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銀色の大蛇に丸呑みされかけた結果 ~眼窩から脳を物理で破壊して、遺族たちの英雄になった件~

 砂時計を裏返すのがスタートの合図だ。

 シロやクロ、孤児院のお子様たち、わずかに生き残った兵士たちやバトルアックス使いが一斉に走り出す。

 少し遅れて他の参加者が続く。

 コースは正門跡から出てリックたちの皮なめし小屋までだ。


 砂が落ちきるまでの時間では、健康な成人男性でも一往復するのが精一杯。

 しかしレベルアップした者はお子様でも一往復は軽々走るし、バトルアックス使いは重い斧を背負っているのに二往復。

 シロやクロは力を振り絞って三往復もしてみせた。


「あついお……」


「あう……」


 で、今は座り込んで舌を出して体の熱を排出しようとしている。


「不公平だろ!」


 文句を言うバトルアックスの野郎は、少し息は乱れてはいるがそれだけだ。

 たいした体力だぜ。


「ガキ相手にムキになるな。冒険者なら倒したモンスターの内容で誇ればいいだろ」


「ちっ」


 舌打ちして料理の匂いがする方向へ歩き去る。

 神殿の非戦闘員が大勢で炊き出しをしていて、早朝の『かけっこ』参加者だけでなく、戦災で住む家や稼ぎ手を亡くした人々に食を提供していた。


「即座に効果があるものを期待していたのですが」


 老シスター(この街の首席異端審問官)は困惑しているようだ。

 まだ猜疑や敵意にはなっていないことを安堵して、俺は今回の意図を改めて説明する。


「知識が正しいかどうかは実際に確かめる必要があります。実現に必要なものがどう考えても足りない知識も多々ありますし」


 米とか味噌とか醤油とかマヨネーズとかな!

 口で説明したり報告書に書いたりして思い出したからまた食いたくなっちまった。

 だが手に入れる手段がない。

 マヨネーズなら作るだけなら可能だろうが、衛生面を考えると怖すぎる。


「だからレベルアップです。毎日体力測定を行い、どのやり方が最も効率よくレベリングできるか確かめます」


 これまで俺は、俺の耐久力を『技をかけるまでモンスターの攻撃に耐える』ことをメインに使っていた。

 だが、使い道は他にもあるんだ。

 俺の耐久力で『モンスターを足止め』して他の奴にモンスターを殺させて経験値をくれてやるって使い方がな!


「脅威であるモンスターの死体だけでなく、その生も資源に変えるつもりですか。冒険者らしい発想でもあり、異質な発想でもありますね」


「異質でもなんでも『神殿の』知識ですよ」


 俺は営業スマイルを浮かべる。

 老シスターも穏やかな聖職者にしか見えない微笑みを浮かべる。

 俺たちのやりとりを聞いたシロとクロが「くぅん」と情けない鳴き声をあげる。


「髪用の薬や、亜人どもが使っていた携帯食の開発は時間がかかります。作るだけなら可能なんですが、副作用や消費期限の調査が済むまでは広めたくない知識ですし」


リンスとか缶詰(壺詰)のことだ。

俺みたいに耐久力がある奴ばかりじゃない。

弱い奴が損をするのは自然なことなのかもしれないが、それに加担するのは気分が悪いからな。


「平等を大義名分にする輩とはずいぶん異なりますね」


 老シスターがぽつりと漏らした言葉は、特に力が籠もっていないのに俺の息の根を止めるのに十分な『力』を感じさせた。

 しかし、平等ねえ。


「悪用されることが多い言葉であり概念だと思いますよ。皆のためになる気がする言葉なのに、実際は特定の存在や集団に利益を集中させるための道具だったりね」


 いかんな。

 前世で感じた鬱屈をここでも感じてしまった。


 今の俺は冒険者!

 モンスターをぶっ殺してその死体を金に変える、暴力の専門家だ!

 うじうじ考えるより行動だ行動!


