鉄の亀を抑え込んで、非戦闘員に『棒』で叩かせた結果 ~安全すぎるパワーレベリングで、神官たちが『戦士の加護』に目覚めた~
「いち、に! いち、に!」
シロを先頭に隊列が進んでいく。
信じられないくらい順調だ。
「神殿の厳しい教育についていけた方たちですし」
そう説明するコレットは、六本足の馬の鞍上にいる。
そう、コレットだ。
どう考えても戦闘には向いていないからこそ、神殿の傘下であるコレットもパワーレベリングの対象になっている。
「コレットさんが前線に出る必要はないと思いますがね」
男が前にでるべきとか、そういう考えは俺にはない。
コレットは個人として、戦闘に全く向いていないんだ。
「アリタさん、それは違います」
強引についてきたマリーが発言する。
外の目がないときは「ご主人様」呼びを止めてくれないのに、それ以外では外面も完璧だ。
……完璧ということにしたい。
「わたくしたちの群れの中で最も弱いのがコレットです。最低でも、抵抗できるようになる必要があります」
コレットは明らかに困惑しているが、ドラゴンスレイヤーの聖女という圧倒的権威に逆らえるわけがない。
素直に頷き、シロから『六本足』としか呼ばれていないモンスターに揺られていた。
「なるほど確かに」
俺の中にはマリーに対する好意も愛情も欲望もあるが、それと同じくらいに尊敬も強い。
個としての戦力も、立身出世の凄まじさも、圧倒的すぎて嫉妬心もわかない。
だから、聖女マリーゴールド相手にへりくだってもストレスは皆無だ。
「むー」
だがマリーは違う。
『御主人様がぺこぺこしてる』のは、忠実な大型犬にとってはムカつくポイントらしい。
「仕事中ですから。ね?」
俺はマリーを宥めるのが主な仕事になりかけている。
孤児院のお子様たち(かなりレベルアップした)やコボルトども(少しレベルアップしているらしい)を率いて神殿の非戦闘員を護衛するのは、シロとクロの担当だ。
「親分! ついたお!」
「足、遅い、モンスター!」
現地には別のコボルト隊が展開していて、持ち込んだスコップでトイレ用の穴を堀り、休憩用の天幕を立て、煮炊き用の火も起こしていた。
今回のモンスターはアイアントータスだ。
頭と手足を引っ込めた状態で、全長三メートルほどの大きな亀。
口で『かじる』力は強烈で、魔法鎧でも中身ごとかじり取った記録すらある。
だが速度が絶望的にない。
『おびき寄せて落とし穴に落として上から土をかけて窒息させる』なんて戦術が通用するほどだ。
今回は真正面から倒してレベルアップに使うがな。
「ご苦労。……コボルトを、よくここまで仕込んだな」
「負け犬の群れがしてたらしいお。コボルトに見た経験があったから、こっちが教えて覚える速度が早かったみたいお」
俺が考えたわけではなく、シロとクロ『が』暇なときに俺から聞き出した方法をもとに組織化したらしい。
こいつら、学校みたいな体系的に教えてくれる場所で学んでいないのに、俺の前世知識をどんどんものにしていきやがるな。
「コボルトどもはあくまで使い捨てか。亜人の連合軍ですらないな」
「エルフに対する尋問によると、彼らは『知性体連合』と自称しているそうです。コボルトを知性を持つ存在と扱わないとは、予想外でした」
マリーは相変わらず機密保持についての意識が緩い。
俺が近くにいるとき限定だが。
「商品箱に入っている物は、箱に書かれている商品名と同じとは限らない、ということでしょうね」
俺は持久力もあるので行軍も鎧を着たままだ。
今すぐにでも戦闘可能だが、三列縦隊のまま息を乱している神殿関係者を、このまま戦わせるのは事故が怖い。
「今から少しの間休憩します。周囲を警戒する必要はありません。飲み物を飲んで、体を休ませ、心身の回復に専念してください」
俺はできるだけ優しく伝えてから、アイアントータスの力を確かめるため、十数体まばらに苔を食っている奴のうちの、最も端の個体に近付いた。
「いてっ」
手を伸ばすとガントレットごと噛まれた。
俺個人は洗濯バサミでいきなり挟まれた程度の『痛さ』だが、ガントレットは既に原型が残っていない。
「力と固さは……効くのは爪だけか」
アイアントータスの口の中を引っ掻いても、肉や歯をえぐれるのは俺の爪だけだ。
力を入れても引き抜けない。
「アリタさん。本当に、私たちで倒せるんでしょうか」
ゆっくり歩く馬に乗ってきた分、疲労がそこまで深刻ではないコレットが聞いてくる。
「少しでもダメージ……傷を与えれば強くなれますよ。しかし、パワーレベリングではなく普通に強敵を倒した方が強くなるという話も……どこかで聞いたことがあります」
本当はマリーが『うっかり』言ったことだが、出どころを公言するわけにはいかない。
