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Riverbed Cafe  作者: hiro2001
11/14

Rest 3 -Part.2-

 折りしも八月最終日にあたるその日は、朝からしとしとと雨が降る最悪のコンディションだった。シフトに入った夕方になっても状況は一向に変わらなかったので、僕は心の中で早くも花火の中止を決定し、潤子にはあえてそのことを言わなかった。もともと真美の気まぐれから出たことだし、正直大したイベントではないと高を括っていたこともあった。だから、店を閉めようかという午後十時前に花火を抱えて現われた真美と島本の姿に、僕は驚いたというよりは戸惑いを隠せなかった。

「何だよ、中止じゃなかったのか?」

「どうしてよ?」

「だって、今日は朝から雨が降ってるし」

「もう上がってるわよ」

 真美の言葉に真実味を感じなかった僕は、自分の目で確かめるために早足で店の外に出た。もっとも、あくまで店の立て看板の電気を消すついでだったのだが。

 彼女の言うとおり、既に雨は上がっていた。さらにそのことで、むしろ夏の終わりとしては画期的までに涼しかった。

 立て看板の電気を消し、シャッターを下ろしながら入り口の自動ドアのスイッチを切ると、厨房のほうから笑い声が響いてきた。でもそれは、微笑ましいというよりはむしろ寂しげだった。僕は、昨日真美が言っていた「夏の思い出」を肌で感じたような気がして、切ないようなやるせない想いを抱いた。

「花火のこと、どうして言ってくれなかったの?」

 厨房に戻った僕に、さっそく潤子が噛み付いてきた。僕は曖昧な返事でごまかすと、まるで自分が誘ったかのようなハイテンションで他の三人を促した。「その前に早く店の片付けをしてよ」と、すかさず言い放った真美をその胸の片隅で感じながら。


 雨が上がったばかりの河原のカフェは涼しく、水に濡れた草たちが風に揺れてかすかになびいていた。後ろに真美を乗せた島本を含めた三台の自転車で乗り付けた僕らは、自動販売機でそれぞれのジュースを買うと、いつもは座る緑の絨毯を横切ったその先に広がる小さな広場へと降りていった。十メートル四方の空間は、広場というよりはむしろ草の生えていない空間に過ぎなかったが、いずれにしても僕らはそこを占領するように陣取って真ん中に花火を置いた。

「じゃあ、さっそくやろうか?」

「いや、その前に乾杯だ」

 早くも花火に火をつけそうな真美の機先を制すると、僕は手に持っていたカルピスウォーターを目の前に掲げた。つられて潤子と島本が呼応し、最後に真美が渋々同調した。

「じゃあ、一九九三年、僕らの夏の思い出に……」

「乾杯!」

 おいしいところを持っていったのはやはり真美だった。僕はしてやられた表情を見せながらも他の二人に目をやった。潤子も、島本も僕と同じ思いのようで、呆れたような笑顔でお互いを見合っていた。

 やがて誰からともなく花火をやり始めた。打ち上げ花火やロケット花火、ねずみ花火と進むにつれて、僕らは次第に自分自身を開放していった。自らの殻を破り捨てるかのように、いつも以上のハイテンションで騒ぎまくった。周囲の迷惑など眼中になかった。眩いばかりの光の向こうに潤子が見えた。その少し先では、島本が火をつけたたくさんのねずみ花火に飛び上がる真美がいた。何もかもがいつもと違っていた。それはさながら、さなぎから大空へ飛び立つ三匹の蝶のようだった。

 そんな中で真美を目で追う自分がいた。ひときわ鮮烈な光を放つその姿に、いつの間にか僕の口から言葉がこぼれていた。

「まるで別人みたいだ」

「えっ、何のこと?」

 気がつくと隣に真美がいた。瞬間移動したかのような突飛な状況に僕は一瞬たじろいだ。

「いや、『まるで別人の』っていう歌、何ていう曲だったかなと思ってさ」

「夏の日の1993、classの曲じゃない」

「そうそう、それっていい歌だよな」

 でも、真美はもう聞いていなかった。何を話しているのか、隣にいた潤子とくすくす笑い合っていた。そう、僕はただ続けて言いたかっただけなのだ。歌の最後にあるフレーズそのままに。「いきなり恋してしまったよ、夏の日の君に」と。

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