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神殿からの少女と、前世の営業スマイル

シロとクロが目を覚ます。

寝台でふたり並んで寝ていたことに気付いて、目をぱちくりさせる。

そして、勢いよく跳ね起き、親を求めるかのように周囲を見渡した。


「やっと起きたか」


俺は、シロとクロが無意識に跳ね飛ばした毛布を回収する。

この世界じゃ毛布一枚だって立派な財産なんだ。

一度の依頼で金貨一枚以上稼げるようになったとはいえ、粗末にする気はない。


「あい!」


「あう!」


「返事だけは一丁前だな。朝飯だ。食え」


おかみさんに作ってもらったサンドイッチを渡す。

黒パンに酸っぱい漬物と薄いハムを挟んだだけの食い物だが、貧民なら年に一度食えるかどうかの料理だ。


「食う前にいただきますくらい……もう食いやがった」


全力で噛んで全力で飲み込む食いっぷりは見ていて爽快だった。

いつ食い物を奪われるか分からない生活で身につけた習慣だろうから、褒める気にはなれないがな。


「出かけるぞ。帽子を忘れるな」


「あい!」


「あう!」


気合いの入った顔で返事をする。

口元にパンくずをつけたままだから、絵面は間抜けだ。


「今日から『はい』だ」


「あい……」


「くーん」


ふたりは急に気弱になる。

『はい』と言えずに、俺に見捨てられるか不安になったのかもしれない。


「暇なときに練習しろ。できなくても見捨てはしないがサボるならメシ抜きだ。いいな?」


「あい!」


「あう!」


『はい』と言えるようになるまで、時間がかかりそうだ。

言葉は気長にやるしかないなと考えながら、俺はおかみさんに一声かけてから、シロとクロとともに神殿へと向かった。



  ☆



「公証人を派遣して欲しい、ですか?」


神殿で俺の話を聞いた老シスターは、演技ではなく途惑っているようだ。


「いえ、すみません。俺は法律に詳しくないんで、変な言葉を口走ったかもしれません」


俺は前世の言葉を喋ってるつもりだが、口から出ているのはこっちの言葉だ。

だから、こっちにない言葉を言ってしまった場合、意味不明な発音をしている恐れががあった。


「いえ、意図は分かります。公の証明をする者、ですね。造語ではあるのでしょうが含蓄に富んでいます」


今だけは、うさんくさい聖職者でも誠実そうな老シスターでもなく、高度な知識を身につけた知識人に見えた。

……俺自身で現代知識チートしたくても、現地の知識も現地での立場も全く足りないんだよな。


「いいでしょう。契約書の作成が行える者を派遣します」


老シスターは穏やかに頷く。


「よろしいので?」


前世に目覚める前の俺は自分の名前しか書けないし、今の俺も読み書きはかなりあやしい。

銀札冒険者ですらこれだ。

この世界では読み書きできるだけでも大したもので、契約書が書けるならかなりのエリートのはずだ。


「依頼料が多すぎましたから。どこで知った言葉か教えて頂けるなら、癒やしの力を持つ者を派遣しますよ」


「造語ですよ、造語」


俺は精一杯ごまかして、何度も礼を言ってから神殿を後にする。

今年中に、神殿主導の公証人制度が始まるかもしれないが、俺には関係のないことだ。



  ☆



「シロ、クロ。神殿で大人しくできて偉いぞ」


わざとらしい言葉だったかもしれないが、活躍には称賛を与えるのがまともな上司だ。

なお、俺の作り笑いを不審に思ったらしいシロとクロは、困惑して顔を見合わせていた。


「なんでもない。爺さんのところへいくぞ」


「あえ!」


「あう!」


飴と言いたいらしい。

炊き出しのときに飴玉一つずつ買うと約束していたのを、覚えているのだろう。


「爺さん、こいつら用のカップと歯磨き用のブラシと人数分、あと飴を二つくれ」


屋台の爺さんは無言でカップ二つとブラシ二本を指差す。

カップは、野営で煮炊きをするときに皿としても使える奴だ。

しかしこの爺さん、こんな愛想なしで商売がなりたつのかね?


「飴は?」


俺が聞くと、爺さんは展示していなかった飴を取り出す。


「二つで銀貨三枚だ」


「五割増しかよ。喧嘩なら高値で買うぞ?」


「混ぜ物が大量に入った飴が流通し始めた。安い飴は危ない」


「そんな状況かよ。シロとクロの鼻なら……」


ちらりと見ると、シロもクロも微かな甘い香りに目を輝かせてよだれまで垂らしている。

飴に関しては、こいつらの鼻は信用できないかもしれない。


「分かった。情報料込みで銀貨三枚だな」


カップとブラシと飴玉を二つずつ購入して、一つずつシロとクロへ渡す。

ブラシは煮沸消毒させたいが、おかみさんから厨房を借りられるかね?


