Rest 3 -Part.1-
僕らの付き合いは極めて自然だった。突き動かされるような激しい衝動もなかった。ちょうどそれは、春の陽だまりの中で森林浴を楽しんでいるようなものだった。安らぎが二人を真綿のように優しく包んでいた。潤子に対しては何の不安もなかった。むしろ、これほどまでにできた女の子は他にいないと思ったくらいだった。昔ながらの言葉で言えば、気立てがいいという表現がぴったりだった。不安は僕の内側に巧妙に隠されていた。それが表に出ることを恐れた僕は、とにかく必死で彼女と同じステップを踏むことを心がけた。いずれは破綻することを承知していながら、僕の心もとないダンスは、時の流れの中で辛うじてその体裁を保ち続けていた。
真美が花火をやろうと言い出したのは、八月も終わりにさしかかった残暑の厳しい夜だった。店の厨房で繰り広げられる二人の取りとめのない会話の中に、彼女の提案は唐突にもたらされた。日常の中に非日常が紛れ込んできた異物感に、僕は一瞬戸惑った。
「夏の思い出に、ねえ、やろうよ。私たち二人と、俊平と潤子と四人で」
真美の口から放たれた「俊平」という言葉に馴染めない自分がいた。バイト仲間の中で、島本のことを俊平と呼ぶのは、いや呼べるのは真美だけだった。当然といえば当然のことだったが、僕はそこに二人の親密な間柄を垣間見たようで居心地が悪かった。誰かに、お前は島本に嫉妬している、と言われても反論できなかっただろう。
「そうだな、まあいいんじゃないか」
「何よ、その気のない返事は。まあいいわ。じゃあ、明日の夜に決まりね。場所はいつもの河原で。俊介くんと潤子はバイトだから、私と俊平が、店が終わった頃にここに来るわ。それでいいわね」
「いつものカフェで花火なんて、ちょっと危ないんじゃないか?」
「何言ってるのよ。本当のカフェじゃないんだから」
至極もっともな意見だった。河原のカフェで花火をやることに、もとより異論はなかった。考えてみれば、島本の名前が俊平だったなんて今まで知らなかった。そう言えば俊介と俊平も結構似てるな、などと妙に感心しながら、僕は鼻歌交じりに雑巾がけをする真美の横顔を見ていた。その時ふと、彼女が手の届かない遠い場所に行ってしまったような寂しさを感じたが、そのことで僕は改めて自分自身の心のありかを再確認し、現状とのギャップに救いようのない絶望感を抱くばかりだった。