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借金完済。そして、俺たちの冒険が始まる

「どうも」


「どうも」


手下がしくじった金貸しと、稼ぐ力は得たが財産は乏しい俺。

はっきり言って殺し合いが始まってもおかしくない関係だが、外部の、それも神殿の関係者の目があれば話は別だ。


金貸しは護衛を三人連れている。

モンスター退治の経験はなさそうだが体は鍛えているし、目を見る限りでは覚悟も決まっている。

反撃を覚悟した上で同時に組み付けば、俺を抑え込める可能性もゼロじゃない。


俺が連れているのはシロとクロだ。

腕力も耐久力も普通のガキだが、目はいいし鼻も耳も犬並だ。

番犬として奇襲を警戒するって意味では、並の銀札冒険者より上といっていい。


「あ、あの、神殿から派遣された、コレットです」


コレットが姿を現すと、金貸しは一瞬だけだが動揺を隠せなくなった。

野暮ったいメガネが異彩を放っている。

結構立派な建物にもガラスがないこの街で、ガラス製か水晶製かは分からないがメガネが存在するってのは、かなりの衝撃だ。


俺も最初に見たときは同じくらいに動揺した。

癒やしの力を持たず、特別なエリートでもないコレットまでメガネを貸与できる神殿が怖くなったぜ。


「借金返済の際の、一般的な書面を提案させて、いただきます……」


俺と金貸しの間に、薄く小さな羊皮紙がコレットによって差し出される。

文字は少ない。

俺の前世ほど複雑ではない社会だからかもしれない。


「これに当事者全員が署名すれば契約成立です」


コレットに言われた俺は、金貨二枚を取り出す。

これを相手が受け取れば借金返済完了になるなら楽なんだがな。


「債権回収に金がかかっている」


金貸しは淡々と指摘して証文を取り出す。


「その文字がかすれている証文にそういう文面があるのか?」


俺も淡々と疑問を口にする。


「偽造だと言うつもりか」


「それを調べるのにも金と時間がかかるから、この場で全て返済したと確定して、円満に契約終了しようって話だろうが」


言葉は乱暴に、態度は丁寧に。

俺が理性と暴力を兼ね備えた存在であることを相手に強く印象づける。


「やる気か?」


金貸しが眉を動かす。

失敗した借金取りとは違って、俺の圧力を感じた上で表情を変えないのはたいしたもんだ。

神殿所属のコレットの前で、俺が非合法な暴力を振るうと、俺が罪人になるってことを分かっている顔だ。


「それはこっちのセリフだ。借金返済が終わらないとモンスター殺して金にする仕事が滞るんだよ」


お前の前にいるのは、暴力をモンスターに向けて、外敵であるモンスターを資源に変える冒険者だと暗に主張する。

それを邪魔するのは社会全体を邪魔するのも同然……って理屈だ。

冒険者を美化しすぎの理屈だが、建前ってのは大事だ。


金貸しもコレットも緊張している。

お互いの主の背後に立つガキどもと金貸しの護衛たちは、話を理解できずに聞き流しながら無言で立っている。


俺も金貸しも、うっすらと笑みを浮かべている。

緊張に耐えきれなくなった側が馬鹿なことをしてそこを相手に責められる、なんて素人じみた失敗は、お互いしなかった。


「こっちは手下が怪我をしている」


「最近俺が会ったのはいきなり刃物を抜いて襲ってきた奴だけだ。あんたの部下が怪我をしたのは、不運だったな」


これ以上長引かせるなら借金取りの件であんたを犯罪者にしてやる。

俺の意図が伝わったのだろう。

金貸しは心底嫌そうな表情で、コレットから二通の同じ書面の契約書を受け取り両方に署名した。


「じゃあ俺も」


ア、リ、タ、と。

我ながらひでぇ字だ。

俺も金を払ってコレットに字を習うべきかもしれん。


金貨二枚が金貸しへ移動する。

コレットが露骨に安堵してため息をする。

金貸しは書類運搬用の箱に契約書の片方を収め、立ち上がる。


金貸しの目に油断はない。

俺の行動全てを冷静に観察し、その上で声を荒らげたり暴力に訴えずにいられるのは、交渉相手として手強いと感じる。


「次は金貨二十枚まで貸してやる」


「俺の体が担保ってのはもうしねーよ。奴隷落ちなんて冗談じゃない。……ガキどもを担保にはしないからな!」


何故か誤解されそうだったので、慌ててガキどもについて付け足した。

金貸しはそれ以上何も言わずに立ち去る。

俺からこれ以上金をとれないと判断した後は、時間を無駄にする気はないってことだろう。


コレットが両手を使ってメガネを外す。

上質な布で丁寧にメガネを拭いてから、それまで以上に慎重な手つきで良い色をした木箱に入れて鍵をかける。

コレットにとっても、極めて高価で貴重な貸与品なんだろう。


「財布が軽くなったな」


今日の昼飯の分も残っていない。

だが体は軽く感じる。

奴隷落ちが条件の借金から、俺はかなりストレスを感じていたようだ。


「酒でも飲むかい? ツケでもいいよ」


おかみさんが悪魔のような提案をしてきた。

良い気分で酔っ払うのは最高の気分だってのは分かってるが、体が商売道具の冒険者が酒を飲むのは、馬鹿すぎると思うぜ。


「財布が軽いと言ったでしょう。今からモンスター狩りに行きますよ。シロ! クロ! いくぞ」


「あい!」


「あう!」


俺たち三人は、世話になったコレットに軽く頭を下げてから、モンスター狩りに出発する。

街の外へ続く空は、昨日までよりもずっと高く、青く見えた。

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