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拾った馬が『改造(ロボトミー)』されていた件 ~ブチ切れた聖女に、金貸しが『対ドラゴン用決戦兵器』をプレゼントした~

「ご迷惑をおかけしました」


 俺は深く頭を下げる。

 ぐったりしたコレットは、返事をしようとしてか細い鳴き声を漏らすだけだ。


「マリーさん」


「はい!」


 専用の椅子(実際はソファー)に座ったマリーは、俺が座れるスペースを空けて期待の目を俺に向けている。


「まず、食事にしましょう。他は全部その後で」


「はい!」


 露骨に隣のスペースを示す。

 俺はため息を我慢して、かなり痛んだ鉄鎧を外して食堂の隅に並べてから、マリーの隣に座った。

 うん。

 密着されると性欲より圧迫感を感じる。

 これで嫌な顔をするほど子供ではないが、倒れないよう『適度に』力を入れ続けるのも大変だ。


「つまらない展開だねぇ」


 おかみさんは酷いコメントをしながら、既に出来上がった食事をシロとクロと手分けして運んで来る。

 まずは大きな籠に文字通り山積みにされたパンだ。

 焼きたてではないが香りが良い。

 おそらく今日の午前中に焼かれて納品されたパンだろう。


「しろ! ぱん!」


 クロがはしゃいでいる。

 シロに呼びかけているのではなく、小麦を使ったパンだと匂いで確信したのだ。


「美味しいのに慣れると、元の食生活に戻れなくなりそうなのが心配だお」


 シロは大きな鍋を運んで来る。

 大量の肉と野菜が煮込まれた芳醇な香りに、意図的な酸味が付け加えられている。

 シチューともボルシチともつかない料理ではあるが、体を酷使する冒険者にとっては最高のごちそうの一つだ。


「いただきます」


 マリーが頑として音頭をとってくれないので俺が音頭をとって食べ始める。

 まあ、最初にパンをとって小さく千切って食べるだけだ。

 その直後から、シロとクロは猛烈に、マリーもテーブルマナーは完璧だが速度はシロとクロ並みに、洗面器じみたサイズの皿からシチューを食べてパンも同じような速度で食べていく。


