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物理がダメなら、スライムの酸をかければいい

ビッグボアの親子が怒り狂っている。

その怒りは当然だ。

だがなあ、畑を荒らされたら街に食い物が届かなくなって生活費が激増するんだよ!


「ガキども! 後ろへ下がれ!」


「あうっ!?」


「きゅーん」


俺を追い越してビッグボアに襲いかかる寸前だった灰犬耳がたたらを踏み、黒犬耳は減速に失敗して畑の上で前転した。


「警戒! 全周!」


俺が今、最も怖いのは背後からの一撃だ。

村の連中が一斉に投石したら、肌や骨は無事だろうが脳味噌を揺らされたら気絶しかねない。


ビッグボアのガキが加速する。

普通の猪ほどの大きさのそれは、俺の体を吹き飛ばせるだけの運動エネルギーがある。

馬鹿正直に真正面から受け止めればだがな。


「ガキのしつけがなってねえな!」


鞘から剣を抜く。

体が無意識に剣を振ろうとするが、俺は意識して槍としての扱いを心掛ける。

重心を落としてビッグボアのガキに剣先を向け、腕だけでなく全身に力を込めて剣を固定したんだ。


おそらく母親であるでかいビッグボアが怒り以外の声をあげるがガキボアは聞いていない。

剣先を躱そうとしたので少しだけ剣先の向きを変えてやる。

皮膚と肉を貫いた感触が、剣と柄を通して手のひらに伝わってくる。


ガキボアは、喉から内臓まで剣に貫かれ、まだ生きてはいるが確実に致命傷だ。

急速に速度を失いながら俺にぶつかる。

このままでは俺を押し倒した時点で死に、重さで動きを封じられた俺は生き残りのビッグボアに袋叩きにされてしまうだろう。


「クソがっ」


柄を放してガキボアを両手で押さえ、勢いには逆らわずに方向を操作する。

俺が畑に倒れるのは避けられなかったが、柔道でいう巴投げに近い形で投げ飛ばされたガキボアが少し飛んで頭から地面にぶつかり首の骨が折れる音が聞こえた。


「うあいうっ!」


灰犬耳が壺を揺らしている。

中身は、スライムか!


「投げろ!」


「あいっ!」


緊張のせいか、他のガキボアにもビッグボアにも当たらない方向へ飛んだが、跳ね起きた俺が根性でキャッチする。

飛び散った酸が目の横にかかって、焦げはしないが痛い!


