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借金取りの撃退と、シロとクロ

「討伐証明部位だけ持ってきたぞ」


「嫌がらせですかっ!」


冒険者ギルドの受付嬢が怒り狂っている。

居座ろうとする貧乏冒険者を追い出して戸締まりしようとしたところに俺の到着だ。

この程度ですんでいるのは、十分に我慢強いと思う。


「ギルドの勤め人相手にするわけねーだろ。……ビッグボアの討伐証明部位だ。高値で売れるものを安宿に置いておく趣味はないんでね」


俺は二本の牙を左右の手に持ち、ガキどもは両手を使って一本ずつ牙を掲げている。

前世なら間抜けな光景かもしれないが、牛の大きさと猪の凶暴さを兼ね備えたモンスターの牙を持つというのは特別なことだ。


「二頭?」


受付嬢の怒りが消え、計算高い目になる。


「さてな。俺は依頼を遂行しただけだ。半分は別の場所で狩ったのかもしれないぜ?」


ビッグボアの牙は白くて大きい。

そのまま飾ってもよし、加工して何かのパーツにしてもよしの、高価な素材だ。


「証明部位の提出と報酬の支払いは同時だよな? 今してもらえるか?」


「分かりました。こちらへどうぞ」


お互い嫌いあっていても取り引きできるのが文明人ってもんだ。

ビッグボア二頭の牙が金貨一枚と銀貨三枚の報酬になったのは、ギルドと俺という一個人の力関係を考えれば、上出来の結果だろう。


「確かに。次も頼むぜ」


「次は通常の営業時間でお願いします」


受付嬢は笑顔のまま冷たい目を俺に向けている。

俺って実力と稼ぐ力がある冒険者で、前世に目覚めてからは性格もまともだと思うんだが、男としての魅力はないってことなのかね。

俺は少しだけ肩を落とし、ガキどもを促して宿へ向かった。



  ☆



「帰れ」


待ち構えていた借金取りに対して冷たい声を投げつける。

真っ当な商売人なら無関係な人間に迷惑はかけないもんだ。

だから、宿の店主を怯えさせているこいつは、ほぼ犯罪者だ。


「なんだとぉ!」


「金返せおらぁっ」


数人まとまって宿に居座っていた奴らの勢いは弱い。

アイアンベアを絞め殺しビッグボアのつがいを殺した本物の冒険者の威圧に耐えられるなら、犯罪すれすれの仕事なんてしていないだろうしな。


「借金は返すとも」


懐にある金貨三枚のうち、二枚を取り出しつまんで見せる。

目の色を変えて手を伸ばす男の手を躱して、俺は「大事に持ってろ」と最終試験のつもりで灰色のと黒いのに一枚ずつ渡す。


「いんあ!?」


「あう!」


灰色のは金貨の価値を知っていたらしく、犬耳と犬尻尾をぴんと伸ばして愕然する。

黒いのは何も考えずに素直に手のひらに握り込んだ。

……持ち逃げしないなら正式採用のつもりだが、間抜けなミスで紛失した場合はどうすりゃいいんだ。


「だがなあ。証文も見せない自称借金取りに、馬鹿正直に金を渡すアホがどこにいるよ」


俺はねっとりとした嫌味な口調で借金取りどもを挑発する。

見覚えのある中年女性に目配せすると、受付嬢とは違って俺を信用した目つきでうなずき、そそくさと俺の背後へ移動した。


「アリタてめぇ、借金はしてるだろうが!」


「してるとも! 合法な借金をな!」


俺が声を大きくすると、借金取りどもは怯えを怒りでごまかしてナイフを取り出した。

マジかよこいつら。


「抜いたな?」


ビッグボアの牙でも肌を貫けない俺を相手に、たかが片手で持てるサイズのナイフだと?

