エルフと『パワーレベリング』を開始する ~片手で握手し、片手でナイフを構えるのが『文明人』の流儀です~
「これが、機械!」
クロが迷彩色の箱を持ち上げる。
敵対的な犬獣人が運んでいた装備の一部だ。
「機械だとは思うんだが、俺の前世知識は開発者ではなく利用者の知識だからな。さっぱり分からん」
おそらく通信機だとは思うんだが、犬獣人側も携帯していたようで、受話器のようなものは見つからない。
既に城塞都市へ帰還済みだ。
伏兵や罠を警戒して、最低限の物を回収した後は即座に撤退した。
その戦果が目の前の光景ってわけだ。
「深刻なのですね?」
老シスター(この街の首席異端審問官)は困惑している。
歯車などでできた機械は見たことはあっても、電線も使った機械は初めて見るのかもしれない。
「はい。俺より高度な知識の持ち主が敵側にいるのが確定しました。生死については不明です」
「既知の『チート持ち』三名の死亡を確認しました。前回の戦闘における、聖女マリーゴールドの新たな功績ですが……」
「わたくしは神殿の意向に従います」
マリーは俺に伺いを立てることもなく即答する。
事前に相談はしていない。
神殿に対して隠すつもりの事柄(どこまで追い込まれたら神殿から逃げだすかや、シロとクロの配下のコボルト部族の詳細)以外は全部話して良いことになっている。
これはマリーだけでなくシロとクロも同じだ。
既存権力の庇護を受けて旨い汁を吸えるなら、反抗的になる必要はないからな。
「ありがとうございます。広く知られることが社会の不安定化に繋がりますので、ご理解頂けて本当に……」
これまで若者よりも精力と気合いに溢れて見えていた老シスターに、深刻な疲労が感じられた。
しかしすぐに気合いが復活する。
目が比喩的な意味でギラギラ光っている。
「神々から直接ご支援を頂けたことは、神殿の歴史に刻まれるべき快事です。そのきっかけを作ったコレットさんに対し、この街の神殿を代表してお礼申し上げます」
深々と頭を下げる。
護衛の黒装束男たちもだ。
コレットは心底困って視線で俺に助けを求めてくるが、俺は神殿から見ると下請け業者であり身内じゃないから口は出せないんだよ。
頭が下がったままかなりの時間が流れる。
コレットは極度の緊張で酷い顔色だし、汗も流している。
「んんっ。コレットさん。喜びのあまり思考が止まるのも自然なことかもしれませんが、神殿の皆さんをそのままにするのはどうかと」
「はひっ、あたま、あげてくださいっ」
もう半泣き状態だ。
コレットに悪意がないことは伝わるといいな。
「ありがとうございます、コレットさん。……そしてアリタさん」
来たか。
俺は覚悟を決めた。
「これまで、神殿は新たな『聖女』を育て上げるために膨大な試行錯誤を繰り返していました。『戦士』と『魔法使い』という形ではありますが、一度に、複数人の加護持ちが誕生したのは歴史的快挙です」
『聖女』候補に、捕まえたモンスターへ一方的に攻撃させたりすることもあったそうだ。
その手法での『聖女』誕生数は皆無。
昔ながらの、挑んだ『聖女』候補の殆どが死ぬか負傷で引退するような『モンスター退治』で生まれたのは、最近ではマリーだけらしい。
「モンスターの足止めも人力でするのが、『認められる』ための条件の一つなのかもしれませんね」
「はい。つまりアリタさんが、『戦士』と『魔法使い』の誕生に不可欠の存在となりました」
こりゃ絶対に逃がしてくれないな。
せめて良い条件を引き出したいところだ。
「この街の神殿の役職であれば、望むものを提供できます」
「なっ」
俺は驚きを顔と声に出してしまった。
破格の待遇ではある。
異端審問官はおそらく上部組織の直属だろうが、この都市の神殿長にはなれる。
「残念ながら、新人を引率してモンスターと戦いながら勤められる職に心当たりはありません」
万一そんな職があったとしても、マリーと日常生活を送れなくなるレベルの激務になるはずだ。
マリーと比べれば、この街の権力者の座なんてとても軽いぜ。
「……確かに」
老シスターは冷静になった。
あるいは、興奮していた演技を止めた。
「いずれにせよアリタさんには引率を続けてもらう必要があります」
「それは構わないですが、亜人の……」
「亜人連合と呼称することが正式に決まりました、明日には都市全体に布告される予定です」
「はい。亜人連合を殲滅または無力化または無害化するための作戦を教えてください。時間稼ぎのためだけに拘束され続けるってのは厳しいので」
「率直ですね。構いません。明日、作戦と作戦が実際に行われる証拠をお目にかけます」
老シスターの目は、残り少ない命を燃やし尽くすかのように輝いていた。
☆
今日の獲物はアイアンベアだ。
森という『不意打ちされ易い』場所によく出る危険なモンスターではあるが、足止め担当の俺と、警戒担当のコボルトたちと、足止めする一体を除く全てを殲滅するマリーやシロやクロがいれば絶好の『経験値』だ。
「よ、よろしくお願いしま、ひぃっ」
俺に挨拶しようとしてその場にへたり込んでいるのは、若いエルフだ。
普段はエルフ専用の言語を話しているはずなのに、人間の言語をネイティブ並に使いこなしている。
エルフらしく美形過ぎて性別がよく分からん。
なお、俺のエルフに対する感想は『もっと食え』『これ以上筋肉がつかないなら可哀想だな』だが。
「こちらこそよろしく、エルフさん。種族同士で色々あったかもしれんが、今は少なくとも敵ではないはずだ。文明人らしく、契約と礼儀を守っていこう」
「え、ええ、その通りです。親族があなたに殺されましたがっ、エルフは文明人ですのでっ!」
「そうか。俺が戦ったエルフは凄まじいイナズマを使っていた。モンスターとは比べものにならないほどの脅威だった」
リップサービスはあるが嘘は言っていない。
俺がどれだけ頑丈で、俺がどの程度の体力と腕力を持っているかをあの時のエルフたちが正確に知っていたら、攻撃魔法ではなく足止めと落とし穴の組み合わせで俺を仕留めていた可能性は高い。
「そう、ですか」
若いエルフは複雑な表情になる。
まあ、最初はそんなものでいい。
片手でナイフを構えたまま、もう一方の手で握手ができるのが文明人って奴だからな。
「神殿がエルフと組むとは思わなかったお」
「呉越同舟……お互い腹の中は真っ黒だろうがな。それでも共倒れよりはずっとマシだ。お互い強くなってもモンスターを倒す力があれば開拓可能な土地はいくらでもある」
殺し合いはその後でいいし、長期間戦わずにいたら友好関係を結べるかもしれん。
亜人連合からエルフの魔法使いや弓使いが抜けるだけでも、かなり楽になるはずだ。
「栄養補給を済ませろ。攻撃は新人のみだから時間もかかるし体を酷使する。お前らにはアイアンベアの攻撃は向かわないようにするが、気を抜くと倒れるぞ。いいな」
「「「はい!」」」
若いエルフ数人を含む子供と若者たちは、野心と使命感で瞳が燃えていた。




