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エルフの極大魔法(雷龍)の直撃を受けたが、少し熱いだけだった ~空から降ってきた『全身フルプレートの聖女』をお姫様抱っこして受け止める~

「死ね、猿!」


 引きつった笑みを浮かべたエルフが魔法を発動させる。

 直後に俺の視界が白一色に染まる。

 とっさに目を閉じたのにまぶたの向こう側が明るい。


 俺が技をかけて密着していたオーガが、数秒もたたずに絶命して動かなくなる。

 肌に感じていた熱が、じわりと肌の奥へ侵入してくる。


「クソがっ」


 口を開けずに言ったので「もごもご」としか聞こえなかったが構うものか。

 俺はオーガの死体を捨て、目を閉じるエルフが見えていた方向へ走り出す。


「犬ども! 奴を足止めしなさい!」


「この状況で足止めなどっ」


「コボルトを使えばいいでしょう!」


「……やれ!」


 エルフと犬獣人の間の口論と、犬獣人による威圧的な命令。

 情けない悲鳴をあげながら、コボルトらしき小さな足音が近付いて……俺に届くことなく悲鳴も足音も途切れた。


 焼けた何かを蹴飛ばした感覚があった。

 会話可能な相手の死体を傷つけるのは、前世の俺の常識でも今世の俺の価値観でも論外の行動だ。


「クソどもがっ」


「ひぃっ」


「後退します! 雷龍は自動型の魔法です!」


 エルフの声との距離が縮まらない。

 コボルトの死体だけではなく、人間対亜人の戦いでできた穴や掘られた穴が邪魔で、俺は何度もつまづいたり足がはまったりを繰り返す。


 肌の表面の熱は耐えがたいほどで、体の芯が湯あたりのときじみた熱を帯び始めていた。


「クソがぁっ!」


 目を開く。

 大きく口を開けて息を吐いて吸い込んで呼吸する。

 眼球や喉奥に痛みを感じるが気にしている余裕はない。

 進路を目で見て、全力で全身を動かし、逃げるエルフを追いかけた。


「猿め、お前はもう終わりです! たとえ我らを殺そうが雷龍は止まりません! お前はここで死ぬのです! だから諦めてよぉっ!」


 エルフの声はどんどん甲高くなって、最後は金切り声に近くなる。

 足がもつれて、エルフが同族を巻き込んで派手に転倒した。


「戦場で敵の言うことを信じる馬鹿がどこにいる」


 俺の声が低く冷たいままだ。

 鉄鎧の重さで『どすんどすん』と重い音をたてながら走り続ける。

 エルフまで後一歩の距離になっても速度は変わらず、そのままエルフの背中を踏みつける。

 骨とか内臓とかを粉砕する感触は、モンスターのそれとは違って不快な感触だった。


「マジで止まらないのかよ!」


 イナズマのドラゴンの姿は変わらず、延々と俺に対してイナズマを浴びせ続けている。

 俺に対するイナズマに巻き込まれたエルフどもが、まだ生きている奴も含めて黒こげになって絶命する。


 俺は、クロの真似をして、壊れかけて鎧の腕パーツを『むしって』投擲する。

 これで少しでもダメージがあればと考えたんだが、イナズマのドラゴンに当たる音はせず、ドラゴンの背後で腕パーツが落ちる音が聞こえた。


 比喩的な意味での俺の胸を、冷たい風が吹き抜けた。

 恐怖が生きる意欲がかき消そうとする。

 クソが。

 死ぬ瞬間まで俺は諦めねえぞ!