「皆があなたのように単純であれば、我々の苦労も減るのですが」


 老シスターが言う『皆』は、人間全体ではない気がした。

 もしかすると、俺や負け犬と似たような奴が他にもいるのかもしれない。


「俺は欲望に素直なだけですよ。では私はそろそろ」


「ええ。成果を期待しています」


 まだ具体的な成果は出ていない。

 それでも、いけるという確信があった。



  ☆



 今日の獲物はシルバーパイソンだ。

 全長十メートルに達する巨大な銀色の蛇で、その鱗には多くの銀が含まれている。

 その死体は極めて高く売れるので有名だが、危険性でも有名だ。

 人間程度簡単に丸呑みして体内で押しつぶす化け物だからだ。


「ざけんなクソがあ!」


 俺は、胸まで飲まれてしまっていた。

 両手の指をシルバーパイソンの目や顎の裏に突き立てて固定し、それ以上飲み込まれるのを必死に耐える。


「アリタさま!」


 無理やり同行してきたマリーが剣を抜く音が聞こえる。

 抜刀のような威圧感の中に爽やかさもある音ではなく、巨大ロボットがメイン武器を構えたかのような物々しい音だ。


「倒せますからマリーさんは手を出さないでください! シロ、ガキどもは近づけるな。棒じゃ止まらん。クロ、こいつは脆い。数で押せ!」


「そんな」


「はい!」


「へび! ころす!」


 葛藤するマリーと、飲み込まれないと抵抗する俺と、異様に固い獲物(俺のことだ)に手こずるシルバーパイソン以外が激しく動き出す。

 シロはお子様たちとそれ以外を引き連れて後退。

 クロは、以前よりさらに洗練されたフォームで鉄のつぶてをシルバーパイソンへ叩き込む。


「んがっ」


 衝撃でモンスターが横に数回転して、飲み込まれかかっている俺も当然に巻き込まれる。

 土と草が俺の口に入って、嫌な味と感触を強制される。


「いいぞクロ! そのままやれ!」


 鉄のつぶてが叩き込まれるたびに、銀色の粉塵と銀色の鱗が宙へ飛び散る。

 銀ってのは柔らかい金属だ。

 そんなのが含まれたシルバーパイソンの鱗も防御力は低い。

 モンスターにしては、だがな。


 シルバーパイソンの目に突っ込んだ指と、顎の裏に突き立てた指をより深く刺す。

 モンスターの抵抗が弱まっている。

 俺の全身を喉の奥へ引き込もうとする力もだ。


「シロ! ガキどもと引率している連中に石を投げさせろ。お前は周辺警戒!」


「コボルトつかうお!」


「任せた!」


 真正面から殴り合う戦いでは肉盾にもならないコボルトは、戦場の駒としては有用だ。

 シロやクロのような戦闘力はないが、目も耳も鼻もかなりものだ。

 今日の朝もしっかり食べさせてもらったコボルトどもは、自らの主であるシロの命令に従い戦場全体を警戒する。

 戦いになればマリーや俺やシロクロがいるのを分かっているので、虎の威を借る狐を思わせる『勇敢』っぷりだ。


「えい!」


「はずれたっ」


 クロの鉄つぶてとは比較にならないほど弱い投石ではあるが、モンスターにダメージは与えている。

 これで『経験値』が入るならパワーレベルングが楽になるんだがな。


「おいおい」


 蛇の抵抗が露骨に弱くなる。

 こっちが油断するのを待つつもりか?

