オリオン座-2
「それが一週間経っても続いてるっていうわけね」
電話機の向こうで泉が息を吐いて言った。そうなのそうなのなんかおかしいのよねえいーちゃんどうしよう、わたしは必死に友人に訴える。そうなのだ。ひーくんがちっとも忘れてくれないのだ。一週間経ったにも関わらず、彼はまだ死ぬ気でいる。
「まあ、あたしは、大学の頃からそうなっちゃうんじゃないかなあとちょっと思ってたんだけどね」
あんまりさらりと口にするので、最初何を言われたのかいまいち呑み込めなかった。二秒ほど沈黙。それからえ、と無理に声を押し出すと、それが引き金になったみたいに考える間もなく口からどんどん言葉が飛び出した。ばんばんばん。勢いよく乱射。
「え、どうしてえなんで知ってたの、え、何が?」
「何がって」泉は短く笑い、よっこらしょというようなことを小さく呟いた。何かしながらの電話なのかもしれない。「ひろとくんが急に死ぬって言い出しちゃうこと」
わたしはテーブルについて、自分の椅子に座って、不在のひーくんの空っぽの席を見つめながら話している。テーブルを拭いたまま置いていた、青い小花模様のプリントされている布巾を空いた手で握り締めた。一番熱くしたお湯で濡らしたはずのそれは、いつの間にやらすっかり冷めてしまっている。指が白くなるほど力を込めて握りながら、向かいの席を見つめた。彼は今、仕事に行っている。今ごろ昼休みかも。「なんで、知ってたの」
「別に知ってたわけじゃないってば」
泉は強く否定してから、内緒ばなしをするように声を潜めて続けた。「ただ、彼、なんかそういうとこあったじゃない」
布巾をますます強く握り締めた。滲み出た雫がわたしの手のひらを濡らす。
「そういうとこ、って」
「ちょっと繊細すぎるようなところ。きめ細やかで素敵なんだけど、どこか危ういの。いや、けなしてるわけじゃなくって」
最後の一言は押し黙ったわたしを気遣うように付け加えた。その声の向こうに男の子の声がする。マ、マ、マ、マ。大ちゃんの声だ。二年前に結婚した泉の、一歳の息子。もう、わたしたち、そんな年齢なのだ。ひーくんが自分を"古びた人間"と呼んだわけが、少し分かったような気がした。親に守られる身分でもなく、かといって子供を育てるわけでもなく、ただ生きているわたしたち。
気がつくと泉に聞いていた。