「余所見をするとはなあ!」


ガキボアの死体に意識と視線を向けてしまったビッグボアに、俺は両手で持った壺を押しつけるようにぶつける。

二度目なので、ビッグボアの顔面を覆うようにスライムをぶちまけることができた。


「……まずいか?」


今になって、まだ野菜がある畑が戦場になっていることに気付いた。

戦闘後の交渉を予想し面倒くさくなるが、今は目の前の戦闘だ。


「黒いのは灰色のに合流しろ。俺がいいと言うまで絶対に油断するな!」


モンスターどもとは違って、人間は「怪しい」という理由だけで攻撃したらあっという間に賞金首だ。

俺はまだ無事なガキボアからの攻撃を躱しながら、既に死んだガキボアの死体から剣を引っ張り……手間取りはしたがなんとか引き抜いた。


「血抜きのやり方は覚えてないんだが、な!」


後ろ脚の蹴りが当たらない角度から、ビッグボアの尻穴へ剣先を突き込む。

薄れてはいても決して消えてはいない「記憶が戻る前のアリタ」が怒り狂っている。

剣に強い思い入れがあるらしい。


柄を持って左右に動かし、ビッグボアの内臓をズタズタにする。

大腸が破れて中の肉が汚れたのは残念だが、手段を選んで勝てるほど甘い相手じゃないからな、ビッグボアは。

剣を引き抜くと、血と内臓の残骸とそれ以外が穴からこぼれた。


「以前のやり方のままじゃ今度こそ奴隷落ちだ。道具が揃うまでは我慢しろ」


以前のアリタも俺で、今のアリタも俺だ。

両方が満足する生き方が最もストレスが少ない生き方なんだろうが、難易度は高そうだ。


「残りは何頭だ?」


戦場を見渡す。

一頭目のビッグボアは死に、二頭目のビッグボアは死にかけだ。

ガキボアが二頭、上半身裸で臭い剣を構えた俺を警戒している。

なんとか、肉が食える状態で仕留めたいが……。


まだ辛うじて生きていたビッグボアが、か細い声で「ぶおお」と吠えた。

ガキボア二頭の動きが一瞬止まったかと思うと、次の瞬間には脇目も振らず来た方向へ駆け去っていく。


「ふん」


チートじみた耐久力のおかげか持久力もある俺だが、野生動物相手の追いかけっこで勝利できるとは思えない。


「おい村長、聞こえるか!」


俺とガキどもの被害は、俺の剣が臭くなったのと、黒いのが土まみれになったのだけだ。

この村に到着したときと比べて、俺の戦闘力はレベルアップの分上昇している。

俺が「事故にあう」としたら、村で飲み食いして毒を盛られたり、寝込みを襲われたりだろう。


「俺は今日中に街に戻りたいんだ。早く済ませようぜ」


俺は紳士的な笑顔を浮かべたつもりなのに、村長も手に農具を持った村人どもも、怯えた表情で数歩遠ざかっていた。



  ☆



剥いだ後に最低限の処理はしたが、乾ききっていないビッグボアの毛皮はひどく臭い。

丸めても俺の全身より大きなそれを、俺は大きな背負子を使って運んでいた。

二頭目のビッグボアの中身と引き換えに、面倒な解体をさせた上に背負子を差し出させたってわけだ。


「あうー」


戦いに直接参加しなかった黒いのが落ち込んでいる。

灰色のと二人がかりで運んでいる、内臓だけ取り除いたガキボアが重そうだ。


「モンスター相手にびびらなかった時点で合格だ。最初からうまく戦えるのは、吟遊詩人が歌う英雄だけだぞ」


灰色のは機転が利いて度胸もある。

ただ、黒いのよりは体力がないようで、黒いのと違って疲れが濃い。


疲れているのは俺も同じだ。

レベルアップのせいか軽く感じるくらいなんだが、バランスをとるのに気を遣う。

しかも討伐部位であるビッグボアの牙が邪魔だ。

俺の肌には歯が立たなくても、毛皮を貫く程度には鋭く頑丈なんだ。


「あい! おん!」


街、門、かな。

灰色のが笑顔で俺に報告してくる。

まだ街までは遠いはずだが、ひょっとしてもう見えているのか。

こいつは良い拾いものだったかもしれない。


「今日からは屋根の下で寝れるぞ。メシは熱々の麦粥だ」


「あい!」


「あう!」


ガキどもは途端に元気になって、運んでいるガキボアの死体を揺らしながら俺に追いつき追い越そうとする。

こいつら、移動中も警戒してろと言ってるのに、後ろどころか左右すら見てないな。


「なんだありゃ」


俺の目でも城塞都市の門が見えて来たんだが、そこには大勢の人間が集まっていた。

前世の記憶とは一致しないが共通点があるものを見たことがある。

炊き出しだ。


「難民相手の炊き出しか。やってる連中は黒装束の女ばかり……シスターか? まずいな。知識にない」


前世の現代でも宗教組織ってのは強い。

この世界が中世か近世かは知らないが、いずれにせよ俺が知っている宗教組織より権威も権力もあるはずだ。

組織名や役職名を間違えるなんて、アイアンベアやビッグボアの群れを倒せる冒険者でも自殺行為だ。


「ガキども、しばらく大人しくしてたら飴を一個ずつ買ってやる。何か言われても我慢しろ。いいな」


ビッグボアの討伐依頼の次は宗教勢力が相手か。

俺は前世の営業マニュアルを思い出すのに集中する。


揉めずに街の中へ入れば俺の勝ち。

対等の関係を築けたら俺の大勝利。

ここは大勝利を目指さないとな!







●第05話「神殿の紹介状」


俺は一度深呼吸をしてから表情を作る。

自信家なのに礼儀正しい、初対面の人間に舐められず尊重されやすい顔だ。


「へえ」


門に近付くと良い匂いが漂って来た。

脂や塩の気配はほとんどないが、熱い麦粥は腹を空かせた難民にとってはごちそうだろう。


「たいしたもんだ」


近付いて初めて気付いたが、黒装束の中には男も少数いた。

身の丈ほどもある杖を構えているのに体は揺れず、鍋の近くにいる難民を警戒している。


だからだろう。

横入りしたり競争相手を押しのけたりする難民たちが、少女から中年手前までの黒装束女性相手に乱暴を働こうとはしない。


「何か御用でしょうか」


穏やかに微笑む老シスター……役職名がシスターかどうかは分からないが、とにかくそういう奴が話しかけてきた。

直前まで年齢を感じさせない力強さで薪を運んでいた、元気なご婦人だ。


ここを揉めずに通過できれば俺の勝ち、何かが手に入れば大勝利だ。

交渉、いくぜ。


「こんな格好ですみません。俺はアリタ。冒険者ギルドの銀札です。開拓村で討伐依頼をした帰りですよ」


寄付のために来たんじゃねーぞ、という内容を穏やかな表現にして伝える。

黒装束の男たちが、難民ではなく俺を警戒しているのがなんとなく感じられる。


「こいつらは俺の助手です」


俺が指示を出す前に、灰色のが軽く頭を下げた。

黒いのも慌てて灰色の真似をする。


「良い子たちですね」


老シスターが穏やかに微笑む。

尻尾は隠せていないんだから、ガキどもが獣人であることは気付いているはずだ。

これは「この街の宗教組織はこのガキ二人を許容する」というサインと思っていいのか?