 いや、これはマジで弱ってるのか。

 それならそれで構わん。

 亜人や他のモンスターが出てくる前に撤退する必要があるからな。


「親分! 弾切れだお!」


「分かった」


 全身に力を込める。

 体力勝負はしない。

 鉄より固い爪を、アホみたいに頑丈な体で支えるだけだ。

 モンスターの抵抗が弱いときには押し込み、モンスターが慌てて力を出したときには耐久力で耐える。


「お前の体も命も有効活用してやるよ」


 眼球を眼窩からかき出し、その奥を爪で突く。

 極めつけの急所であるはずなのに、俺の力では一撃では貫けない。

 相変わらず『レベル』の割にゼロに等しい攻撃力だが、繰り返せば少しはダメージがあるし場所が場所だけに影響は甚大だ。


「おやぶん! いしひろって、つづける?」


 俺が判断に迷ったとき、シロが引率する集団から「きゃあ」と悲鳴が上がった。

 戦場とは思えない緊張感が欠けた声なのは、お子様たちを除けば今回が初陣の連中だからだ。


「相変わらずレベルアップのタイミングは分からんな」


 眼窩を破壊し、その奥にある脳を指先で撹拌する。

 まだシルバーパイソンの体は抵抗しているが、俺たちの勝利はもう確定だ。


「……運ぶのを考えると頭が痛くなるな」


 俺とモンスターの周辺に散らばった銀を見て、俺は大きなため息を吐いていた。



  ☆



 動かなくなったモンスターの口から這い出し、モンスターの体液の臭さに閉口しながら味方と合流する。

 そこには、今日、夫や父や息子を失ったばかりの、兵士の遺族たちがいた。


「お疲れ様でした。これからモンスターの死体回収を行います。事前の約束通りの戦利品分配は行いますので、無理をせず休んでください。ただし警戒は怠らずに」


 この世界にまともな社会保障などない。

 街を守るために戦い抜いた兵士の遺族に提供されるのは、わずかな見舞金と神殿による不定期の炊き出しのみ。だった。


 だったらそいつらをパワーレベルングしても構わないよな!

 戦いの才能があるなら、今回の報酬と強くなった体で冒険者として活躍できる。

 戦いの才能や殺しに対する適性がないなら、強くなった体でガンガン働いて稼げばいい。


 別にこれは慈善事業じゃない。

 誰が何とどう戦ってどの程度強くなったかの情報が、俺や神殿の報酬であり取り分だ。


「おじさん! これで僕、亜人と戦える!? 父さんのかたきを討てる?」


 見た目ならシロやクロより少し年上に見える子供が俺を見上げる。

 この顔、あの兵士に似てるな。

 そういうことなのか?


「モンスター相手に戦えるお前さんならいつだって戦えるさ。だがな坊主。体が育ってから戦った方が効率よく殺せるぜ」


 俺は腕に力を入れる。

 筋肉が躍動し、役割は重りでも外見は鎧であるものがみしりと鳴る。

 直接シルバーパイソンと取っ組み合って生き残った冒険者のパフォーマンスに、遺族たちだけでなくコボルトたちも盛り上がった。


「すごい!」


「坊主もしっかり食べて親御さんの言う事を聞けばこうなる。焦ると損だぞ、色々とな」


 子供の背後で頭を下げている若い女性がいる。

 俺は目だけでうなずき、あの戦いで兵士たちがどれだけ勇敢に戦い、そのおかげで勝利できたのだと声を大きくして語る。

 大部分は伝聞だが事実でもある。

 俺自身、脚色は入れたが本心からそう思っている。

 これで家族を失った痛みが癒えるとは思わないが、誇りを持てるかどうかで気の持ちようが変わってくると思いたい。


「親分! モンスターの死体をだいたいまとめたお。一割くらい残ってるお」


 地面に散らばった鱗を全部回収するのは大変そうだな、こりゃ。

 俺はシロに対して大きく頷き、賞賛と了解の意を伝える。


「皆さん、力に余裕がある方は輸送に協力してください。報酬もありますよ、一人で銀貨二枚です! ないとは思いますが亜人勢力による襲撃の可能性もあります。急ぎましょう」


 非戦闘員を誘導するのは大変だったが、今回はその苦労に見合う成果があった。

 この調子で街の住民の戦闘力と体力を増やしていけば、今後、亜人が再び襲ってきても撃退は楽になるはずだ。

 レベリングはまだ始まったばかりだ。

 俺が属した勢力を勝たせ、なにより俺が旨い汁を吸うために、これからもパワーレベリングを続けていくことを心に誓った。

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