とはいえ、そろそろ誰かが気づきそうな気もする。
「それは……。はい、私もあの『グラフ』を見ました。そう言われて見ると、確かにそう解釈可能です!」
体を動かすより頭を動かすのが得意なコレットは、グラフの読み方だけでなく分析方法も身につけたのかもしれない。
「なるほど。では、パワーレベリングで『強く』なる方法は分かりますか?」
コレットに聞いてみる。
俺には分からない。
そんな都合が良い手段があるなら、神殿もその『都合の良い手段』を使っているはずだ。
ただ、俺以外は全員無知無能なんて思いたくないから、今回に限らず意見は求めるようにしている。
「そうですね……。シロさんとクロさんが強いのは、本人たちの才能もあるでしょうけど、アリタさんと一緒に戦ったからだと思います。だとしたら……」
コレットからの提案はかなり過激であり、コレットもまたこの過酷な世界の住人だと納得させられる内容だった。
☆
「叩けー!」
「「「おー!」」」
神殿関係者(非戦闘員)がアイアントータスに長い棒を振り下ろす。
穂先はない。
使い手の技術も体力も低いので、槍にすると事故が高確率で発生する、と計画段階で判断したからだ。
「うーん、これはひどい」
俺と、俺に組み付かれたアイアントータスは、がっちり組み合ったまま動けない。
そこに狙いも何もない棒による打撃が降り注ぐわけだ。
相変わらず俺個人は無事だが、俺の鎧はもうぼろぼろだし、アイアントータスの甲羅や頭にうっすらとした打撲痕が無数に刻まれている。
「アリタさま! もう一体残しておきましょうか?」
マリーが仕留めたアイアントータス(俺たちが戦っているのとは別のやつだ)を一人で軽々運んでいる。
コボルトたち、これ以前にマリーやシロやクロが仕留めたアイアントータスの死体の解体に従事中だ。
とにかく固くて、結構な腕力のはずのお子様たちも苦戦しているようだ。
なお、コボルトどもは死活的に重要な『城塞都市への定期連絡』と『周辺警戒』へ全精力を注いでいる。
負け犬だっていつまでも負け犬のままでいるつもりはないはずだ。
どれだけ警戒しても、過剰とはいえない。
「ここで一晩過ごすとしても、この一体で限界でしょう。マリーさん、残りは全部仕留めてしまってください」
「はい!」
仕留めた獲物をお子様たちへ任せ、マリーはまだ生きているアイアントータスへ向かう。
それも超高速で。
決して油断はしていなかったモンスターは、頭を出した瞬間にマリーの剣に首を断たれて即死した。
「おやぶん。それ、続ける?」
シロとふたりがかりで仕留めたアイアントータスを運んできたクロが、『俺と神殿関係者』によるアイアントータス相手の泥仕合を見て呆れた表情になる。
俺が足止め。
神殿関係者がとにかく棒で滅多打ち。
倒せるとしても異様に時間がかかるやり方だ。
「一度くらい試してもいいだろ。与ダメージに比例した経験値が分配されるのだとしたら……っとこれはゲームすぎる考え方か。まあ、コレットの顔を立ててやれ」
「コレット、たたかう、せんもんか、違う!」
「だから一回だけだ。お前らにも色々試させてやってるだろ。あと、クロは戻ってから名前や文章を書けるかのテストをするからな。……報告書をコボルトに書かせるんじゃねーぞこのクソガキ。最近のは全部それだろ」
後半の言葉には、殺気に近いものが伴ってしまった。
「くーん」と情けなく鳴くクロを見て、俺は今日はクロにつきっきりで勉強させることを誓う。
マリーと一緒の時間を過ごしたくても、やるべきことばかりが増えて泣けてくるぜ。
「おっ」
今、ほんの少しだけ、レベルアップした気がする。
アイアントータスを倒した割には小幅なレベルアップだが、それは俺が『ほとんどダメージを与えていない』からだ。
事務仕事や聖職者としての本業に励んできた連中は、全身汗まみれで気絶寸前の状態だ。
ダメージの蓄積で息絶えたアイアントータスの方が、表面上には余裕があるようにも見える。
「あぁっ」
「うおぉっ!」
元『非戦闘職』の気配とテンションが変わった。
一部……率にして一割未満の数の『非戦闘職』は、非常に薄いが色のついた光をまとっている。
「まさか」
俺はマリーを見る。
マリーは何かに耳をすますような仕草をした後、こくりと大きく頷いた。
「『魔法使いの加護』と『戦士の加護』が与えられたそうです。励むように、と」
どこからの伝言かは聞く気はない。
『畏れ多い』と『マジで怖い』の両方の理由があるからな。
「こいつは、いよいよライトファンタジーが近付いてきたな」
この世界に生きる者たちに必要なのは、一流の悲劇ではなく、三流の喜劇だ。