「真面目な奴らですよ。こいつらが一人前になるまで面倒を見るつもりです」


知識と技術を仕込んで独立時には装備も用意してやるさ。

その数倍は儲けるつもりだがな!


「アリタさん。神殿でお目にかかったことはなかったと思いますが……」


来たな。

ここで選択を失敗するとアウトロー確定だ。

つまり死ぬ。


「冒険者として生計が成り立つようになったのが最近なんですよ。ご挨拶に向かおうとはしたんですが、どんな服を着て何を持っていけばいいかも分からず、途方にくれていたところでして」


俺は武力もあるし稼ぐ能力もある。

あんたらの力も知っているし、必要もないのに逆らう気はない。

だから、俺が許容できる条件を提示してくれよ?


「それは素晴らしい心がけです。神殿は真面目な冒険者に対する助力を惜しみません。……革なめし職人へのツテはお持ちですか?」


「直接のツテはありません。冒険者ギルドにアイアンベアをまるごと持ち込んでもいい顔をされなかったので、どうしたものかと」


俺がアイアンベアに言及した瞬間、老シスターの表情はそのままで威圧感だけが増した。

ただの銀札冒険者と、アイアンベアを狩れる冒険者では価値が違う。


「アイアンベアを討伐されたのですか。素晴らしい才能と努力の結果ですね」


実力を直接には褒め称えない。

前世に目覚める前の俺が、心の底で求めていたものを、穏やかな微笑みとともに俺へと差し出す。

以前の俺なら、この老シスターの信奉者にすらなったかもしれない。


「ありがとうございます。ただ、戦果を稼ぎに繋げるのが難しくてですね」


俺も嬉しくは思うが感激まではしない。

老シスターの高度な会話術に感服はするがな。

俺の心がそれほど動いていないことに気がついたらしく、老シスターは力自慢の馬鹿に対する態度から、暴力と狩りに対する専門家に対する態度へ切り替えた。


「なるほど。街の壁の外にも皮なめし職人が。税金も、なるほど」


俺に対する老シスターからの提案は、非常に有益なものだった。

城塞都市では有力勢力ではあるが支配的勢力ではない神殿ではあるが、城壁の外には領地といえる土地をいくつも所有している。

そこに済んでいる皮なめし職人への紹介だ。

仲介料も、手数料という名の実質税金もとられるが、冒険者ギルドで売るより俺ははるかに儲かる。


「いかがでしょう」


「いやあ、相談して良かった! そうだ、皮は職人のところへ持っていきますが、肉は今日食べる分以外は痛みが怖くてですね。よければ……」


「分け合うことの大事さをご存じなのですね。もしよろしければ、共に食しませんか」


「是非!」


既にうさんくさい婆さんにしか見えなくなった老シスターと、表面だけ紳士的な俺が握手をかわす。

話はとんとん拍子に進み、俺には正式な紹介状が用意され、ガキどもが運んでいたガキボアから取り除かれた肉が炙られ始める。


いい匂いだ。

炙り始める前に塗っていたのは香辛料か。

やはりこいつら、財力も権力も持ってるな。

難民には与えず身内と取引相手だけで食べる程度に俗なのは、俺にとっては付き合いやすくて良いことだ。


「あい?」


「あう?」


話にまったくついていけなかったガキどもに大きな椀によそった麦粥が配られ、焼けた肉塊から切り取った大きな切り身がどすんと投入される。

ガキどもだけでなく、俺の腹も元気に鳴った。


「今日の夕飯だ。しっかり食え」


「あい!」


「あう!」


ガキどもは顔を突っ込むように食べ始める。

俺は「しつけしないとまずいな」と考えながら、粥と肉を楽しんでいた。




   ☆



街の門をくくらず、街の壁に沿って移動する。

難民の姿はほとんどない。

ボロ着とボロ靴だけを装備しているような駆け出し冒険者が、見回りについでに追い払っているからだ。


「分断して支配、か。性格が悪い」


「あう?」


灰色のが首をかしげた。

犬尻尾は下に向いて、警戒を示すようにゆっくり動いている。

黒いのがくんくんと鼻を鳴らし、はげしく顔をしかめた。


「臭いか?」


風呂も入らずに戦闘や徒歩での長距離移動をしているので、俺も臭い。

慣れと麻痺でほとんど感じなくなってはいるが……いや、俺以外の臭いがある。