「おかみさん、食費は足りてますか」


「シロちゃんから追加の食費と肉を受け取ってるよ。最近野菜の値上がりが激しいから余裕はないけどね」


 おかみさんは大鍋から皿へ延々とシチューを移している。

 その姿は前世で映像で見たことのある『給食センターで大量調理中の料理人』だ。

 前世の人間なら数十人用の量があるのに、余る気はしない。

 だが、これだけあれば全員満足はできるはずだ。


「アリタさん。孤児院への差し入れ、ありがとうございます」


 ようやく回復したコレットが話しかけてくる。


「お子様連中が自分の装備強化に金使おうとしなかったので、仕方なくですよ」


 あのお子様たちは、個人としてはいい奴らなんだが、この世界で生きていけるのか心配になる奴らでもある。

 装備を更新した後なら、稼ぎの一部を孤児院に寄付するのもいいと思うがな。


「何か緊急で知らせる必要があることはありますか? こっちはゴールドブラッドを仕留めて死体を街に持ち込みました」


 俺の報告を聞いたコレットが顔色を変えた。

 犬獣人三人と比べれば常識的なサイズの『大皿』へ向かっていたスプーンも止まる。


「金相場」


「やはり動きますかね?」


「現在流通している金貨は混ぜ物が多いです。ゴールドブラッド一体だけでも影響は出ます」


「俺と神殿に利益がある形にできますか? 必要経費と報酬はいつもの割合で構いませんので」


「アリタさんとお会いする前であれば、野心も疼いたでしょうが……」


 最近のコレットは、俺や金貸しから依頼を受けて開拓村や各種ギルドとの仲介や交渉に携わっている。

 海千山千の根性悪とやりあう機会も多いようで、仕事の難易度についての目利きの精度も上がっている。

 要するに『難しい仕事ばかり押しつけるのは止めて!』だ。


「俺が信用できる文官はコレットさんしかいないんですよ」


 マリーの動きが突然止まった。

 最近はほんの少し明るくなっていた瞳が『どろり』として、俺とコレットをじっと見つめている。


「聖女は文官ではないですよね?」


 誤魔化すためではなく事実と本音を口にする。

 『どろり』の具合は変わらないが、コレットに向きつつあった殺意は消えた。


「わたくしも文官をやれます」


「できるとは思いますが、マリーさんが動くと相手は『神殿からの最後通牒』と解釈してしまいますよ。何事も適材適所です」


 マリーは無言だ。

 無言のまま俺との距離を詰めてくる。

 既に密着というより押し倒す寸前であり、俺は性的興奮『ではない』熱さで汗をかいた。


「しないの?」


 シロが不思議そうな顔をする。

 保護者とその『つがい』が『しない』のは、シロにとっては極めて不自然なことなんだろう。

 だがな。

 人間主体の社会で生きるなら、従うしかないルールってものがあるんだよ。


「今はしない。するなら子育てのことまで考えないとな」


 マリーが妊娠して動けない間に、俺が神殿に粛清されたら抵抗しようがないぞ。

 コレットの前だから口に出しては言わないが。


「そこまで考えて……」


 コレットが衝撃を受けている。


「聖女さまが色ぼけ……んんっ、とても明るくなられたのでもしやと思っていましたが、そこまでの関係になられていたのですね」


「はい!」


 マリーが笑顔でコレットを威嚇している。

 尻尾が興奮して振られている。


「まだマーキングしてるだけだお」


「へたれ、どっちも?」


 シロとクロは数秒だけ食事を中断してコメントし、また食事に戻る。

 こいつら、これだけ食べてるのに横に大きくならないのは何故なんだ。


「本当に色々ありますが、関係者全員仲良くやっていきたいと思っています」


「……はい」


 俺の言葉に、コレットが神妙に頷く。

 コレットの利益と立場と評判に配慮するという俺の意図は、伝わったはずだ。


「冒険者ギルドとはどうしようもないですがね」


「ああ……」


 コレットが、心底面倒くさそうな表情を隠せなくなる。

 その日も、マリー相手に我慢の一夜を過ごした。



  ☆



「連れてきたおー」


 早朝。

 シロが六本足の馬型モンスターに乗って来る。

 大きな傷は治っていないのに、軽い止血をしただけで動けるようになっている。


「大人しい子ですね」


 兜を除けば完全武装のマリーが、剣の柄に置いていたてのひらをモンスターの肌へ移動させる。


「これなら完全に癒やすことができます。……いえ、これは」


 傷口周辺から首へ、首から頭部へてのひらが移動する。

 移動するたびに、マリーの表情に嫌悪が滲んでいく。


「アリタさま。このモンスターの頭部を傷つけましたか?」


 『まさかそんなことしないよね?』と大型犬が主に伺いを立てているような気配があった。


「特に狙ってはいません。……何かありましたか? そいつの頭に当たったとしたら、俺の拳かクロの鉄つぶてです。シロは攻撃しなかったよな?」


