Rest 1 -Part.4-
翌日は珍しく青空が広がったが、僕の心はそれとは無関係に陰鬱だった。梅雨時のじめじめ感に真夏並みの暑さが加わって、リクルートスーツ姿の僕はネクタイを緩めることさえできずにあてのない会社回りを続けていた。就職活動はいよいよ最終局面を迎えていたが、昨年までは内定が取れていたであろうこの時期に、周囲で活動に終止符を打った者は稀だった。だから僕は、そりゃないぜのため息とともにビルの谷間を彷徨い歩くしかなかった。何とかしなければといった焦りだけが体を支えていた。
そのままの姿で夜のシフトに入るべく店に顔を出すと、既に来ていた金井と猫目の女の子……玲奈が大声を張り上げて笑い合っていた。何がそんなに楽しいのだろうと、少しうんざりしながらも奥のロッカーで着替えて厨房に出ると、すかさず金井が声を上ずらせながら話しかけてきた。
「就職活動ご苦労様です。外は暑かったんじゃないですか? 何かジュースでも飲みますか?」
「いいな、大学生は。お気楽で」
「自分だってそうじゃないですか」
「いや、そういう意味で言ったんじゃないんだけど」
でも金井は、そんな僕の言葉など聞いていなかった。さっきまでの光景さながら、玲奈と再びおしゃべりを始めたのだ。僕は半ば呆れながら、いやそれを通り越した微笑ましさすら感じながら、レジの金をチェックするためにカウンターに出た。相変わらず客が来る気配はなく、金井に言われたからか猛烈に喉の渇きを感じた僕は、容赦なく西日の当たる店の前の自動販売機でコーラを買って一気に飲み干した。喉にあたる炭酸の刺すような痛みが心地よかった。今夜は店の余りもので何を作って食べようかと、そんな下らないことを考えながら、通りを行き交う車の流れを漠然と追いかけていた。
金井から予想どおりのコメントを聞いたのは、玲奈がトイレに行っている五分ほどの間だった。途端に神妙な面持ちになったかと思うと、二人しかいないにもかかわらず僕にそっと耳打ちした。
「俺、彼女に自分の気持ちを伝えようかと思ってるんです」
「そうか」
「そうかって、他に何か気の利いた言葉とかないんですか? 頑張れよとか、応援してるぞとか。先輩なんだから、もっとアドバイスとかしてくださいよ」
「じゃあ、店が終わってからみんなで飲みにでも行くか? 酔った勢いじゃないけど、普通に働いてるより、よっぽどチャンスがあるはずだから」
「マジですか? ありがとうございます。さすがは先輩だ。あっ、でも、何か後ろめたい気がするな」
「嫌ならいいんだぜ。無理にとは言わないから」
「あっ、いや、ぜひお願いします」
とってつけたような金井の慌てた表情におかしさが込み上げてきたが、ともあれみんなで飲むのも楽しいだろうと、僕はコントを見る観客のような気分で戻ってきた玲奈と金井を見比べた。でも同時に、気楽で第三者的な感覚に秋風が吹き抜けたような寂しい想いを抱いてもいた。主役はあくまで金井だった。僕はあくまでプロデューサーに過ぎなかったのだ。それがほのかに哀しかった。
でも僕は、なかなか金井との約束を果たすことができなかった。ほとんど悪あがき状態になってきた就職活動の忙しさもあったが、何より自分自身が主役でないことにどうにもやる気がおきなかったのだ。人の幸せをお膳立てしている場合ではなかった。どんな会社でもいいから、とにかくひとつ内定を取ることだけで頭が一杯だった。だから金井に申し訳ないと思いながらも、降りしきる六月の雨粒のようにあてもなく日々を流れ続けるしかなかった。