キモオタのエピローグ
伊良部は両肩脱臼に腱鞘炎、鼻も折れ、左足も折れていた。キモオタトリオに一発も打ち込めずボコボコにされたという噂が広がり、伊良部の最強伝説は幕を閉じた。残りのイジメっ子たちは手首や腕が剥離骨折しており、さらに複数の箇所が激しく打撲していた。
さすがにやり過ぎたようで3人は停学をくらった。しかし、さすがこれまでイジメを黙認していた学校だ。たったの3日間だった。
停学明けのキモオタトリオの凱旋ぶりといったらなかった。これまではキモさのあまり無視されていたが、クラスメイトは恐怖の視線を送るようになった。ただのキモオタから「普段は大人しいけどキレると怖い奴」にクラスチェンジしていた。無理もない。学園のイジメっ子グループを無傷で完全壊滅させてしまったからだ。
3人が何か喋ろうとすると教室がシーンとなったり、3人に媚びを売るような人間も出てきた。正直、3人は悪くない気分だった。
その日、井川は一人屋上で携帯ゲーム機を起動させ、愛しの明日香ちゃんとの甘い時間を楽しんでいた。
「ああ、今度のGWは熱海でお泊り旅行かぁ。本当に熱海行っちゃおうかなぁ」
相も変わらず気持ち悪い笑みを浮かべている。そこに明日香が上がってきた。
「井川くん。ここにいましたの。滝川くんと藤野くんはご一緒じゃないんですか?」
「けっ、あんなリア充たちのことは知らないよ」
キモオタの逆襲以来、キモオタトリオの生活は一変した。藤野は武道に目覚めてしまったみたいで、下級生を募って柔術同好会を作り初代会長に就任した。たまに師範を学校に呼び寄せ、更なる技の研究を続けている。
また不思議と川瀬と嘘のように仲良くなった。まさに「昨日の敵は今日の友」だ。おまけに川瀬の紹介で他校の女子高生と付き合いだした。
滝川はもう殴られる心配がなくなったので、眼鏡をコンタクトに変えた。そうしたら「眼鏡を外すと案外イケメン」という噂が広がり、後輩から告白され付き合いだした。彼女はオタク趣味にも理解があり、オタクにとっては夢のような生活を送っている。
そしてもうキモオタ達のことを誰もキモオタと呼ばなくなった。3人は自信がついたのか負のオーラを出すことはなくなり、ただの「オタク」と呼ばれていた。
結局、何も変わらなかったのは井川だけだ。最もイジメられなくなり、友人も増え快適な生活を送っている。ただトリオと呼ばれていた時のことを懐かしく思うこともあった。
「伊集院さんが来て、何だか生活ががらっと変わっちゃったよ」
「いいえ、変えたのは皆様の努力の結果ですわ。私を助けてくれたあの日から、全てはこうなる運命だったのかもしれませんね」
初めて伊良部に逆らった時、あの時から変化は始まったのかもしれない。井川は『プラスラブ』を明日香に見せて自嘲するように言った。
「伊集院さんがあまりに明日香ちゃんに似てるからさ、あの時はあんなに勇気が出せたんだよ。そうじゃなかったら、何も変えられなかったかもしれない」
明日香は驚きゲーム機を見つめた。
「じゃあ、私がゲームのヒロインとそっくりだから、助けてくれたり親しくしてくれたのですか?」
「そうだね」
井川は満足気に頷いた。やはり自分の彼女は『プラスラブ』にしかいない。藤野と滝川はあっさりリアルに寝返ったが、リアルは虚無、2次元こそ至高だ。
「まぁ、ひどい。私を口説いたのもゲームのヒロインに似てたからですのね」
明日香は目に涙を浮かべて顔をふせた。
「はぁ? 伊集院さんを口説いた? 俺が?」
「そうですわ! 私、私あの時から……」
明日香は何か知らないがもじもじと恥ずかしそうにしている。
「あの時から、井川くんのことが好きになりましたのに……」
明日香は悲しそうにうつむいている。井川は突然の展開に頭が真っ白になった。ゲーム機とリアルの明日香を見比べてみる。そっくりだ。頭がおかしくなって、ついにリアルと妄想がごっちゃになってしまったのか?
井川はゲーム機をゆっくり閉じた。たちまち井川の明日香ちゃんは消えてなくなった。しかし目の前のリアルの明日香は消えない。
「えっと、いつ? いつ、いつ伊集院さんを口説いたのさ?」
明日香は恥ずかしそうに顔をふせ、ため息をつきながら井川に言った。
「観覧車です」
「観覧車!?」
観覧車は確かに最近明日香ちゃんと乗った。いや違う。あれはゲームの中のことだったはずだ。リアルで明日香と観覧車に乗ったのは、まだ修行中だった時だ。あの時はろくに会話が出来たはずがない。
明日香は井川に記憶がないことを知ると悲しそうに呟いた。
「井川くん、こう言ってくれました。『俺に神様が与えてくれた贈り物』だと思ったって。あんな素敵なこと言われたのは初めてでした。でも、でも……」
明日香はついにぽろぽろ泣き出してしまった。
「全てゲームのヒロインに似てるからだったんですね。ひどいですわ。私だけ浮かれてしまって……もう、知りません!」
明日香は踵を返して走り去ってしまった。井川はぽかんとその後ろ姿を見ていた。全く情けないオタクだ。彼女を追いかけないばかりか、神様からの贈り物に気づかない、全く救いようがないオタクだ。
「い、伊集院さん! 待って!」
井川は必死に走り出した。リアルが虚無? 2次元こそが至高? 違う! リアルこそが真実だ!
「伊集院さーーーん! 待ってってば!」
一人のオタクが今リア充にクラスチェンジしようとしていた。
(おしまい)
ご拝読ありがとうございました。
何かひとつでも心に残るものがあれば幸いです。




