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レベルの概念が広まった結果 ~コボルトを有効活用して、神殿とWin-Winの関係を築く~

 『かけっこ』の後の炊き出し。

 その後に行われる、俺が引率してのモンスター狩り。

 参加者が入れ替わりながら一週間行われた現在、『かけっこ』もその周辺の様子も完全に様変わりしていた。


「今日の石は粒ぞろいだよ~!」


 投石用の石を集めて売るガキども。

 鉄つぶてでモンスターを次々に狩っているクロに憧れる奴は多く、そいつらが石を取り合うために石が不足した。

 街の近くで石を拾い集めて売るという商売が自然発生したわけだ。


「モンスター革の作業服一セットがなんと金貨二枚!」


 俺が引率してのモンスター狩りに一度か二度参加すれば力は『冒険者』になる。

 モンスターの中でも弱い個体なら十数人による投石で危なげなく勝てるようになる。

 神殿傘下の皮なめし職人に持ち込まれる皮も増え、生産される革の作業着も増え、着の身着のまま戦うのが不安になった『冒険者』が作業着や防具を買うという循環がうまれた。

 戦闘に向いていない、レベルアップで体力や腕力が強化された連中の職場もできたわけだ。


「案内役コボルトは一人一日銀貨三枚ですっ」


 コボルトの立場も変わった。

 神殿の『暗殺やスパイは許さない』という方針で『鈴つき首輪』の着用を義務づけられはしたが、投石以外は素人の『冒険者』のためにモンスターを探してそこまで案内する人材として引っ張りだこだ。

 会話可能な猟犬として見れば、コボルトの価値は非常に高い。

 攻撃力も防御力もカスだがな。


「ビッグボアの丸焼き、そろそろ焼き上がりまーす!」


 既に炊き出しは縮小した。

 モンスターで稼げるようになった奴らは、仮設店舗のモンスター料理屋で腹を満たして狩りに出かけるのだ。

 ここも戦闘に向いていない奴の職場だな。

 家族で手分けして狩猟と食堂経営をやっている奴らもいる。


 なお、『かけっこ』への参加は任意のはずなんだが、ほぼ全員が毎回参加している。

 毎日序列が更新されるって体験は、かなり刺激的らしい。


「三往復できたぞ!」


 バトルアックス使いが得意げな顔で、全身から湯気を立ち上らせながら報告してくる。


「なんで俺に報告するんだ」


「お前のところの! 白いのと黒いのが! 毎日煽ってくるからだろうが!」


 目を血走らせて怒鳴ってきても殴りかかってはこないのは、冒険者としては理性的だ。

 警備員として神殿から派遣されている黒装束男たちが『またやってるよ』という態度でバトルアックス使いから目をそらした。


「クロはそろそろ四往復らしいぞ。まあ気にするなよ。俺なんて一往復がようやくだぞ」


 俺の場合、レベルアップしても耐久力ばかり上がるんだよ。


「お前は! 馬鹿みたいに重い鎧を着てる盾役だろうが! 俺は斧戦士なの! レベルが上がらないと舐められるんだよ!」


「レベルレベルって、お前までレベルなんて謎単語を使うのか」


「レベルもお前が! 流行らせたんだろうが!」


「えっ」


 思わず口に出てしまった。

 神殿に定期的に出している報告書でも『レベル』なんて単語一度も使っていないぞ。


「アリタ殿。シロ嬢とクロ殿が口癖のように言っていますので、自然と広まっていますよ」


 黒装束男が説明してくれた。

 戦闘用装備で一往復できればレベル1。

 二往復できればレベル2。

 分かりやすい上に誰でも挑戦できるのがいいらしい。

 俺は教えてくれたことに礼を言ってから、バトルアックス使いに冷たい目を向ける。


「戦闘技術に無関係な数字なんて気にするなよ。倒したモンスターで誇ればいいだろうが」


「こっちの『冒険者』にモンスターの強さなんて分かんねーんだよ! 中途半端なモンスターなら投石の雨で仕留めちまうからな!」


「だが」


「俺が舐められると手下が迷惑するんだよ! 分かれよそのくらい!」


 こいつに言っても絶対に認めないだろうが、精神的に追い詰められているな。

 しかし、手下だと?

