突進にはラリアットを。家庭教師には温かいベッドを
皮の投擲紐から、石が勢いよく飛びだした。
狙った方向ではなく、モンスターも何もいない草むらに入り込んで見えなくなる。
「あうう……」
悔しげにうなるクロに、鞘に収めたままのナイフを持って緊張しているシロ。
近くにモンスターがいるのにこの態度なのは、緊張感が足りないというより適度にリラックスできているというべきだろう。
「よくやった」
俺はにやりと笑う。
俺を警戒して少しずつ距離をとっていたホーンホース……ユニコーンみたいな美しさや伝説など持たないただの害獣モンスターが、怒りを露わにして高く鳴く。
その直後に、ひづめが地面を蹴る音が異様な速度で近付いてきた。
俺は右腕を横に伸ばして待ち構える。
体格差を考えれば腕ごと跳ねとばされるか、下手をすると腕が引きちぎられるかもしれない危険な行動だ。
俺の耐久力があれば話は別だがな!
「一頭ではなあ!」
衝突の瞬間、衝撃は感じたが痛みはほとんどなかった。
だから俺は、力で対抗するのではなく、足で踏ん張っている地面を利用してホーンホースの突撃に耐える。
靴ごと足先が地面にめり込んで、土を押しのけながら俺の体がずるずると後ろへ下がる。
俺とホーンホースが接触しているのはただ一点、俺の腕とホーンホースの喉だ。
強靱な皮膚と筋肉に守られた喉は、俺の剣では切れず、絞め技でも呼吸を止めるのは不可能。
だが、ホーンホースの速度と重さが、俺のラリアットを自らの喉へとめり込ませる。
「わん!」
「おーん!」
シロとクロが興奮してやがる。
あいつら、漁夫の利狙いの同業者に対する警戒や、別のモンスターの乱入に対する警戒をしてるんだろうな!?
「逃がしゃしねえぞ」
ホーンホースの速度が落ちてきたところで、俺はホーンホースに抱きつくような形でホーンホースの喉へ腕を巻き付ける。
両腕を使ってようやくの太さの喉が、完全に決まった。
「シロ! クロ! 何かが近付いてきたら大声を出せ! 俺はこいつを仕留める!」
ホーンホースがガチガチと頑丈な歯を噛み鳴らしながら全身を使って暴れる。
俺の足が埋まっていた地面から引っこ抜かれ、俺の視界が勢いよく揺れる。
だが、アホみたいに頑丈な俺の体は、どこにぶつかろうが壊れはしない。
痛いがな!
「解体手段がないから馬刺しにできないのが残念だ」
俺は好きなんだよ。
この世界の衛生や調理技術で刺身を食うのは怖すぎるから、二度と食えないから余計にな!
俺の言葉を理解する頭などないのに、ホーンホースは捕食者から逃れようとするかのように大暴れする。
冷静に俺の絞め技を外そうとすれば生き残れる可能性もあっただろうに、首を絞められたまま暴れることで貴重な酸素を消費する。
……肺呼吸するモンスターで、助かったぜ。
「あん?」
まだ抵抗は続いているのに、腕に込められる力の上限が上がった感覚があった。
レベルアップか?
俺の能力は耐久力に偏りすぎているから、一気にレベルアップしない限り実感が薄いんだよな……。
「あん! あいっ!」
シロが大きく手を振りながら、ある方向をちらちら見ている。
警戒はしていても命の危険を感じている雰囲気は薄いので、同業者かもしれない。
「殺しても抵抗が止まらないこともあるわけか。一つ賢くなった、な!」
一度強く首を絞めてから、放り投げるようにしてホーンホースを解放する。
角の先端が俺の胸をかすめ、頑丈な皮の服を破るが肌にはかすり傷すらできない。
「あう!」
クロが『さすが!』という感じではしゃいでいるが、俺は顔は平然としているが頭が痛い。
今相手にしているようなモンスターなら裸でもいけそうだが、より強くより金になるモンスターを狩るためには装備も重要だ。
俺が装備して役に立つくらい頑丈な装備は、いったいいくらするんだ?
