金色の重装騎士をお姫様抱っこした結果 ~聖女の愛が物理的に重くて、異端審問官との政治交渉も圧勝した件~
振り返ると、正門があった場所には残骸すら残っていなかった。
これがエルフの魔法の力か。
「おやぶーん!」
「あうっ!」
聞き慣れた声が、とんでもない勢いで別方向から近づいて来る。
最初に出会ったときと比べて別人のような元気のシロとクロだ。
ただ、横には成長していない。
筋肉は増えているんだが身長の成長も著しく、全体の印象はほっそりしたままだ。
「おやぶん! そいつは!?」
「あうっ!?」
ふたりはマリーに気付いて犬耳を緊張させた。
俺たちをまとめて粉砕できそうな力の持ち主だから当然だ。
なお、マリーの剣では俺の体は切れないかもしれないが、神殿に「アリタという人は危険です」と言われるだけで俺の社会的立場はなくなる。
「アリタさまのお子様ですね。はじめまして。マリーと申します」
綺麗な礼をする。
おそらく、幼少時から高度な教育を受けているのだろう。
まあ、俺にとっては『一礼という動作をしてもほとんど音がしない全身金属鎧』の方が気になる。
神殿が持っている技術は、間違いなく俺の予想以上だ。
「シロ、だお!」
「……クロ」
尻尾が股の間にくるほど怯えているのに、シロもクロも逃げずに真正面から返事をした。
とてもえらいぞ!
「俺の手下で被保護者ですよ、マリーさん。……シロ、クロ。あの負け犬を見かけたか?」
シロとクロについては、それが唯一の懸念だった。
ふたりが負け犬に寝返るとは思わない。
負け犬が余計なことを吹き込んだり、負け犬がシロとクロに危害を加える恐れがあった。
見かけたらコボルトを見捨てて逃げるようにこっそり指示しておいたとはいえ、心配だった。
「においもなかったお!」
「まけいぬ、にげた!」
実の父親だろうに、あの野郎のことに言及するときのシロとクロの表情は汚物に言及するかのような表情だ。
負け犬のことはどうでもいいが、シロとクロのメンタルを考えると色々手を打つ必要がありそうだ。
「奴は負け犬だが強い。恐れる必要はないが警戒はしろ。いいな」
「はい!」
「あう!」
シロとクロは本当に素直だ。
もしシロとクロが駄目な奴になったら原因は俺ってことになる。
ちょっとばかり、責任が重いな。
「アリタさま、首に傷が」
マリーの顔から血の気が引いた。
装甲で守られた指の先が俺の喉へ向かう。
俺は、無意識に腕をとって関節技をかけようとするクセを、意識して抑え込む。
「なんてこと」
マリーがうっすらまとっている金の光が指先に集中する。
指が当たっている場所が急にかゆくなって、そのかゆみも唐突に消える。
痛みも、傷口に風があたる感覚も消えていた。
「これで大丈夫です!」
マリーの瞳に感情はなく、シロやクロとは形も色の違う耳に『褒めてくれるかな?』という感情がある。
……俺の勘違いか?
そもそもなんでここまで俺に好意的なのかさっぱり分からん。
「ありがとうございます。助かりました」
俺は頭を下げる。
今の街では綺麗な水と清潔な布を調達するのは困難だ。
本当にありがたい。
「いえっ。アリタさまのお役に立てて嬉しいです」
マリーは少し頭を下げる。
丁度俺が頭を撫でやすい位置ではあるんだが、おそらく神殿でも高位の地位にあるだろうマリーにそんなことでねーよ。
「俺はバリケードに埋もれている奴を掘り出して行きます。マリーさんはどうされます? 街の中に向かわれるのでしたらシロを案内につけます」
「あう!」
クロがアピールしてくるが、人間の言葉がまだ得意じゃないクロには任せられない。
「アリタさまには案内していただけないのでしょうか」
きゅーん、という情けない鳴き声が聞こえた気がするのは、おそらく幻聴だ。
「俺は冒険者ですし、同業者を助けないのもまずいんですよ」
「さすがアリタさまです!」
純粋な尊敬の視線は非常に心地良い。
これに慣れると堕落しまうかもしれん。
「では俺はこれで。シロ、あの方の所へマリーさんを案内してくれ」
「はい!」
「あ……」
俺はふたりと別れる。
クロがついてくる。
「クロ、コボルトどもは使えそうか」
「やつら、ぶきよう!」
「ってことは一応使えるのか。少々雑でも構わん。猟では量を優先しろ」
「たかく、うれる? あめ、いっぱい?」
クロが欲で目を光らせている。
貨幣経済は理解できてるようで安心した。
「今回は儲けより評判稼ぎを優先する。亜人どもは死ぬか逃げた。エルフは神殿の牢の中だ。怒り狂った街の連中にクロやシロが狙われると面倒だからな。お前らが人間側だったことを、馬鹿どもの胃袋に教育してやれ」
「わかった?」
「分からないなら分からないといえ、バカモン」
俺は爪でクロの肌を傷つけないよう気を付けた上で、クロの頬を何度かつついた。
「いひゃい」
「とにかく肉をとってこい。それでなんとかなるよう手を打っておいてやる。クロ、駆け足!」
「あう!」