「次は安くしてくれよ」


俺の言葉に、爺さんは犬を追い払うようなジェスチャーを返す。

もっと高いか品揃えが悪ければ、こんな爺の屋台なんて来ないんだがなあ……。

俺は、さっそく飴玉を口に含んでころころさせ始めたガキ共を引き連れ、宿へ向かった。



  ☆



「アリタさんかい。お客さんが来てるよ」


おかみさんの態度が変だ。

まるで世話好きで噂好きの中年女性のように、実際年齢はその通りなおかみさんがにやにや笑っている。


「あ、あのっ」


緊張でうわずりかかった声が、宿の奥から聞こえた。

声は若い。

敵意は感じないが、どうにも雰囲気が暗い。


「俺がアリタです。何か御用ですか?」


舐められたら反撃しないと社会的に転落するのがこの世界とはいえ、舐められる前は礼儀正しくするのが文明人ってもんだ。

俺は精一杯誠実な微笑みを浮かべたつもりなのに、おかみさんもシロもクロも『うわぁ』という顔をした。


「私、神殿から派遣されて参りました、コレットと申します」


出てきた少女が、勢いよく頭を下げる。

ポニーテールより髪をきつくまとめた『ひっつめ髪』が見えた。

そばかす、艶が失せた灰色の髪、少し離れていても分かるペンだこと指のインク染みなど、ずいぶんと特徴が多い女性……というより少女か。


「これはご丁寧に」


俺の声が落ち着き、真剣さが増す。

外見については正直どうでもいい。

この年齢でペンだこがあるってことは、労働か勉学かは知らないが本気で打ち込んできたってことだ。

そんな奴を雑には扱えない。


「借金返済の件でご協力頂けるのですよね? お世話になります。おかみさん、今日中に終わるかどうか分からないので、この方のために代金俺持ちで一部屋借りさせてください。期間はとりあえず今日明日で。食事もお願いします」


「え、あ、あの……」


ペンだこ少女が混乱している。

俺のことを乱暴な冒険者と聞かされていたのかね?


「神殿から嫁さんが派遣されてくるとは、期待されてるじゃないか!」


おかみさんが『わはは』と笑う。

俺の背中を叩きたそうにしていたので、今だけは特別に許してやる。

昨晩は迷惑をかけたしな。

うっかり力を込めるとおかみさんの手にダメージがありそうなので、力を適度に抜くのが大変だ。


「あの、私、お嫁さんでは」


もともとテンションが低かった少女のテンションが一気に低下する。

おかみさんは『任せておきな』とでも言いたげに少女にウィンクしようとして、両目が何度か閉じられた。


「おかみさん、若い女性にそういう冗談はどうかと思いますよ。それに俺も、嫁さんや子供を養うための貯えもないのに、女性に手は出せませんよ」


せめてまともな避妊手段があれば色々楽しめるんだがな畜生!

この子は細すぎて『やりたい』より『もっと食え』だが。


「コレットさん、早速ですが打ち合わせを始めましょう。おかみさん、飲み物と軽食を四人分お願いします」


「あいよ!」


おかみさんが機嫌良く厨房へ向かう。

この少女、おかみさんが『嫁さん』呼ばわりして、呼ばれた側も否定というには弱い反応しかしなかった。

神殿から派遣された文官兼、俺に対する監視兼、俺を手駒にするための女かね。

前世に目覚める前の俺なら、何も考えずにやっちまっただろう。


「シロ、クロ。この方はコレットさんだ。俺が冒険者としてモンスターを倒すように、この方は知識と文字で馬鹿の企みを潰す方だ。他業種の方として尊重しろ。いいな?」


「あい!」


「あう!」


おそらく俺の言葉の半分も理解していないと思うが、俺がコレットを尊重していることは態度で伝わったようだ。


「時間に余裕があったらこいつらに発音や文字を教えて頂けると助かります。その分は……謝礼をコレットさんに直接渡していいんですかね?」


「は、はい! あの、がんばります!」


コレットは半ば安堵し、半ば混乱して、ぺこぺこと俺に頭を下げる。

初々しい。

社会でスレる前の俺自身を思い出してしまい、俺は大きなため息が出そうになる。


「ええ、頑張りましょう」


コレットが冒険者なら怒鳴りつけてやるところだが、デスクワーカーに冒険者のノリを押しつけるわけにはいかない。

俺は久々に、前世の営業用の表情を顔に貼り付けていた。

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― 新着の感想 ―
拝読させて頂きました。次の展開も楽しみにしております♡ありがとうございました♡
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