Rest 3 -Part.3-
どれくらいの時間が過ぎたのかわからなかった。イベントは既に最終段階を迎えていて、小さく輪を作った四人は、線香花火の放つ弱い光の中に今年の夏を詰め込もうと必死だった。
「ねえ、ちょっといい?」
初めのうち、それが誰の声なのかわからなかった。思わず周りを見回した拍子に、花火の先に辛うじてしがみついていた黄昏色の玉が音もなくこぼれ落ちた。
潤子の表情は物憂げだった。何かを伝えたい雰囲気に満ちていた。そして僕も、それが何なのか漠然とわかっていた。いや、最初から予期していたのだ。何もかもが、いつまでも続かないことを承知でここまで来たのだ。
僕は潤子に導かれるままに川べりまで歩いた。振り返った視界に、何か言いたそうに立ち上がる真美がいたが、それも少しずつ遠のいていった。
近くに水があるせいか、何度か気温が下がった気がした。つられて僕の心の温度まで下がったようだった。
「もう、やめない?」
「えっ?」
「恋人ごっこ。私もう耐えられないの」
かすかに光る川面を見ながら潤子は呟いた。こちらを向かないことで、彼女は精一杯のプライドを保とうとしていた。だから僕も、声を出して了承すべきだった。それが男としての、せめてもの潔い姿だと思ったからだ。
「どうしてだよ? 俺のどこがいけないんだ?」
でも僕は、最後まで優柔不断だった。思ってもいないことを、望んでもいないことを平気で、建前だけのやり取りに終始しようとしていた。痛いほどに突き刺さる潤子の優しさに応えられる人間ではなかった。僕はほとほと自分が嫌になり、そのまま目の前の川に飛び込んでしまえたらどんなに楽だろうと思った。
「そういうとこよ。自分に嘘をついて、見せかけだけの優しさで生きているようなところ。真美のことが好きなくせに、何となく惰性で私と付き合ってるところ」
悔しいはずだった。苦しいはずだったが、僕は逆に胸のつかえが取れたようにすっきりとしていた。むしろ、自分の問題点をストレートに指摘してくれた彼女に感謝したいくらいだった。
「それって最低よ。一見大人なようにも見えるけど、こっちは十分に傷つくわ……。あなただって苦しいでしょ?」
潤子の言うとおりだった。彼女に全てを見透かされていた。僕は改めて、女の子の感性の鋭さを思い知っていた。嘘をつくことの無意味さをひしひしと感じた。
「ねえ、何か言ってよ」
「俺、最初から全てをやり直すよ。今さら遅いかもしれないけど……。潤子には本当にすまなかったと思ってる。ごめんな。そして、いろいろとありがとう」
痺れを切らしてこちらを向いた潤子に、僕はありったけの誠意を込めてそう答えた。言い訳するにも言葉がなかったし、また彼女も聞きたいとは思わないだろう。大切なのは今、改めて自分の気持ちを確認したうえで、これ以上彼女を巻き込まないことだった。自分勝手なのは重々承知していたが、過去をやり直せない以上、未来を変えていくしか術がなかった。
もちろん僕は、潤子と付き合ったことを後悔していなかった。矛盾するようだが、彼女と知り合えたことで改めて真美への想いを感じたこともあったし、寄り添って歩いた短い時間の中で、僕は確実に男としての、人間としての成長を遂げているはずだった。そう、人と人との出会い、いや別れにさえ無駄なことなどないのだ。何故なら、一九九三年というこの夏に彼女たちと、彼らと出会えた奇跡は、僕の人生の中でのターニングポイントであり、確かな軌跡として十年以上経った今でも心の中にくっきりと刻まれているのだから。