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復讐

復讐―その後―

作者: 樋口 涼
掲載日:2026/07/05

このお話は『復讐』を読んでから、お読みください。

「亜妃を殺したから、戻って来なさい」


そう、お母様から連絡が入ったのは、宮木亜希として私が帰宅した時だった。

電話口のお母様の声は、まるで他人事のように淡々としていて、彼女が自分の娘ではないと確信している気がした。


でも…恐らく。

彼女が本当は亜依であっても、お母様は殺していただろう。


亜依の記憶を引き継いだ、地獄の中を生きた亜紀。

自分を亜妃だと思い込んで居る、狂った亜依。


どちらにせよ、不要と判断され処理された筈。

何故なら『私』と言う、代わりが居るから。


「分かりました」


私の心は何一つとして動揺しなかった。

早鐘の様に打つ事も無く。

確定していた事項が、実行されたとただ知らせを受けた様にいつも通り。


しかし、返事をしながらも、早急に帰ろうとは思えず、のろのろと準備をした。

私は人を待って居た。

ある人が帰宅するのを、待って居たのだ。


亜希の両親ではない。

最後にでも、あの人達を見たいとは思わない。

私が待つのは亜希の姉、一華だ。


話によれば彼女の目の前で、亜希は間島に殺された。

間島は良くも悪くも、一族に従順だ。

しかも、直系の血が流れるお母様に。


今の分家が権力を貪る体制に、反旗を翻さないのは、単にお母様の意向の所為だ。

もしも、お母様の意志が変われば、間島は引退間近の老体を鞭打って、叔祖父の血を滅ぼしに掛かるだろう。

優秀な黒子として、彼女の手足となり、血を浴びる。


だから、亜妃も殺された。

状況や三年間の彼女の行動を思えば、私を嵌めようとしたのかも知れない。

お母様は私を守る為に、亜妃を利用し捨てた。


「私の代わりに亜希は死んだのね…」


鞄に数少ない私物を入れながら、窓もないただの物置を改造しただけの部屋を見渡した。

狭く暗い亜希の部屋。

自分の家の、自室の何分の一だろうか。


三年間、ここでの時間は長かったが、居心地がいいとは一度も思えなかった。

ただ、ここの家の人達と関わらない為だけのスペース。


机の中で、透明なガラス玉がコツンと音を立てた。

もう一つ奥から転がって来て、当たった一個は横に転がって行った。


それが私達の様に見えた。

同じ様なガラス玉。

当たった方も当たられた方も、どちらがその場に残って居るのか、一瞬の瞬きで分からなくなる。


本来なら当たられた方が転がって、当たった方がその場に留まる。

けれど、箱の角なら…当たった方がはじき返されて転がって行くのだ。


亜希に当たったのは、亜依だろうか。それとも私だろうか。

…案外、当たって来たのは亜希かも知れない。

それとも全てが同時に…なのだろうか。


神様の盤上も同じかもしれない。

なんて事が頭に浮かんだ。

神様の盤上で、人間も差異のないガラス玉なら、そこに在るのはどれでも良い。


私にも二人の記憶が残されていた。

それを私は誰にも言わなかっただけ。

だから、今ここに居る。


半身と親友だったはずの二人を亡くして。

…妹と友人二人の命が消えた世界に生きている。


ビー玉を眺めながら随分と待ったが、一華の帰る気配がしない。

これ以上待てないと思った時、玄関が開く音がして、両親でなければ良いな。なんて思いながら、鞄を手に下へ降りた。


一階のリビングに立っていたのは、ボロボロで所々煙の所為か黒く汚れ、手当された包帯だけが白い。

そんな姿の一華だった。


私はそこで『良かった、会えた』と喜んだ。

その喜びは、ただの『姉』に会えたと言う喜びではない。

『最後に対峙』出来たと言う喜びだ。


「あんた…誰」


彼女は降りてきた私を見上げ、目を見開いていた。

その奥に驚きと怒りが見えた。


「亜希じゃないわ…だって…」


テーブルについている彼女の手が、握りしめられて震えている。

悔しいのかしら、それとも悲しいのかしら。

そんな事を考えながら、彼女の隣まで何も言わずに歩いた。


「あんた誰よ!!」


いきなり胸倉を掴んでくる彼女の顔を、私はマジマジと見た。

汚れた顔に幾筋も涙の跡が残っていた。


「あんたね!?あんたの代わりに…亜希は…亜希は…殺され…」


胸倉を掴む手が、服を引っ張る所為で首が絞められる。

少し苦しいけれど、私は彼女の両手にそっと手を添えた。


「確かに…私の代わりにあの子は死んだわ…」


彼女の目が潤んで、顔が赤くなっていた。

それでも私は言う。


「体を殺したのは間島かも知れないけれど、精神を…あの子の心を殺したのは貴女よ」


そう、これが言いたかった。

亜希の姉である一華に、貴女が亜希をとっくの昔に殺していたの。と。


「貴女があの子をレイプした時に、あの子は死んでるの」


一華が怯んだのが分かったから、私は両手で彼女の手首を掴んだ。

逃がしはしない。


「生まれて来なければ、本当は良かったのに」


生前の亜希の口癖を彼女に伝える。


「ねぇ、貴女は知ってる?亜希が目を開けたまま瞬きもせずに、涙を流す事が有るのを」


一華に話す私は、どんな顔をしているのだろう。


「泣いて…叫んで…飛び起きる事を?」


あぁ、この人に通じれば良いんだけれど…。


「オレンジ色で過呼吸になる程、怯えて苦しんで謝り続ける事を?」


たじろぎ後退りする彼女を、私はぐっと引き寄せた。

逃がしはしない。


「離して…止めて…」


か弱い声が一華の口から漏れ出て、頭にカッと血が上った。

なんで、貴女が被害者の様に、弱い子の様な態度なの?


