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奴隷の姉弟に、靴と飴玉を買う

「きゅーん」


「あうー」


奴隷市で見覚えのあるガキが売られていた。

場所は街の広場だ。

俺の下で仕事をしていたときの真剣さはどこにいったんだと言いたくなる間抜けヅラで、実家から放り出されたらしい農家の次男三男が並ぶ列の一番端に並べられている。


「どうですお客さん。犬獣人の姉弟ワンセットで金貨一枚でさ」


相場なら銀貨一枚にもならない。

この奴隷商人、昨日の晩から今日の朝まで俺が雇ってたのを知ってるな。

だがなあ。


「おいあんた。獣人を都市内に連れ込む許可をとったのかよ。信心深い方々に睨まれるんじゃないか?」


奴隷商人から愛想の良さが消えた。

酷くすさんだ目つきだ。前世の記憶が戻る前の俺みたいだな。


「てめぇが面倒を見ていた獣人のガキってことは分かってるんだ。金貨二枚で買わねえなら、こっちで始末してやるよ」


「アホか。人間じゃないのを連れ込んだのはお前だ。真っ当な銀札冒険者である俺に無理やり売りつけようとしてるのもお前。

 こいつらを殺して出る血や糞尿もお前が片付けるのか?

 都市を支配してる連中が、汚れを気にしない方だといいなあ?」


灰犬耳と黒犬耳に視線は向けない。

こいつらを助けるつもりとバレたら、いくらふっかけられるか分からん。


「間違って連れてきちまったということにして、街の外へ放り出した方がマシなんじゃねえか? 俺は今からビッグボア退治だ。銀貨一枚で捨ててきてやるぜ」


脅した後には妥協案に見せかけた要求だ。

騒ぎに気付いたのか、街の中を巡回していた兵士が近付いてくる。


「アリタか。それにあのときの獣人? そこの商人、許可証を見せろ」


「へ? いや違っ」


「兵士さん。どうやらこいつらは商人の手違いで入ってきたみたいですよ。一度手下として使った奴らですからね。こいつらの入市税は俺が負担して、俺が外へ連れ出すってことでどうです」


「商人、構わんな」


「へ、へい!」


話はまとまったようだな。

俺は、灰犬耳と黒犬耳の手足を縛っていた縄を解いて、血の流れに異常がなさそうか確かめる。


「アリタ、拾ったなら面倒を見ろよ」


兵士が小声で囁く。

俺も、他人に気づかれないよう小さく頷く。

種族が違ってもガキを捨てるのは絶対にナシだ。


「しばらくは食わせてやる。その代わり俺の言うことは聞けよ、ガキども」


「あい!」


「あう!」


元気に返事をする犬獣人ふたりの尻尾が勢いよく振られていた。



  ☆



街の外へ出る前に、依頼遂行のための準備が必要だ。

三人分の携帯食、二人分の革製水筒、三人分の水。

そして、二人分の靴だ。


「あうっ!」


「こら暴れるな。靴がないと尖った石で怪我する。膿んで最悪死ぬぞ」


固くなった足の裏に引っ付けるようにして、一応種類としては革靴なボロ靴を装着させる。

抗議するように振られる灰尻尾がうっとうしい……いや待て、ノミやシラミがいるじゃねーか!


「爺さん! ブラシは売ってるか!」


古物商の爺さんが、無言で屋台の隅を指さした。

結構な値段だな畜生。


ブラシを使おうとした俺を爺さんが睨む。

ここで使うなってことか。


「分かった分かった」


ここまでで銀貨三枚の支払いだ。

残りの金貨一枚じゃ、借金支払いには足りない。


「次からは自分で履くんだぞ。ほら」


灰犬耳のガキを地面に下ろす。

最初は情けない表情で足踏みをしていたガキは、すぐに靴の感覚に慣れて笑顔になり走り出す。

俺に見せつけるように俺の周りだけを走るのは、おろしたての靴を親に自慢する子供にも見えた。


「無駄な体力を使うな。おい黒いの。次はお前……って何食ってんだお前」


黒犬耳のガキは、飴玉をなめているかのように頬をふくらませていた。

口の中からコロコロという音も聞こえているから、実際に飴玉かもしれない。


「クソっ」


盗みか?

この屋台に連れてくる前に徹底的に言い聞かせたつもりなんだが。

……だが待て、最初は穏やかに聞くべきだ。

保護者に疑われるのは、きついからな。


「試供品だよ」


俺が黒いのを問いただす前に、爺さんが淡々と説明した。

試供品ということにしたのか、最初から試供品だったのか、灰色のガキにかかりっきりだった俺には分からない。


「黒いの、爺さんに頭を下げろ」


「あう!」


おそらく本人は頭を下げているつもりなんだろうが、首を上下に振っているようにしか見えない。

俺は黒犬耳の斜め前で、見本を見せるために45度きっかり頭を下げた。


「もう一度だ」


「あう!」


相変わらず礼儀がなっていないが、感謝の気持ちは伝わった……と思う。

が、俺は重要なことを見落としていた。


灰色犬耳のガキが黒いのが甘いものを舐めているのに気付いて、相棒に対する「よかったね」という気持ちと「なんでひとりだけ」という気持ちが複雑に交じった表情になっていることに、俺はようやく気付いた。


「爺さん。一つ売ってくれ」


「銀貨一枚に負けてやる」


飴玉二つで銀貨一枚ってことか。

甘味が安価で買えた前世が懐かしいぜ。


「助かった」


俺は値切らず支払った。

盗みってことになると、俺も監督責任を問われてしまう。

釣り銭はしっかり受け取ったがな!


