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敵の食糧に毒をぶちまけて、戦わずして勝つ外道戦術 ~攻めてきた将軍(実の父)を、双子が『負け犬』と呼んで完全決別した~

「作戦を説明する」


 気分は引率の教師だ。

 前世のガキなら学校やら遊びやらで身につける知識も常識も持たないガキと冒険者どもに、とにかく分かりやすく説明する。


「敵のメシが入った壺を壊して、その上から毒をぶっかける。それだけだ」


 シロとクロはうんうん頷いている。

 ガキどもは「そういうものなんだろうな」という顔で頷いてる。

 冒険者どもは俺の言ったことを記憶するので精一杯。

 リックたち職人衆だけが、少しだけ疑問を持った顔になる。


「それだけで勝てるんっすか?」


 俺に近付いて、気合いの入った表情のまま小声で尋ねてくる。

 俺も小声で返す。


「亜人どもが街の略奪を始める前なら勝てる。亜人も腹が減れば動けなくなる。近くの開拓村で略奪してここまで運んでくるのも人手と時間がかかる」


「っす。納得したっす」


 今回の作戦に最重要物資である『少しかかっただけで悪食のモンスターですら腹を壊す毒』を提供したリックが頷いた。

 モンスター皮を高価な革に加工するにはこんなものが必要とは思わなかった。

 皮なめし職人ってのは、冒険者とは別の種類の危険に挑む連中だな。


「よーし! じゃあ俺は突っ込むから、お前らは敵の迎撃を見てから敵の少ない方向から突っ込め!」


「わおーん!」


「あうあうっ!」


「おー!」


「おうっ! アリタさんはいつも滅茶苦茶するな!」


 数年後には『勇者と勇士による華麗な逆転劇』として歌われることになる一戦は、ガキとむさくるしい男たちの大声で始まった。



  ☆



 気づかれていない。

 いや、俺を脅威と思っていないのか。

 既に半壊している鉄鎧がアホみたいにうるさいのに、林の中にちらほら見える人影は動く気配がない。


「懸念はリックとコボルトどもか」


 リックともう一人の職人は足を悪くしているし、コボルトどもは一度はシロに圧倒されたとはいえ掌返しする可能性はある。

 だがまあ、連合を組んだ亜人相手に逃げ回るより今攻める方がマシだ。


「ふん」


 口を閉じる。

 林から飛来した矢が、俺の唇へ直撃する。

 多少レベルアップした冒険者でも歯の数本は砕けていただろう強力な一矢は、俺の上唇に少しの痺れを残しただけで地面に落ちた。


「エルフだから弓矢ってか?」


 舌で歯を確認すると問題なし。

 これなら楽勝か、などと考えたタイミングで『ごろごろ』という聞き覚えのある音が進行方向から聞こえてきた。

 それと眩しい光だ。

 そのへんにいそうな猟師姿の、顔だけは異様に整っている中年一歩手前のエルフが、一心不乱に詠唱を続けている。

 大きく掲げた右の腕の先端に、イナズマの色と音を持つ蛇じみた何かがうごめいていた。


「撃つな!」


 エルフの口元に嘲笑が浮かぶ。

 俺が命乞いしたでも思ったのだろう。

 俺は単に、クロがつぶてを投げてエルフに見つかるのを避けたかっただけなんだがな。


「愚かな人間よ。素直に降伏勧告に応じれば命だけは保てたものを」


 発音がぎこちない。

 人間が使っている言語は普段使っていないってことだな。


「家畜として飼うってか? 俺は文明人だからエルフを家畜にせずに低賃金の下っ端として使ってやるぜ!」


 心底馬鹿にしていた奴に見下されると腹が立つだろう?

 だから俺を憎め。

 俺に注目しろ。

 そうすれはそうするほど、シロやクロが見つかりづらくなる!


 エルフが顔をしかめて聞き取れない単語を口にした。

 おそらく『猿』とかそういう単語だ。

 前世でも、人種を理由に俺にこういう表情を向けた奴を見たことがある。

 そんときゃ撮影して公開してやったがな!