「ねぇ。止めてと言われて貴女は止めた?」


止めてない。止めていなかったのよ。貴女は。

亜希を傷だらけのボロボロにして…。


「…でも…追い打ちをかけたのは私達…」


あの地獄に放り込んだのは…私達。


「あなた達が…ヒビを入れて、割ったのは私達…」


そうだ。

私は、この人に亜希の死の…辛さを突き付けたかった。

けれど、同時に『妹を亡くした』同じ思いを…。

共感を欲していたのだ。


「さようなら…お姉ちゃん」


亜希と同じ声で、私は彼女に別れを告げる。

昔の亜依を思い浮かべ、亜希を思い浮かべ、その顔に似ている一華に向かって、微笑みを渡す。


手を離した彼女の腕と体は、床に落ちて行ったけれど、私はそれを置き去りに鞄を持ち、家を出た。

玄関を開けると、いつもの車が目の前に止まっている。

近所の主婦がこぞって見に来ていた。


その視線を受けながら、私が車に乗り込むと、運転手がいつもと違う事に気が付いた。

隣には昀が暗い顔で座っている。

亜希を殺しかけたヤツが、のうのうと生きていた。


「なぁ」


気安く声をかけないで欲しかった。


「亜依は…死んだのか?」

「そうね。良い様に使われて、良い様に殺されたのよ」


私の言葉に泣いている彼をみて、コイツは知らなかったんだな。なんて、同情心が芽生えた。

運転手の男がミラー越しにちらっと後ろを見たのを、私は気が付いた。

見た事のある顔だった。


「哥哥」


私の中で皓と言うハトコの兄は、一族…曾祖父に忠誠を誓った男だと思っていた。

だから、叔祖父が亜妃を認めた事で守ると思っていたのに…。

今回の件を止めずにいたと言う事は、叔祖父側でも無く直系よりなのかと、認識を改めていた。


「昀…泣くのは止しなさい。殺されるわよ」


目の前の哥哥から、反逆の意を伝えられたら…娘ではない昀は処分対象になる。


「哥哥は…大丈夫」


鼻水をズズッとすすると、昀は涙を拭った。

「哥哥は味方」だと。


「亜妃を見殺しにしたのに?」

「知らなかったんだ」


前から哥哥の、悔しさをにじませた声がする。

銃を持って行くのを止めた間島に違和感を感じて、ナイフを持たせたのは哥哥だった。

そのナイフが亜妃の命を奪う事になるとは、思いもせずに。


「でも、ナイフが無くても間島は殺すわ」

「そうだな」


車を路肩に止め、ハンドルに突っ伏している。

彼も彼で亜妃を愛していた。


私が共感を得られるのは、この二人だったかも知れない。


「どうするの?」


私の心は決まっている。

後は彼らだ。


「…お前の…親だが…復讐する」

「そう。昀、貴方は?」

「俺も…参加する」


同じ思いだった。


「でも、私は一族ごと潰すわよ?」


そうだ。これ以上、あの船を…あの地獄を放っては置けない。

罪なき子供達や女性、男性が食い物にされ続けるあの船を、潰したい。

地位や金がある者が、無い者を虐げ続けるあの場所。


叔祖父だけが作り上げた場所ではない。

お母様もお父様も、お爺様も分かっている上で、手を貸している筈だ。

なのに…私の代わりに亜希を送り、地獄を見せた。


「良いの?」


私の言葉に、二人が頷くのを見た。

今から、私達の『復讐』が始まる。

『復讐』を書いた後、その後を…悠衣側を書きたくて溜まらなくなり、蛇足になるかも知れないと思いながらも、書きました。

ただの心情の吐露です。


神様の盤上にあるガラス玉は傷付きボロボロになり、大切な何かが欠けました。

しかし、その周囲には優しく転がって来たガラス玉達が数を増やし、神の指先ではじかれたガラス玉から守るかの様に…集合体へと変貌し、欠けた部分にハマり合い、ある種の足枷の様にお互いを繋ぎ…。

今現在、時が停止した檻の中で幸せに、ボロボロのガラス玉は止まっています。


しかし、皆を通して見える秩序の崩壊。

神様からすれば何のことは無いモノでしょうが。

人の痛みに鈍感な世界に、物語の亜希の様に嘆き、無力さを痛感しています。


お互いを縛るガラス玉達が、消えていく事が無い様に自分は祈るしかありません。

だって、欠けたガラス玉の体が動ける間に枷が外れたなら…亜妃の様に「全て壊れろ」と嘆くかも知れません。

多くの命が消えても。

どうでも良いと思う彼女が、また彼女のような人が…。

現れないとは限らないのです。


これ以上、復讐の連鎖が続かない事を、切に祈っています。

(人種、国、戦争、性差、広がる貧困…当分無理そうですが…)

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