そして、それよりも、だ。
「クロは石をセットして紐をまわしとけ。シロはモンスターの死体に乗って周辺警戒! 怪しいと思ったら人間だろうが何だろうが大声で威嚇しろ!」
「あい!」
「あう!」
シロもクロも真剣だ。
体格も体力も知識も乏しいが、真面目にやるという時点で俺にとっては魅力的な人材だ。
「おーい! 何か用か! こっちはモンスター相手で忙しいんだ。黙って近付いてきたら、モンスターと勘違いしちまうぞ!」
遠くに見える連中に大声で呼びかける。
これがまともな相手なら……前世基準でまともな相手ならシロに『止まれ』のジェスチャーをさせるだけですむんだが、この世界は野蛮だ。
「誰かと思ったらアリタか! 助太刀してやろうか! 取り分は俺たちが半分でいいぞ!」
げらげらと下品に笑う。
向こうは使い込んだ革鎧と剣を装備した男が四人。
こっちは半壊した革鎧と剣を装備した俺と、投擲紐やナイフしか持っていないガキどもの、合計三人だ。
「おいおい、モンスターを倒した直後にそんな話をされると、あんたらが追い剥ぎだと勘違いしちまうぞ!」
実際、追い剥ぎの方が楽だ。
シロとクロには逃げ回らせ、剣も鎧の残骸も投げ捨てた俺が走り回って一人一人絞め殺せばいい。
「あぁ!? やるのかてめぇっ」
冒険者四人が騒ぎだす。
これが計算尽くの演技なら交渉もできるんだろうが、馬鹿にされていると思い込んで剣を抜きかねない勢いだ。
「うぅっ!」
「あぅっ!」
シロとクロが歯を見せて威嚇する。
いや、そういうのはいいから、シロは警戒してクロは投擲紐を回し続けろ。
こいつらを殺すだけなら簡単でも、鳥型モンスターとかは先に気付いた上で対空攻撃手段がないと、倒したモンスターを奪われかねないからな。
「そっちこそやるのか!? 俺に絡んでいるくらい暇なら他のモンスターを狩ってこい! こっちはモンスターを狩ったばかりで気が立ってんだよ!」
今から街に運ぶ、とこいつらに伝えるのはなしだ。
運ぶから金をよこせと言ってくるまだマシな方で、俺が運んで疲れた頃に襲撃してくる可能性すらある。
「ちっ」
ひどく大きな舌打ちを残し、四人は投石の距離まで近付かずに去っていく。
強盗や人殺しに罪悪感がないクソでも、怪我はしたくないからな。
俺の関節技のような地味な凶悪な攻撃手段ではなく、クロが回している投石紐のような分かり易く低威力の……低威力ってのは俺基準だが、ともかくどんな武器も役立つ場面があるってわけだ。
「奴ら、隠れてこちらを見ているか?」
俺が聞くと、シロはふるふると首を横に振る。
「ならいい。シロは警戒し続けろ。クロ、投石紐はいいから、地面に穴や石がないか調べて報告しろ」
「あう?」
「今から全力を出すから余所を見ている余裕がないんだよ」
俺はホーンホースの死体を引きずり始める。
俺の頑丈な体は無理な姿勢でもぎっくり腰にならず、全力を出し続けても疲労はそれほど溜まらない。
ただし、腕力そのものは鍛えているだけでレベルアップしていない成人男性とあまり変わらない。
「くーん」
クロが心配そうに鳴いて、小さな手で死体を押して俺を手伝おうとした。
「クロ。いいから地面を見ろ。俺は引っ張るだけで精一杯なんだ」
人を絞め殺す技術があっても金にはならない。
それにしても、重い。
「これだけ大きいと背負子にも載らない。野外で使える荷車か、それが無理なら解体道具が欲しいな」
地面に靴裏の形を刻みながら、俺は街へ近付いて行く。
幸いなことに襲撃はなかった。
街の門をくぐらず、皮なめし職人のもとへ向かう。
「あい!」
まずシロが気付き、クロが何かを言う前に、皮なめし職人のリックが足を引きずっているとは思えない速度で向かって来た。
「アリタ先輩、なんてことを」
奴が心配しているのは俺でもシロでもクロでもなくホーンホースだ。
「傷が付いて、これじゃろくな値がつかないっすよ!」
「傷が付いていない部分だけでも結構な額になるだろうが」
「どれだけ価値が下がると思うっすか! 金貨二枚ですよ金貨二枚! そりゃ先輩に払う額は銀貨三枚くらいしか違わないっすけど」
この野郎。
原材料と加工済みの品では価値が違うってのは前世の知識で理解はしているが、実際に指摘されると腹が立つ!
「知らん! 受け取れ!」
輸送中に傷ついたホーンホースの死体は、金貨二枚になった。
☆
「お世話になりました」
宿の前まで戻ると、コレットがおかみさんに挨拶しているところだった。
「明日の朝までは金をもらってるよ? アリタの金なんだし泊まっていけばいいじゃないか」
「いえ、でも」
押しの強いおかみさんと押しに弱いコレットの組み合わせは、相性が良いのか悪いのか分からん。
「おかみさん。コレットさんも慣れた家の方がいいでしょう。神殿に家があるんでしょうし」
コレットに対する助け船のつもりだった。
「あの、私、もう孤児院にいられないので、外に部屋を借りて……」
コレットの声とテンションがどんどん低くなる。
これは、多分ここよりひどい安宿に泊まってたな。
おかみさんをちらりと見ると、おかみさんは『ここに泊まらせな』と言いたげな表情をしていた。
「時間の余裕があるときにシロとクロに読み書きと発音を教える謝礼についてですが、ここの宿代はどうです?」
「で、でも」
「なら俺にも綺麗な文字を教えてください。宿代と二食分が俺持ち、契約終了は意思表示から十日後ってことでどうです」
コレットはあわあわと慌てていたが、財布が入っているらしいポケットに手を当ててから数秒後に「よろしくお願いします」とか細い声で言った。
「おかみさん。前払いの長期契約だと安くなりませんかね?」
俺は金貨を一枚取り出す。
おかみさんは満面の笑みを浮かべる。
「今日はごちそうだよ!」
「あい!」
「あう!」
「はい……」
三人ともとても良い笑顔で、俺も少しつられて微笑んでいた。