 近くで整列しているガキども……神殿孤児院のお子様たちよりガラの悪い連中が、お子様たちの真似をして棒を携え整列らしきものもしている。


「手下を持ったのか。おめでとう」


「ありがとよ畜生! お前の真似だが使えるモンは使う。実際、モンスターを投石で痛めつけて近付いてきたのを棒で防ぐってのは有効だ。コボルトの鼻もな」


 最終的に仕留めるのはこいつのバトルアックスなのだろう。

 最近、派手な切り傷のモンスターの死体が何体も持ち込まれているとリックが言ってたしな。


「商売繁盛で羨ましいな。こっちは机仕事ばかりでな」


 俺は羊皮紙をひらひらさせる。

 早朝からついさっきまで書いていたこれを持って、これから老シスター(この街の首席異端審問官)に報告だ。

 いつでも俺を社会的に殺せる相手と話すのは、結構ストレスがたまるんだぜ。


「自慢かよ『ギルド長』さんよぉ」


「なんだよ『ギルド長』って。ただでさえ冒険者ギルドに睨まれてるんだから変な呼び方はよせよ」


「今さらだろ。おいお前ら! 今から狩りに行くぞ!」


 棒を持った奴らが「へい!」と気合いの入った返事をする。

 予想以上に、すべてがうまくいき始めていた。



  ☆



「誰がここまでやれと言いました」


 老シスターは頭痛をこらえるような表情で言った。

 そして、俺が提出した報告書を見て、ぎょっとする。


「これは?」


「グラフです。横軸がモンスターの討伐回数。縦軸が一定時間での走行距離です。こちらがもとになったデータですね」


 小さい羊皮紙の分厚い束を、老シスターの執務机にそっと置く。

 コレットには大変世話になっている。

 前世なら機械を使って瞬時に済む程度の計算や並べ替えも、こっちじゃアホほど手間がかかる仕事だ。


 人件費がどんどん増えていく。

 そろそろ儲けるためのモンスター狩りを再開しないとまずいことになる。

 今回の報告でお役御免にしてほしいぜ。


「モンスターを狩ることで人がどの程度成長するか、直感的に理解が可能になる、と。この知識、いえ、技法はどこで?」


「俺の頭にあったとしか言えません。いずれにせよ今は神殿の知識であり技法です」


「ええ、そうでしたね。悪いことではない、はずです」


 老シスターは自身に言い聞かせるように言う。

 権力を振るうだけなら簡単だ。

 だが、権力を有効に使って神殿の力を維持向上させ、傘下を富ませることまで目指せば、難易度は狂気的になるはずだ。

 俺も権力は欲しいが、負担が軽くて旨い汁を吸える権力だけが欲しいぜ。


「悪くはありませんね。ええ、本当に、悪くはない」


 老シスターの瞳が『ぬらり』と光る。

 野心の光だ。


「このまま拡大すればモンスターと亜人の駆逐もいずれは……。いえ、ドラゴンに対抗できない戦力だけを増やしても意味がない」


「ドラゴンについては俺に考えがあります。マリーゴールド様は剣しか持ってはいけないってんなら、諦めますが」


「聖女の武装に制限はありません。ドラゴンに通用する弓矢があれば、弓矢を装備させていました」


 権威は聖女マリーが上、実権は老シスターが上ってことか。

 ドラゴン退治が『やろうとするふり』でないのは朗報だ。

 まだこの街には襲ってきていないとはいえ、マリーから聞く限りでは、気まぐれに襲ってきてもおかしくない相手だからな。


「必ずできるとは言えませんが、手は打ちます。……ひとつ質問があるのですが」


 老シスターは、俺に言質をとらせずに目で促す。


「亜人の定義ってのは変わるんですかね? 亜人全てが排除された後、人間の少数派が亜人あつかいされるようになるなら怖いと思いまして」


 刃物で剃ろうとしても剃れない顎の髭をなでる。

 俺の毛の頑丈さは、普通の人間が持たないものだ。

 それに、シロとクロを見捨てるくらいなら、俺はふたりを連れてこの街から逃げ出す。

 マリーについては、マリーがそのときに神殿を裏切れるかどうか次第だな。


「シロさんとクロさんのことは……」


「神殿が犬獣人のことを亜人と言ってる場面を見たことはないので、ええ」


 実際のところ、犬獣人のことを亜人と言ってる神殿関係者を見たことはある。

 だが、文章になっているのは見たことがない。


「どうなるにせよ、アリタさんが生きている間のことではないはずです」


「回答に感謝します」


 お互いの本音を隠したまま、老シスターと俺は表面上友好的関係を維持していた。

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