「皮なめし職人か」


一度気づくと気になりだす。

この刺激臭はかなり強い。

形は人間と同じでも性能は段違いのガキどもの鼻は、刺激の強さに負けて鼻水を垂らし始めている。


「服で鼻をすすろうとするんじゃない」


ガキボアの毛皮を鼻紙がわりにしなかったのは評価してやる。

俺は毛皮を回収して、タオルとして使っていた布を渡してやった。


「順番に使えよ」


鼻をかむ音はとても大きくて、こいつらに洗濯させようと心に決めた。


「止まれ」


みすぼらしい小屋が複数見えてきたところで停止する。

剣の柄に触れる。

ただし抜かない。


「銀札冒険者のアリタだ。神殿の紹介状がある。こいつらは俺の助手だ」


殺気というにはぬるい気配が建物の中から感じられる。

臭いで鼻が駄目になっていなければ、ガキどもも既に気付いていたはずだ。


「アリタ先輩っすか!?」


建物の扉が勢いよく開いた。

そばかすが目立つ痩せた男が、俺に気付いて目を丸くする。


「神殿からの紹介状偽造したら殺されるっすよ!」


「誰がそんなことするか馬鹿野郎。……お前、リックか」


前世に目覚める前の記憶が鮮明になる。

職人の家庭で育ったのに冒険者になった変わり者で、大怪我をして冒険者を廃業した奴だ。

生きてやがったか。


「そういうアリタ先輩は、本当にアリタ先輩っすか? 雰囲気が別人っすよ」


こいつ、笑顔なのに目は笑っていない。

俺に対する恨み……もあるかもしれんが、スパイの変装やモンスターによる成り代わりを疑っているのかもしれん。

前世の記憶が蘇ったと正直に言っても信じはしないだろう。

俺なら絶対に信じないしな。


「んなぁ!?」


俺が「説得」を始める前に、リックが片足を引きずりながら俺の背後へ回り込む。

速い。

なにより、異様だ。


「ビッグボアの毛皮っす! しかも傷がほとんどないっす! うひょー!?」


俺から奪おうとしたら殴りつけてやるつもりなのに、ぎりぎり触れない距離で凝視してやがる。

ガキどもは、リックの異様な行動に怯えている。


「買うっす! 金貨一枚っすか、二枚っすか! 三枚、いや三枚と銀貨二枚までなら出せるっすよ!」


血走った目が正直怖い。

だがどうやら、モンスター素材は予想以上に高値で売れそうだ。


「おいリック!」


「全部も出したら明日のメシも買えないだろう!」


小屋から二人の男が出てくる。

どちらも体格は良いのに手か足が不自由だ。

神殿は、冒険者ギルドが使い捨てた元冒険者を拾って生産職にしているのかもしれない。


「紹介した神殿のメンツを潰すつもりはない。あんたら、元冒険者なんだろ? 毛皮の買い取りは金貨二枚でいいから、まだ装備が残っていたらこいつらに譲ってくれないか」


俺は妥協しているようで強欲な要求をつきつける。

冒険用の装備なんてのは、どれも結構値が張るもんだからな。


「譲るって……。剣はもう売ったし、解体用ナイフも商売道具だ」


「皮の作業着は仕事で使うから、譲れるものなんてないぞ」


男二人が困ったように言う。

新人冒険者のような格好をしているガキどもに気付き、懐かしさと後悔が交じった複雑な表情になる。


「まっとうな職なら出番がない物があるだろ?」


俺が声をかける。

ガキどもには優しい目を向けていた男たちが、俺をじろりと睨んだ。


「嫌なことを思い出させやがる。少し待て」


「ちっ」


しばらく待つと、投石用の革紐と、細くて鋭い……使いどころを間違えれば終わるナイフが運ばれてくる。

それと、金貨二枚だ。


「確かに」


毛皮全てと引き換えに、金貨と装備を受け取る。

装備は後で俺のものにしても良いが、モンスターの死体を商品に変える職人たちとは良い関係を築く方がいい。


「ガキども、これは先輩方からの贈り物だ」


投擲紐と、刺殺用ナイフ。

銀札にとっては予備の武器でしかないが、初心者冒険者にとっては命を預ける相棒だ。


「あい」


「あう」


満腹による眠気も吹き飛んだガキどもが、神妙な態度で武器を受け取る。

冒険者崩れと犬獣人しかいないのに、何故か神聖な儀式に見えた。

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