうまく合わなかったこともあって、そのイベントが実行されたのは半月以上経った七月の終わりだった。その日のシフトに入っていた僕と潤子のもとに他のメンバーが集まってきたのは、閉店後の片付けも終わった午後十時半頃だった。金井と島本、それに真美や玲奈を含めた総勢六人は、むせぶような暑さの中を近くの駅まで歩いた。心地よい風が吹くはずもなく、僕はただ冷えた生ビールが飲みたい一心で、安さだけが取り柄の駅前の居酒屋に向かった。
それなりにさらっと席が埋まっている店の片隅に陣取った僕らは、さっそくそれぞれの飲み物を注文して乾杯したが、空腹で飲んだビールのせいか、あるいは珍しく店が忙しかったことで疲れていたせいか、かなりの勢いで酔いが回り、自分のことはともかく周りの状況については全く把握できなかった。もちろん、金井と玲奈がどうなったのかもわからなかった。でも、次に行ったカラオケの場に二人ともいなかったことを考えると、結果はともかく少なくとも金井の目的は達成されたのだと思い安堵した。もっとも、僕はと言えば満足に歌うこともできず、ひたすらプロ並みの潤子の歌を聞き続けるにとどまったのだが。