クロが加速する。
俺が全力を出しても追いつけない速度へあっという間に到達し、数百メートル先で鹿の死体を数頭分運んでいるコボルトどもへ合流しに行く。
「さて、と」
かつて門だった場所を見渡す。
イナズマが直撃したあたりはクレーターしか残っていない。
少し離れると、戦死した後にイナズマに焼かれたらしい死体がいくつかある。
「兵士ばかりか。冒険者はどこだ?」
「はっ。ギルドに閉じこもるか、金持ちの護衛に雇われて前線に出てこない奴らばかりだ」
バトルアックスの冒険者が、汗まみれ、返り血にまみれの状態で、座り込んで荒い息を吐いていた。
自慢のバトルアックスは真新しい傷だらけで、何より本人の気配が大きくそして鋭くなっている。
この戦いで、かなり殺したな。
「包帯はいるか? 焦げてるが」
「よこせ」
「……巻いてやる」
「いでっ」
こいつが冒険者でないなら社会的な罠をはって『ざまぁ』な目にあわせていたかもしれない。
だがこいつは冒険者で、バリケードという最前線で生き残った。
その一点だけで信用できるし評価もできる。
「アリタ。お前、デカイ女が好みだったのか」
「なんだ見てたのか。話しかければよかっただろう。お前も街を守り抜いた冒険者だろうが」
「デカすぎる女は嫌だね」
「おいおい、お前、デカイ女を満足させる自信がないのか?」
野郎同士なので下世話な話になりやすい。
いつもは子供のシロやクロがいるから、話題は選んでいるんだよ。
「言ってろ」
バトルアックス使いは鼻を鳴らす。
包帯が巻かれた傷に新たな出血がないのを確かめ、安堵の息を吐いていた。
「真面目な話だがな。癒やしの力を使える女性に対して舐めた口はするな。いざというときに治療を受けたいだろ」
「お前は俺の親父かよ」
「口うるさくするだけで肉盾が一枚増えるならいくらでも口うるさくするさ。傷口が開くかもしれないから激しい運動はするな。暇ならクロが狩ってきた肉を焼くのを手伝ってやってくれ」
「肉かよ! 気が利くな!」
血が足りずに顔色が悪いバトルアックスは、立ち上がった直後にふらついた。
俺は手は貸さない。
プライドを刺激して面倒なことにしたくはないしな。
「兵士が大勢死んで、神殿は大物を呼び寄せて、冒険者でまともに戦ったのはここにいる二人だけか」
俺はうんざりした表情で事実だけを口にする。
バトルアックス使いは聞こえないふりをする。
分かるぜ。
旨い汁を吸えるならともかく、クソ面倒くさい政治に関わりたくはないよな。
「アリタさまー!」
「おやぶーん!」
街に中心方向からマリーとシロが走ってくる。
体格は全く違うのに、主人に駆け寄る忠犬めいた雰囲気がある。
その後ろから歩いてついてくる老シスター(この街の首席異端審問官)と護衛に気付き、俺は交渉に備えて精神を集中させるのだった。
☆
場所を移し、人払いを済ませた直後。
老シスターは穏やかな態度で、極めて危険な情報を口にした。
「街の防衛戦力が戦前の五割まで低下しました。マリーゴールドさまに癒やして頂いても戦前の七割に戻すのが限界です。このことを認識した上で、報告を行って下さい」
「はい……」
俺の耐久力は、ストレスからくる胃の痛みには効果がないようだ。
「犬獣人の有力者と思われる個体を撃退しました。俺の肌を切れる攻撃力と、高効率の糧食を開発したと思われる知識の持ち主でした」
「高効率の糧食であると、一番に見抜いたそうですね」
老シスターの表情は穏やかなのに、目に感情は一切ない。
マリーははらはらと心配しそうに見守っている。
「実は、俺の頭の中には出所がよく分からない知識があるんです。神殿から見てヤバイ知識は積極的に忘れたいんですが、相談してもいいですかね?」
老シスターは何も言わない。
俺を焦られて情報を吐き出させるためのテクニックかもしれない。
だがな。
そんな政治をやっている余裕はないだろう?
「どんな色の猫でもネズミを獲るなら同じと思うんですよ。知識でもね」
「続けてください」
これはいけるか。
俺は安堵の感情が顔に表れないよう注意しながら、舌がもつれないよう細心の注意を払う。
「亜人が使っていた新型糧食や、今は俺の頭の中にあるだけの知識。全部、神殿が開発したことにしませんか。亜人が使っていたのは『悪辣非道な人類の裏切り者が神殿から盗んだ結果』ってことで」
老シスターの口元がつりあがる。
それは、シロもクロもマリーも、俺自身も悲鳴をあげたくなるだけの迫力があった。
「アリタさん」
「はい」
「今すぐとりかかってください」
勝った。
本当の勝者は知識チートが可能になった神殿なんだろうが、俺は安全と旨い汁を吸える環境があれば十分さ。
「マリーゴールドさまと是非仲良くしてあげてくださいね?」
「アリタさまと仲良くします!」
邪悪に微笑む老シスターと、どろどろした感情をたたえた目で俺を見るマリー。
俺は、ひきつった表情にならないようするだけで精一杯だった。