「ほら、お前の分だ」


灰色のガキに手渡してやる。

輝くような笑顔が浮かび、口からよだれが垂れていた。


「銀札の。獣人を育てるつもりなら帽子を買っておけ」


爺さんは小声でそんなことを言う。

この季節はまだ日差しは強くない。

……まさか。


「その程度のことで獣人を街に入れても良くなるのか?」


俺が声をひそめて言うと、爺さんはふんと鼻を鳴らした。


「暗黙の了解だ。問題が起きたときに保護者も責任をとることになるのを忘れるな」


最悪、仲良くあの世行きってことか。

俺がこれまで知らなかったのは、街の人間にまともな冒険者と思われていなかったからだろう。

まともと認められたのを喜ぶべきか、これまでまとも扱いされていなかったのを悲しむべきか、正直分からん。


「黒いの、お前はもう食っただろうが。ほら、靴をはかせてやるからこっちに来い」


「あう……」


黒いのは羨ましそうに灰色のを見ながら、大人しく足を差し出した。

足の裏、固いな。


「ところで爺さん。本当に試供品だったのか?」


「飴玉二つで銀貨一枚だと高くて売れなくてな」


平然と言う爺さんに、俺は舌打ちする。

それも予想はしていたが、もともと甘味は高いものだし、ガキの士気を上げるために飴ひとつずつなら必要経費だ。

してやられた感はあるがな。


「帽子は安くしてくれ」


これで準備は完了だ。

稼ぐぞ。



  ☆



今回の獲物はビッグボアだ。

場所は、城塞都市から徒歩で数時間にある開拓村。

村と畑をまるごと囲う頑丈な柵が、根元の地面ごと派手に粉砕された跡があった。


「銀札冒険者のアリタだ。こっちの二人は助手だ。挨拶しろ」


「あい!」


「あう!」


服はぼろ切れ同然だが、靴と帽子は貧民程度の質はある。

道中で「気をつけ」と「休め」だけは仕込めたので、これでもこの地域のガキとしてはマシな部類になる。


「村長。ビッグボア一頭だけの討伐ってことになってるが、一頭倒した後は街に戻っていいんだな?」


笑顔で威圧してやると、簡単に事情を話しやがった。

実際はつがいで子連れ。

敵を弱く見せて冒険者に押し付ける。よくある手だ。


アイアンベアを倒せるような冒険者の機嫌を損ねたくはないよな?

体力自慢のアホ揃いのはずの獣人が二人、よく躾けられて俺の背後に立っているのも威圧感を増す要素のはずだ。


「二頭目からは死体は全部俺の取り分だ。協力もしてもらう。ああ、村人に前に出ろとは言わん。壺を何個か寄越せ。壊れたら諦めろ。文句はビッグボアに言え」


ビッグボアの頭数を考えれば、再襲撃はすぐのはずだ。

俺は短時間で交渉をまとめ、ガキふたりに指示を出す。


「黒いのはスライムを見つけてこい。そこにいる? そうか……」


犬獣人の鼻の良さは予想以上だった。

俺はスライムが分泌する酸に服や装備が触れないよう、上半身裸になって壺で回収する。

粘液状のスライムってのは、状況によっては英雄も殺せるんだぜ。


「あい! えあ!」


灰色のガキが遠くを指差した。

俺が目を細めてようやく分かる距離に、最低でも牛ほどはあるビッグボアが、こちらに向けて走ってくる。


「一度に攻めて来るよりまだマシか」


ふごふごと鳴る呼吸音は大きく、地面を蹴るときの揺れはここまで届く。

口元から伸びる太くて白い牙は、丁度俺の腹を貫ける高さにある。


「ガキども。人間でもモンスターでも、近づいてきたら叫べ」


「あい?」


「くぅん?」


こいつら、よく分かっていないな。

モンスターと戦って弱った冒険者が「事故にあう」なんて、よくあることなんだがな。


「離れてろ!」


詳しく説明する余裕はない。

もう、ビッグボアはすぐそこまで来ている。

壺が揺れて、飛び散った酸が俺の肌に当たって痛みを感じる。


「ただの体当たりではなあ!」


牙で俺の腹を貫いて内臓と背骨を破壊するつもりか。

俺は地面に踏ん張り、スライムが入った壺を胸のあたりで傾けた。


「んがっ」


衝突する。

牙が当たる寸前に体を捻ったので牙は肌で滑って脇に逸れ、手からすっぽ抜けた壺からスライムが零れ落ちる。

勢いよく突っ込んできて俺を跳ねとばした、ビッグボアの目から鼻にかけて降りかかり、毛も肌も目も鼻の粘膜も、全てを酸で焼いた。


「クソが。泥まみれだ」


俺は畑から跳ね起きる。

鼻だけでなく喉や肺まで焼かれた牛サイズの猪が、壮絶な悲鳴をあげながら地面を転がり回っている。

汚れた他は無傷の俺と絶命寸前のモンスターを高速で見比べ、ガキどもは興奮して「わおん!」「おーん!」と雄叫びじみた声を発している。


「警戒しろって言ってるだろバカども! 敵は一頭じゃねえんだ!」


ガキどもの目が見開かれる。

いつの間にかビッグボアの悲鳴が止まっている。

レベルアップの感覚……にしてはささやかな変化が、俺の体と五感に発生した。


「わおーん!」


「あおおーん!」


ガキどもが猛烈に騒ぎ出す。

まるで、前世に目覚めてから最初に経験したレベルアップのときのような大騒ぎだ。


「経験値分配型で、レベルが上がるほど必要経験値が多くなるってことか? ……前回は大量にレベルアップしたのかもしれんな」


期待外れの快楽しか味わえなかった俺は、ガキどもの代わりに周囲の全てに対して警戒を続ける。

先程倒したボアと似たような大きな足音が、多数の小さな足音を引き連れてこちらへ近づいて来ている。

本番は、ここからだ。

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