俺に暴力を振るう大義名分を与えるだけだろ、そりゃ。


「はあ? お前がいきがるからだろうが!」


「すまんすまん。剣を抜いていない俺相手にここまでビビるとは思わなくてな? 怖かったね、僕ちゃんたち」


「っ」


二人が俺に突っ込んでくる。

両手でしっかり構えてナイフの切っ先を俺に向けているのは、かなり使い慣れている証だ。


「ははっ」


俺の口から嘲笑がこぼれる。

切れも突き刺さりもしないと分かっているなら、手で払いのけるのに勇気はいらない。

俺の拳をナイフに叩きつける。

痛みはあるがモンスターの攻撃と比べればぬるすぎる。


「がぁっ!?」


モンスターには通用しないカスみたいな威力でも、人間相手の脅しで食っているような馬鹿には十分だ。

ナイフを弾かれ元借金取り現暴漢が、勢い余って宿の床に顔から倒れる。


もう一人いるがそいつは怯えて勢いが落ちた。

隙だらけのそいつのナイフを叩き落とし、足を払ってバランスを崩させて床へ転倒させる。


……どっちも動かなくなったな。

しゃがんで首に触れてみると脈はあったので、死んではいないようだ。

俺は立ち上がり、生き残りというか唯一襲って来なかった男に語りかける。


「さて。借金取りとして来たのにナイフを抜いたってことでいいのか? そりゃあ、金貸しの旦那の命令と思っていいのか?」


「ち、ちがっ」


俺の意図に気付いて薄暗い中でも分かるほど顔を青くする。


「金貸しの旦那が暗殺者も使うってのは大スキャンダルだな。兵士や神殿に相談すべきかねえ」


通報ではなく相談だ。

前世で暮らしていた社会みたいな『まともな』治安維持はこの世界はない。

だが、弱みを見せた金貸しから全財産ぶんどろうとする奴らならいるんだな、これが。


「どっちが悪党なんだか分からないね」


中年女性が呆れたように言う。

怯えた表情は気配は消えていて、最初に会ったときのような普通の商売人の顔だ。

灰色のと黒いのは、中年女性の左右で敵襲を警戒してる。

ビッグボアと戦ったときと同じようにだ。


「悪党でも法と慣習を守っていればまともでしょう。金貸しが金貸しとして行動するなら、俺は借りた分を払って、それでお互いそれ以後は無関係ですよ」


まともな商売人にはまともな態度で接するのが文明人だ。

俺はそうしたのに、中年女性はうさんくさいものを見る目を俺に向けてきた。


「あんた、吟遊詩人だったのかい?」


「礼儀には礼儀で、拳には拳で返しているだけですよ」


俺は肩をすくめてから、ナイフを抜かなかった男に向き直る。


「こいつらを連れて帰って金貸しに何があったか報告しろ」


金貸しに『アリタがいきなり襲いかかってきた』なんて嘘を言うかもしれんが構わん。

そのときは神殿でも兵士でも巻き込んで戦ってやるさ。


「金貸しが馬鹿じゃなければそう悪いことにはならんさ」


ガキ共を呼び寄せて金貨を一枚ずつ回収する。

これで正式採用決定か。

名前を聞き出すか、名前をつけてやるかしないとな。


「畜生」


男はそう吐き捨て、まだ床に倒れているお仲間をつま先で蹴る。


「いでぇ」


「鼻血が、とまらねぇ」


そして、気絶から目覚めたお仲間たちとともに、力ない足取りで宿から出て行った。


「誰が床掃除すると思ってるんだい。あんた、宿代のツケを少しだけ待ったげるから掃除しな」


「俺が原因なんで掃除はしますがね。宿代は払いますよ」


回収した金貨とは別の金貨を取り出す。

中年女性が俺を見る目が、心底うさんくさいものを見る目になる。


「最初から払いなよ」


「大きく稼げるようになったのは最近なんですよ」


俺は掃除道具を取りに行こうとして、ガキどもが目をしょぼしょぼさせているのに気付いた。


「眠いなら先に寝てろ。ベッドは俺のだが毛布は使っていいぞ」


ふたりの背中を押して、俺の使っている部屋へ誘導する。

ドアを開けた時点で少しほこりっぽいが、これでも野宿よりはずっとマシだ。


「あうあ?」


灰色のが俺を振り返る。

黒いのは俺から離れて臭いをかいで、木のベッドに雑に畳んで置いておいた毛布に気付く。


「俺は野宿用の毛布を使う。俺の手下になった以上、寝て体調を維持するのも仕事のうちだ」


「あう!」


黒いのが元気に返事をして自分だけで毛布にくるまろうとする。

灰色のは、ぺこりと俺に頭を下げてから、かなり容赦なく黒いのの頬をつねってから一緒に毛布にくるまる。

ガキどもが、一人用の毛布でも足りるほど小柄で細いことに、俺は改めて気付いた。


「そういえば、おかみさんと呼んでもいいんでしたっけ?」


「これまで『おい』とかしか呼ばなかったあんたが……。本当に、悪いものでも食ったんじゃないのかい!?」


酷い言われようだ。

実際、前世を思い出す前は本当に酷かったから反論できない。


「そういう気分のときもありますよ」


完全に日が落ちる前に掃除をすませ、俺は硬いベッドに体を横たえて眠りに落ちるのだった。



  ☆



「んがっ」


気づけば暑かった。

硬い足の裏が俺の顔面に当たり、妙に温かいものが俺の体のあちこちに密着している。

しかも感触が複数ある。

犬の毛に、人肌か?


「お前らな……」


ガキどもが、俺の左右の腕にしがみついていた。

強引に腕を引き抜くと、むにゃむにゃと寝言を言いながら灰色のと黒いのがベッドの上にころりと転がった。


「んんっ?」


意外なものに気付いて、俺は変な声を出してしまった。

朝の日差しが照らすガキどもが、妙にきらきらしている。


「灰色のは白毛だったのか」


昨日、街に戻ってからは薄暗かったので気づかなかったが、ブラシで汚れをある程度取り除いた後の灰色のは、犬耳も犬尻尾も白に近い。

黒いのも、汚れきった雑巾じみた黒から、染色した黒い布みたいな色に変わっている。


「とりあえずお前ら、シロとクロな」


本名が別にあったり、もっとマシな名前が欲しいなら、人間の言葉を覚えて俺に伝えれば変えてやるさ。


「おい起きろ、シロ! クロ!」


体をゆすっても起きやしない。

安心しきったツラで眠るガキどもを見下ろし、どうしたもんかと俺はため息を吐くのだった。

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