Rest 1 -Part.2-
「斉藤さん、知ってましたか? もうすぐここでバイトの面接をやるみたいですよ」
「へえ、そうなんだ」
「しかも若い女の子が三人ですよ」
「何でそんなこと知ってるんだ?」
「さっき店長が言ってたんですよ。にやにやしながら」
その夜も僕は、彼……金井と同じシフトに入ってバイトをしていた。ゴールデンウィークも終わった五月半ばに客足は途切れがちで、僕らは暇にまかせて厨房のシンクに並んでもたれかかり、目の前に佇む大型の炊飯器の存在を確かめていた。その中にはまだかなりの飯が入っていたが、かといってそれを食べる気は全くしなかった。昼に食べたカツカレーのせいかもしれなかった。
「可愛い子だといいですね」
「まあ、あまり期待しないようにしようぜ。ほら、合コンなんかでもよくあるだろ? 息せき切って店に行ったのにがっかりみたいな」
「でも、やっぱり期待しますよ。あっ、来ましたよ。あの子たちじゃないですか?」
金井の大学一年生的な初々しい言動と反応をどこか羨ましく見ながら、僕も自動ドアから店内に入ってきた女の子たちの姿を眺めた。
「すみませーん、バイトの面接に来たんですけど」
「はいっ」
でも、よそ行きがかった緊張気味の声を残してカウンターに出て行く金井の後ろ姿越しに見えた彼女たちは、彼の期待通りの、いや僕の期待をもはるかに上回っていた。連れ立ってきたところを見ると友達同士なのだろうが、一人はストレートの黒髪が長く伸びる切れ長の目をした大人しめの、もう一人は肩にかからない程度のウェーブがかった褐色の髪と目尻が少し上がった猫目の活発そうな子だった。タイプこそ違っていたが、可愛いという重要な一点をもって二人は見事に共通していた。
「さあさあ、どうぞ。店長は奥の部屋にいますから」
金井の後に続いて厨房に入ってきた彼女たちは、周囲に全く相応しくない香りを風に伝えながら僕のすぐそばを掠めていった。もっとも、その瞬間に目配せをした金井の緩んだ頬も妙に印象的だったが。
「自分が言ったとおりじゃないですか。信じるものは救われるんですよ」
「それって、何かちょっと違うような気もするけど」
「まあ、細かいことはいいじゃないですか。これから楽しいバイト生活になることだけは確かなんですから」
奥の部屋から戻ってきた金井は心の底から嬉しそうだった。その証拠に、声がいつもより数段上ずっていた。もとより、可愛いバイト仲間の出現に僕も嬉しくないはずはなかった。オープン当初こそ数多くいた女の子たちも、三ヶ月を経た今となっては女子高生を数人残してほとんど辞めてしまっていたからだ。金井と二人で他愛ない話をするのも楽しかったが、何より僕らは純粋かつ不純に女の子と触れ合う機会を欲していた。特に僕は、同い年の大学の同級生ではない、年下の可愛い女の子を漠然と求めていた。だから、年下の金井の目の前では表せなかったが、内心では小躍りしたいほどに胸が高鳴っていたのだ。
三人目のバイト希望者が訪れたのは、それから小一時間が過ぎた頃だった。つい先ほどまでの興奮状態もようやく収まりかけた、そんな時に彼女は僕の目の前に立っていた。始めはお客さんと間違えて、思い切り「いらっしゃいませ!」と叫びながらカウンターに出てしまったが、「あの、客じゃないんですけど」の無愛想な一言で僕はようやく気がついて、中に入れるようにレジ脇の引き戸を開けた。
端的に言えば、彼女は僕よりはるかに背が低かった。カウンターの中は外よりも二十センチほど高かったが、それを割り引いても彼女はこぢんまりとしていた。それだけが彼女に対する印象だった。どこにでもいそうな、自己主張の強い友達がいるとその陰に隠れてしまうような地味な女の子だった。
「ちょっと、レベルダウンですかね」
「おい、聞こえるだろ」
金井の率直な感想に、僕は奥の部屋のドアが開いていることを気にしながらも、そのとおりだと心の中で深く頷いた。確かに、街中での絶対的評価で見れば彼女はむしろ平均以上かもしれなかった。でも、三人の中で相対的に見れば、また違う見方もできた。さらに運が悪かったのは、彼女が最後に現れたことだった。もしも最初に現れていたら、とりあえずとはいえ僕らの見方もまた変わっただろう。
いずれにしても、彼女たちが僕らと同じ立場になることは間違いなかった。人手不足だったこともさることながら、女好きの店長が三人全員を採用するのは火を見るより明らかだった。若い女の子なら誰でも幅広く受け入れる店長の懐の深さを、僕らはこの数ヶ月で経験的によく知っていたからだ。
その翌週から、僕らは予想どおり彼女たち三人と仕事を共にすることになった。夜の時間帯は通常二人体制だったが、当分の間は僕と金井ともう一人の男……島本の中から二人と、女の子一人の三人でシフトに入ることに決まった。昼間はともかく、夜に関しては開店当初の客足は見る影もなくなっていたので、僕は彼女たちと厨房のシンクにもたれながら、日替わりメニューを捲るように会話を楽しんだ。大学のサークルで年下の女の子と接する機会は多かったが、同じ大学という点で立場は同じで、その意味からも違う学校や境遇の子と話せることにある種の新鮮さを感じていた。もちろん、三人のレベルの高さが相乗効果をもたらしていたことも否めなかったが。始めのうちは緊張していた金井もすぐに打ち解け、数日後には彼女たちとの会話に大はしゃぎしていたことは言うまでもない。