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神殿を手玉に取って、特上の肉を食う

俺は一度深呼吸をしてから表情を作る。

自信家なのに礼儀正しい、初対面の人間に舐められず尊重されやすい顔だ。


「へえ」


門に近付くと良い匂いが漂って来た。

脂や塩の気配はほとんどないが、熱い麦粥は腹を空かせた難民にとってはごちそうだろう。


「たいしたもんだ」


近付いて初めて気付いたが、黒装束の中には男も少数いた。

身の丈ほどもある杖を構えているのに体は揺れず、鍋の近くにいる難民を警戒している。


だからだろう。

横入りしたり競争相手を押しのけたりする難民たちが、少女から中年手前までの黒装束女性相手に乱暴を働こうとはしない。


「何か御用でしょうか」


穏やかに微笑む老シスター……役職名がシスターかどうかは分からないが、とにかくそういう奴が話しかけてきた。

直前まで年齢を感じさせない力強さで薪を運んでいた、元気なご婦人だ。


ここを揉めずに通過できれば俺の勝ち、何かが手に入れば大勝利だ。

交渉、いくぜ。


「こんな格好ですみません。俺はアリタ。冒険者ギルドの銀札です。開拓村で討伐依頼をした帰りですよ」


寄付のために来たんじゃねーぞ、という内容を穏やかな表現にして伝える。

黒装束の男たちが、難民ではなく俺を警戒しているのがなんとなく感じられる。


「こいつらは俺の助手です」


俺が指示を出す前に、灰色のが軽く頭を下げた。

黒いのも慌てて灰色の真似をする。


「良い子たちですね」


老シスターが穏やかに微笑む。

尻尾は隠せていないんだから、ガキどもが獣人であることは気付いているはずだ。

これは「この街の宗教組織はこのガキ二人を許容する」というサインと思っていいのか?


「真面目な奴らですよ。こいつらが一人前になるまで面倒を見るつもりです」


知識と技術を仕込んで独立時には装備も用意してやるさ。

その数倍は儲けるつもりだがな!


「アリタさん。神殿でお目にかかったことはなかったと思いますが……」


来たな。

ここで選択を失敗するとアウトロー確定だ。

つまり死ぬ。


「冒険者として生計が成り立つようになったのが最近なんですよ。ご挨拶に向かおうとはしたんですが、どんな服を来て何を持っていけばいいかも分からず、途方にくれていたところでして」


俺は武力もあるし稼ぐ能力もある。

あんたらの力も知っているし、必要もないのに逆らう気はない。

だから、俺が許容できる条件を提示してくれよ?


