第二話 「世界という三文芝居」
とある大国の大統領が、世界の人々を戦争に巻き込み、政治ゲームを続けている。
その全部の起点に「俺がディールしてやる」という一人相撲じみた思想があって、その煽りで日本のスーパーの棚は空になるかもしれない。
80年前の戦後統治による呪縛が、ガソリンスタンドの価格表示によって解けるとしたら——歴史の皮肉としてできすぎているが、十分ありえる話だ。
考える頭はある。動機が生まれた。あとは怒りが正しい方向に向かうかどうか。
本作はイラン戦争に関してのsonnet4.6と筆者とのやり取りの中でたどり着いた現代資本主義の本質と、それを超えていく新たな思想を、小説という媒体に落とし込んでみたものです。sonnet4.6と筆者の合作、初投稿ですので構えずに気楽に一読くださると幸いです。
転生から一週間。
五郎はひたすら調べていた。スマートフォンで、パソコンで、職場の図書室にあった古い国際政治の本で。前世では新聞すら斜め読みだった男が、気づけば一日中画面を見つめていた。
理由はシンプルだ。楼和四十八年の記憶があるからこそ、今回の「石油の話」が他人事に見えない。あの恐怖——棚に紙がない、という根源的な恐怖——が、このまま何もしなければまた来ると分かっていた。
職場には様々な国籍の人々がいる。
チャンという名のシンワ国出身のエンジニアは、三十代の小柄な男で、笑うと目が細くなった。日本食が好きで、ソバなら何杯でも食えると豪語していた。
ブラッドというアメリア人のクレーンオペレーターは、テキサス出身で体格がよく、陽気で、港で一番声が大きかった。週末は地元の居酒屋で日本酒を飲むのが習慣だった。
そしてアリ。イスラニア出身の若い船員で、故郷が今まさに爆撃されていた。ヤポニアに3年間の研修に訪れていた最中のことで、普段よく笑う男が、この一週間は口数も減っていた。
四人で昼飯を食っていると、チャンが唐突に切り出した。
「ゴロウ、アメリアはまたやったな」
「また?」と五郎が聞くと、チャンは箸を置いてこう言った。
「いつもそうだ。敵を作って、救いに行って、戦争する。俺の国では子供でも知ってる話だ。俺が子供の頃、親父がよく言ってた。アメリアが平和を守りに来たら、その国は十年は戦争が続くって」
ブラッドが苦笑した。「まあ否定はできないな。俺の親父もトランペット大統領は嫌ってるよ。選挙にも行かないって言ってた。でも隣人としてみると気のいいおじさんなんだよ。夏は避暑地でバーベキューを開催してくれるし」
五郎はそれを聞いて、少し考えた。
アメリア人も、シンワ人も、イスラニア人も——出会ってみるとみんな気のいい奴らだ。飯を食って、笑って、家族の話をする。問題は「現場」ではなく「上」にある。ずっと上の方にある、顔も見えないところに。
それから、五郎はノートに書いた。
第一幕:脅威を作る。
第二幕:救済者として登場する。
第三幕:戦争を起こす。
反省ゼロで第一幕に戻る。
チャンが覗き込んで言った。「それ、日本語で言う三文芝居ってやつじゃないか」
「よく知ってるじゃないか」と五郎は答えた。「しかも役者が本気で自分は正しいと思ってる。それが一番タチが悪い」
ブラッドが静かに言った。「トランペットは気の違った人間にみえる。でも椅子がそうさせるのかもしれない。世界最強国の大統領の椅子に座ると、正気でいられなくなるかも、ってね。だって周りは全員イエスマンで、誰も本当のことを言わない。毎日『あなたは正しい』と言われ続けたら、どんな人間でもおかしくもなる」
アリが、それまで黙っていたのに、ぽつりと言った。
「俺の故郷の街の小さな市場。毎週金曜に親父と、スパイスを買いに行っていた。先週、空爆で消えた」
誰も何も言えなかった。
五郎は飯を一口食った。アリも飯を食った。チャンもブラッドも食った。
四人は同じ飯を食いながら、同じ海を見ていた。
◆ ◆ ◆
翌週、五郎はさらに深く調べ始めた。
イスラニアへの攻撃の「大義名分」は核開発の阻止だった。しかし五郎が調べると、奇妙な事実が出てきた。
かつてアメリアはイスラニアとの間で核合意——JCSOAという名の協定——を結んでいた。イスラニアが核開発を止める代わりに制裁を解除するという取り決めだ。その合意を一方的に破棄したのは、他でもないトランペット大統領自身だった。前の任期の時の話だ。
合意を壊す。イスラニアが核開発を再開する。それを口実に戦争を始める。
五郎はノートに書いた。「自分で問題を作って、自分で解決しに行く。これが芝居の台本だ」
さらに調べると、アメリアの同盟国であるはずのスペリア王国が、今回の戦争に強く反対していることが分かった。スペリア王国の国王——いや、首相か——サンチェという人物が、自国内のアメリア軍基地の使用を拒否したというのだ。
それに対してトランペット大統領は「スペリアへの経済制裁を検討する」と脅した。
五郎はその記事を三度読んだ。
同盟国に経済制裁。
敵に使う手段を、仲間に向ける。
これが同盟というものの実態か、と五郎は思った。そしてヤポニア共和国が今どんな立場にいるかを考えると、背中が少し寒くなった。
夜、チャンに電話すると、こんなことを言った。
「スペリアのサンチェは偉いよ。でも俺の国の外交官が言ってたのを聞いたことがある。小国が原則を守るためにはコストがかかる。大国が原則を守らないのは、コストを払わなくていいからだ。力のある者がルールを作り、ルールを破り、ルールを守れと他人に言う」
「それが今の国際秩序ってことか」
「そう。ゴロウ、ヤポニアはその中でどこにいると思う?」
五郎は答えられなかった。
チャンが続けた。「ヤポニアは面白い国だと思う。どの国とも仲良くできる条件が一番揃っている。地理的にも、経済的にも。なのに、動かない。なんでか考えたことあるかい」
電話を切った後、五郎は長い時間その言葉を考えた。
なぜヤポニアは動かないのか。
答えは翌週、歴史の本を読んでいる時に見つかることになる。
この話はフィクションです。ヤポニアはヤポニアで、アメリアはアメリアです。イスラニアはイスラニアです。現実とはあまり関係がありません。