「そこの方! あと少しだけ耐えてください!」


 エルフでも犬獣人でもコボルトでもない声が俺の耳に届く。

 俺は助けを求めてその声に振り返り、予想外の姿と光景に混乱した。


 ロボットだ。

 いや、ロボットではなく全身鎧なのかもしれない。

 全身が鋭角的で派手な意匠が施された全身鎧がこっちへ走ってくる。

 もとは白銀めいて磨き上げられていただろう装甲には泥や埃が付着してはいるが、神々しい黄金の光をまとっていて汚れも頼もしさを強調するアクセントになっている。


「たあっ!」


 全身鎧が跳躍する。

 アホみたいな重さがあるはずなのに『軽やか』としか感じられない。

 空中で背中の剣を……身長の五割増しの鉄塊を剣と呼べるならだが……取り外して構え、未だに俺を狙ってイナズマを吐き続けるドラゴンの、デカイ頭を切り飛ばした。


「いかん」


 イナズマが消えた。

 それは非常に喜ばしいが、ドラゴンを斬り殺すことに集中した全身鎧のバランスが崩れている。

 あの高さから落ちたら、俺並の頑丈さがないと最低でも足をくじくし最悪衝撃で回復不能レベルのダメージを受けてしまう。


「受け止めます!」


 俺は手を広げて落下予測地点へ走る。

 いざとなれば俺自身のクッションにすればいい。

 アレと地面に挟まれても俺なら死にはしないはずだ。

 命を救われた恩があるんだから、少々の怪我ならむしろ勲章だぜ。


「駄目です。危険です!」


 空中の全身鎧のバランスの崩れが激しくなる。

 しかしデカイ。

 俺より頭ひとつは背が高いし、兜がまるで『犬耳』でもあるかのように大きいのでなおさら大きく見えた。


「今さら止まらないんで、ねっ!」


 受け止める。

 衝撃が腕から背骨から腰へと伝わり、今世では一度も経験したことのない痛みが全身を襲う。


「えっ……」


 全身鎧の仕草が妙に女性的だ。

 そういえば、声も女性にしては低いが男にしては高かったな。


「あ、あの」


 俺は、いわゆる『お姫様だっこ』で受け止めた全身鎧を見下ろす。

 胸部装甲にデカデカと神殿の紋章が刻まれているので『人間勢力のふりをした亜人』ということはないだろう。

 極めて高度な技術が必要な全身鎧を製造できるような技術を亜人どもが持っているなら、人間はもっと追い詰められているはずだ。


「お、お名前! お名前をうかがっても……」


 わたわたと慌てていた全身鎧が、シロやクロがときどきする『においを嗅ぐ』動作をする。

 その直後、全身鎧から動揺が消えて、飼い犬が何かに対して威嚇するかのような気配を放った。


「あなたから、犬獣人のにおいがします」


 声から感情が消えている。

 微かに感じるのは殺意か?

 だが、俺に対する殺意だとしたら、気配がおかしい気がする。


「犬獣人とつが……んんっ。犬獣人と結婚されているのですか? とても、若い、雌のにおいです」


 ちょっと前まではイナズマで熱かったのに、今は寒く感じる。

 なんでだ?


「そりゃ誤解です。俺の助手として雇っている犬獣人が二人いましてね」


「二人もっ!?」


 全身鎧は俺の腕の中で身を起こして俺に頭というか兜を近づける。

 そろそろ降りて欲しいんだがな。


「双子の姉と弟のガキどもですよ。仕事中は真面目なんですが日常では好き勝手やってましてね。別に部屋を用意してるってのに、俺のベッドに潜り込むんですよ」


 他種族の街で同族が二人きりなのは心細いだろうと思って拒否はしていない。

 アクロバティックな寝相をするのは止めて欲しいとは心底思う。

 あと、寝ぼけて俺に噛みつくのもな!


「そう、ですか。後で是非ご挨拶させてください」


 『ご挨拶』の部分に異様な気配を感じたが、命の恩人兼、神殿関係者を問いつめるわけにもな。

 ……そういえば、俺も挨拶がまだだったか。


「遅くなりましたが自己紹介させてください。俺はアリタ。あの街で銀札の冒険者をしています」


 全身鎧はこくこくと高速で頷いて、そして初めて己が『お姫様だっこ』されていることに気づいたようだ。

 俺から見ても感嘆しかできない高度な体術で俺の腕からすりぬけ、美しい姿勢で立って一礼する。


「アリタさまと仰るのですね。わたくしはマリーゴールドと申します。マリーとお呼び下さい」


 そして、おそるおそるといった雰囲気で兜をとる。

 汗に濡れていても文字通りの黄金にしか見えない髪が肩から背中に広がる。

 黄金の髪の間から、ふわりとした垂れ耳が覗いている。


 顔の整い具合も尋常ではない。

 完璧過ぎて作り物じみた美しさと、何故が『どろどろ』したものを感じさせる瞳の組み合わせが大迫力だ。


 なお、俺が気になったのは顔でも目でもなく体格だ。

 顔のサイズと形があれで、鎧の各パーツの形がああだから……。


「こりゃすげえ」


 前世で実在した、装甲厚が数ミリしかない全身鎧とは違って、装甲厚一センチ以上の重鎧を着続けているのに疲れた様子もない。

 健康的なんて表現では足りない。

 肉体的天才だ。


 しかも、陽光を反射しているのとは別に、黄金の燐光をまとっている。

 神か神っぽい何かからの加護が、あるいは魔法かは分からないが、これほどの戦力なら神殿にとっての奥の手の一つだろう。

 すごく好みの女ではあるが、手を出したら神殿との関係が友好から敵対に変わっちまうかもな。


「すごい、ですか。アリタさまが、マリーのことをすごいって……えへへ」


 尻尾が見えていないのに上機嫌に振られている気がする。

 目も、ゴールデン・レトリバーっぽい耳も、全く動いていないのがかなり怖い。


 特級の戦力が到着した以上、城塞都市の防衛戦は人間の勝利で確定だ。

 勝利と生き残りを確信した俺は、ようやく肩の力を抜くことができた。

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