「それは素晴らしい心がけです。神殿は真面目な冒険者に対する助力を惜しみません。……革なめし職人へのツテはお持ちですか?」


「直接のツテはありません。冒険者ギルドにアイアンベアをまるごと持ち込んでもいい顔をされなかったので、どうしたものかと」


俺がアイアンベアに言及した瞬間、老シスターの表情はそのままで威圧感だけが増した。

ただの銀札冒険者と、アイアンベアを狩れる冒険者では価値が違う。


「アイアンベアを討伐されたのですか。素晴らしい才能と努力の結果ですね」


実力を直接には褒め称えない。

前世に目覚める前の俺が、心の底で求めていたものを、穏やかな微笑みとともに俺へと差し出す。

以前の俺なら、この老シスターの信奉者にすらなったかもしれない。


「ありがとうございます。ただ、戦果を稼ぎに繋げるのが難しくてですね」


俺も嬉しくは思うが感激まではしない。

老シスターの高度な会話術に感服はするがな。

俺の心がそれほど動いていないことに気がついたらしく、老シスターは力自慢の馬鹿に対する態度から、暴力と狩りに対する専門家に対する態度へ切り替えた。


「なるほど。街の壁の外にも皮なめし職人が。税金も、なるほど」


俺に対する老シスターからの提案は、非常に有益なものだった。

城塞都市では有力勢力ではあるが支配的勢力ではない神殿ではあるが、城壁の外には領地といえる土地をいくつも所有している。

そこに済んでいる皮なめし職人への紹介だ。

仲介料も、手数料という名の実質税金もとられるが、冒険者ギルドで売るより俺ははるかに儲かる。


「いかがでしょう」


「いやあ、相談して良かった! そうだ、皮は職人のところへ持っていきますが、肉は今日食べる分以外は痛みが怖くてですね。よければ……」


「分け合うことの大事さをご存じなのですね。もしよろしければ、共に食しませんか」


「是非!」


既にうさんくさい婆さんにしか見えなくなった老シスターと、表面だけ紳士的な俺が握手をかわす。

話はとんとん拍子に進み、俺には正式な紹介状が用意され、ガキどもが運んでいたガキボアから取り除かれた肉が炙られ始める。


いい匂いだ。

炙り始める前に塗っていたのは香辛料か。

やはりこいつら、財産も権力も持ってるな。

難民には与えず身内と取引相手だけで食べる程度に俗なのは、俺にとっては付き合いやすくて良いことだ。


「あい?」


「あう?」


話にまったくついていけなかったガキどもに大きな椀によそった麦粥が配られ、焼けた肉塊から切り取った大きな切り身がどすんと投入される。

ガキどもだけでなく、俺の腹も元気に鳴った。


「今日の夕飯だ。しっかり食え」


「あい!」


「あう!」


ガキどもは顔を突っ込むように食べ始める。

俺は「しつけしないとまずいな」と考えながら、粥と肉を楽しんでいた。




   ☆



街の門をくくらず、街の壁に沿って移動する。

難民の姿はほとんどない。

ボロ着とボロ靴だけを装備しているような駆け出し冒険者が、見回りについでに追い払っているからだ。


「分断して支配、か。性格が悪い」


「あう?」


灰色のが首をかしげた。

犬尻尾は下に向いて、警戒を示すようにゆっくり動いている。

黒いのがくんくんと鼻を鳴らし、はげしく顔をしかめた。


「臭いか?」


風呂も入らずに戦闘や徒歩での長距離移動をしているので、俺も臭い。

慣れと麻痺でほとんど感じなくなってはいるが……いや、俺以外の臭いがある。


「皮なめし職人か」


一度気づくと気になりだす。

この刺激臭はかなり強い。

形は人間と同じでも性能は段違いのガキどもの鼻は、刺激の強さに負けて鼻水を垂らし始めている。


「服で鼻をすすろうとするんじゃない」


ガキボアの毛皮を鼻紙がわりにしなかったのは評価してやる。

俺は毛皮を回収して、タオルとして使っていた布を渡してやった。


「順番に使えよ」


鼻をかむ音はとても大きくて、こいつらに洗濯させようと心に決めた。


「止まれ」


みすぼらしい小屋が複数見えてきたところで停止する。

剣の柄に触れる。

ただし抜かない。


「銀札冒険者のアリタだ。神殿の紹介状がある。こいつらは俺の助手だ」


殺気というにはぬるい気配が建物の中から感じられる。

臭いで鼻が駄目になっていなければ、ガキどもも既に気付いていたはずだ。


「アリタ先輩っすか!?」


建物の扉が勢いよく開いた。

そばかすが目立つ痩せた男が、俺に気付いて目を丸くする。


「神殿からの紹介状偽造したら殺されるっすよ!」


「誰がそんなことするか馬鹿野郎。……お前、リックか」


前世に目覚める前の記憶が鮮明になる。

職人の家庭で育ったのに冒険者になった変わり者で、大怪我をして冒険者を廃業した奴だ。

生きてやがったか。


「そういうアリタ先輩は、本当にアリタ先輩っすか? 雰囲気が別人っすよ」


こいつ、笑顔なのに目は笑っていない。

俺に対する恨み……もあるかもしれんが、スパイの変装やモンスターによる成り代わりを疑っているのかもしれん。

前世の記憶が蘇ったと正直に言っても信じはしないだろう。

俺なら絶対に信じないしな。


「んなぁ!?」


俺が「説得」を始める前に、リックが片足を引きずりながら俺の背後へ回り込む。

速い。

なにより、異様だ。


「ビッグボアの毛皮っす! しかも傷がほとんどないっす! うひょー!?」


俺から奪おうとしたら殴りつけてやるつもりなのに、ぎりぎり触れない距離で凝視してやがる。

ガキどもは、リックの異様な行動に怯えている。


「買うっす! 金貨一枚っすか、二枚っすか! 三枚、いや三枚と銀貨二枚までなら出せるっすよ!」


血走った目が正直怖い。

だがどうやら、モンスター素材は予想以上に高値で売れそうだ。


「おいリック!」


「全部も出したら明日のメシも買えないだろう!」


小屋から二人の男が出てくる。

どちらも体格は良いのに手か足が不自由だ。

神殿は、冒険者ギルドが使い捨てた元冒険者を拾って生産職にしているのかもしれない。


「紹介した神殿のメンツを潰すつもりはない。あんたら、元冒険者なんだろ? 毛皮の買い取りは金貨二枚でいいから、まだ装備が残っていたらこいつらに譲ってくれないか」


俺は妥協しているようで強欲な要求をつきつける。

冒険用の装備なんてのは、どれも結構値が張るもんだからな。


「譲るって……。剣はもう売ったし、解体用ナイフも商売道具だ」


「皮の作業着は仕事で使うから、譲れるものなんてないぞ」


男二人が困ったように言う。

新人冒険者のような格好をしているガキどもに気付き、懐かしさと後悔が交じった複雑な表情になる。


「まっとうな職なら出番がない物があるだろ?」


俺が声をかける。

ガキどもには優しい目を向けていた男たちが、俺をじろりと睨んだ。


「嫌なことを思い出させやがる。少し待て」


「ちっ」


しばらく待つと、投石用の革紐と、細くて鋭い……使いどころを間違えれば終わるナイフが運ばれてくる。

それと、金貨二枚だ。


「確かに」


毛皮全てと引き換えに、金貨と装備を受け取る。

装備は後で俺のものにしても良いが、モンスターの死体を商品に変える職人たちとは良い関係を築く方がいい。


「ガキども、これは先輩方からの贈り物だ」


投擲紐と、刺殺用ナイフ。

銀札にとっては予備の武器でしかないが、初心者冒険者にとっては命を預ける相棒だ。


「あい」


「あう」


満腹による眠気も吹き飛んだガキどもが、神妙な態度で武器を受け取る。

冒険者崩れと犬獣人しかいないのに、何故か神聖な儀式に見えた。

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