「なんか変な気配がしてたから警戒して牽制してましたお」


 鞍も鐙もついていないのに、シロは危なげなく飛び降りてからマリーに報告した。

 マリーは露骨にほっとする。

 まるで、家族が悪行に手を染めていないことを知って安堵したかのようだ。


「このモンスターの脳に人為的な傷がありました」


「……ろぼとみー?」


 俺が気づく前に、クロが俺経由で知った知識を口にした。

 マリーが厳しい表情になる。


「それは禁忌の知識です。決して口にしないように。可能なら忘れなさい。いいですね?」


「あう!」


 クロは、俺に対するよりも従順にマリーに従った。

 まさかロボトミーなんて単語が出てくるとはな。

 以前に老シスターが嫌悪感とともに言及していた連中と関係があるのだろうか。


「終わらせてあげるのも慈悲だとは思いますが」


 マリーは少しの間考え込む。

 そして、シロに促されてではあるが草を食べ始めたモンスターを見て、決心したようだ。


「シロ、あなたが飼うのですか?」


 シロはちらりと俺を見る。

 俺は『好きにしろ。ただし責任は持て』と頷く。


「クロは絶対面倒臭がるからあたしが面倒見るお。その分クロの荷物は少ししか載せないお」


「あうっ!? あうっ!」


 クロがショックを受けている。

 慌ててシロに何かを言っているが、シロは雑に受け流している。


「シロ。この子の命と行動に責任を負うことの意味、分かっていますね」


「……はい」


 シロはしっかりとマリーの視線を受け止め、理解した上で静かに頷いた。

 マリーは厳しい表情ではあるが口元をゆるめ、普段からまとっている金の光を手のひらに集中する。

 馬モンスターがびくりと体を震わせる。

 目に意識の光が徐々に戻り、自身に圧倒的強者が触れていることに気付いて、諦めたように体から力を抜いた。


「いい子です。最期までいい子であることを期待します」


「はい!」


「あう!」


 馬に言い聞かせているのに、何故かシロとクロも返事をして、わずかに遅れて「ひひん」と馬が控えめに鳴いた。


「モンスターに、アレ(ロボトミー)か」


 嫌な予感がする。

 『いい子』である必要がない、アレ(ロボトミー)を知っている奴のことを、俺は一人だけ、直接知っている。

 シロとクロの実父である、獣人勢力の有力者でもある、推定『転生者』だ。

 物理的な『チート』があるかどうかは知らん。

 この場にいる犬獣人三人並の才能があるなら『チート』とは無関係に脅威だがな。


「きゃんっ!」


 最近よく聞くようになった鳴き声が聞こえた。

 シロとクロに『飼われる』ようになった同族を頼って集まってきたコボルトたちだ。

 スパイや下克上を心に秘めてやって来た者もいたかもしれないが、シロとクロという『レベルアップを延々繰り返した』犬獣人を見た瞬間腹を見せて服従を誓った。

 シロやクロを上回る強者であるマリーに遭遇したコボルトは、地上に降臨した神を崇めるかのような態度でひれ伏していたな。

 俺とのデートを邪魔されたのと、聖女なのに神のごとく崇められたことに、マリーは心底困っていたが。


「うえ! そら! くる!」


 コボルトたちが口々に叫ぶ。

 首輪に吊された鈴が鳴り、綺麗な音なのに何故か不吉に聞こえる音が響く。


「親分、ドラゴンって、トカゲに羽が生えた形のモンスターだっけ?」


 シロの表情が引きつっている。

 クロは自然体でコボルトたちに号令をかけて落ち着かせている。


「アリタさま」


「マリーさんのためのプレゼントはまだ完成してないんですがね」


 俺は、最初から気付いてはいたが気付かないふりをしていた男に目を向ける。

 最初に『金貸しの旦那』として俺と出会い、今ではビジネスパートナーの一人である男は、『表』に引き出されたことに気付いて「ふん」と鼻を鳴らした。


「モンスター素材で武器を作らせました。聖女さまに献上します」


 そう言って、金貸しの野郎は真新しい倉庫の扉を開けた。

 木のモンスターと、モンスターの死体から回収した腱で作り上げた特大の強弓が一つ。

 穂先に不気味に輝くダイヤを組み込んだ、投擲用の槍が七本。

 万一に備えて職人を急がせたので、見た目は雑で、無骨を通り越して禍々しい。


「強力すぎて反乱を疑われる装備だな?」


 俺が冗談を飛ばすと、金貸しの野郎は心底嫌そうな顔をした。


「お前から聖女さまに渡す手筈だったろうが」


「ここでドラゴンをぶっ殺せばあんたも功労者の一人だ。死ぬかドラゴン殺しの功労者なら、後者を選ぶのは当然だろ」


 男二人で話している間、マリーは『新しいオモチャを与えられた大型犬』そのものな態度で、常人なら持つことすらできない大きな槍を構えて軽々振り回している。

 ドラゴンvs聖女の決戦が始まるまで、残り数十秒の情景だった。


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