「ぬおっ」


 イナズマの音と色が俺の五感を埋め尽くす。

 痛みは……ない。

 頭の天辺から腰あたりまで静電気が覆っているような違和感がある。

 これなら耐えられるか。


「馬鹿なっ」


 エルフの驚愕の声が『ごろごろ』に混じって聞こえた。

 相変わらず視界は白い。

 肌の表面が徐々に熱を帯びている。


「そこか」


 落とし穴の罠は覚悟の上だ。

 足がはまっても腕を使って無理やり進むつもりで、エルフめがけて直進する。


「げぷっ!?」


 俺の頭に何かが当たる。

 エルフの情けない悲鳴と、エルフの折れた歯が木に当たる音が響く。

 そして、いきなり視界がもとに戻って、森林迷彩の天幕の中に大量の壺が並んでいるのが見えた。

 ついでに、白目を剥いて気絶しているエルフもだ。


「クロ、敵は?」


「あうっ!」


 得意げな声が返ってくる。

 殺害か無力化が完了したってことか。


「アリタ先輩! シロちゃんがいないっす!」


 焦った表情のリックが、火事場の馬鹿力じみた力で俺を追ってきた。


「シロには神殿への伝令を頼んでいる」


「門は激戦っすよ!」


「シロだけならあの高い壁を上まで登れるんだよ。神殿の偉いさんにも顔を覚えてもらってるからな」


「あのコボルトたちどうするんっすか!」


「クロがなんとかするだろ」


 俺は返事をしながら壺を二つ手に取る。

 そっくりだ。

 同じ型から作った、おそらくは量産品。

 ……缶詰技術を応用した瓶詰めと刀か。

 こりゃあ、学者じゃなくて俺の同類かもしれん。


「あう!」


 クロが「命令を寄越せバカ親父」という雰囲気の声を出す。

 腹は立つがそれ以上に嬉しい。

 子供が子供時代を過ごせているのを見るのは、思ったより愉快だぜ。


「クロ! コボルトどもに瓶を破壊させろ。こうして、な!」


 地面に置かれたままの壺にもう一つの壺をぶつける。

 輸送のために軽量に設計された壺では衝撃に耐えられず、大きな亀裂が入って甘じょっぱい香りが漂う。


「くぅん」


「街に戻ったら腹いっぱいくわせてやる。飴もだ!」


「あう!」


 一瞬できりりとした表情に戻ったクロが、あうあう言いながらコボルトを動かす。

 直接のモンスター殺害数ではシロを上回るのがクロだ。

 コボルトたちは、シロに対してより明らかに怯えながら、亜人どもにとって命綱である糧食の『殻』を破壊していく。

 熱していないのに、前世の記憶を取り戻してからで一番食欲を刺激される匂いだ。


「リック、いけるか」


「風が吹くと危ないっす。クロちゃんは鼻が危ないかもなんで離れてくださいっす!」


「あうっ!? あう!」


 クロは驚き、リックに一つ頷いてからコボルトどもを引き連れて天幕の外へ出る。

 リックは手袋をはめた手で目以外を隠すマスクをつけて、天幕をの入口を閉じてから桶の蓋を開けた。


「んんっ」


 本能的にヤバイと感じる刺激臭だ。

 俺も無意識に咳払いじみた声を出してしまった。

 リックは何も言わず、身振りで俺に注意するよう伝えながら、桶の中身を亜人どもの食い物へ、かけた。


「っ」


 食料に苦労した今世の俺も、食い物を無駄にしないよう徹底的に教育された前世の俺も、内心で悲鳴をあげている。

 今まさに食料が冒涜されて毒へと変わったことが、五感だけでなく直感で理解できてしまった。

 リックは慎重にその場に桶を置く。

 そして、俺を促し、天幕のわずかな隙間からすり抜けるように外へ出てから、天幕の入口を厳重に閉じた。


「大きく息を吸うのは十分離れてからっす」


「分かった」


「あう……」


 クロも、クロが率いるコボルトたちも、尻尾を股の間に挟むようにして震えている。

 それまで『おいしいもの』だった天幕が『おぞましいもの』に変わったかのように。


「アリタ! エルフはふんじばったぞ!」


「声が大きい。こいつらを街まで運ぶ」


「……奴隷にでもする気か?」


 皮なめし職人が嫌悪感で顔を歪める。

 俺は奴隷も男も趣味では……ああ、弓を撃っていたのは女のエルフか。


「亜人どもが人間の捕虜をとっていたらそいつらと交換する。交換する捕虜がいないなら売り飛ばして遺族への補償金にする。……あんたも元冒険者だ。分かるだろ?」


「そういうことかよ。畜生! 分かった。分かったとも!」


 両手両足をロープで固定されたエルフたちが、棒に吊るされてお子様ふたりがかりで持ち上げられる。

 口減らしで捨てられた子もいるが、ほとんどが戦死した冒険者の遺児だ。


「リック、お前ら三人が先頭だ。俺は最後尾。気づかれる前に街へ戻るぞ」


 このまま帰還できれば無傷の完全勝利って奴だ。

 コボルトはまあ、神殿の慈悲と理性に期待することにしよう。



  ☆



「おやぶん! こっち!」


 城壁の上でシロが手を振っている。

 シロの近くには黒装束の男たちが弓に矢をつがえて亜人に対して警戒している。

 神殿との取り引きはうまくいったようだ。

 非戦闘員らしい黒装束の女たちが、縄梯子を下ろす準備をしているしな。


 正門の方向からは相変わらず戦いの音が響いているが、命をかけた戦いなど長時間できるものじゃない。

 亜人どもも日が落ちる前に後退してから食事をしようとして、絶望するわけだ。


「よくやった! シロ!」


「親分! うしろぉっ!」


 血相を変えたシロが叫ぶ。

 俺は、シロの言葉を理解するのが間に合わなかった。

 冷たい殺気と、前世の記憶に目覚めてから初めての『斬られる』感触が、俺の喉を一閃した。


「いってぇっ!」


「羽虫がどこから迷い込んだ?」


 やられ役じみた俺の声と、涼やかな襲撃者の声には、残酷なまでの落差があった。


「なんて速さっすか」


 驚愕するリック。


「族長どの!」


 助けを求める捕虜エルフの声。


「ばうっ!」


「ゔーっ!」


 そして、威嚇の声に恐怖が混じったシロとクロの声。


 それら全てを浴びながら、美形俳優が演じる武将であるかのように、そいつは武器を構え直す。


 俺の首の形に曲がった、刀もどきをな!


「なんだとっ」


 本当にいい声をしてやがる。


「マジで痛かったぜ。血が流れたのも久しぶりだしよ」


 武器が歪んだだけの野郎に対し、俺は全身が汗まみれで鎧も残骸同然だ。

 見た目だけなら主演俳優とやられ役だが、勝利に近いのはどちらだと思う?


「そいつは犬獣人のトップだ! 殺せ!」


 俺は喉を撫でる。

 大量出血はないし、空気が漏れている様子もない。

 治療は必要だが軽症だ。


「石を投げろ! 矢で狙い撃て! 達人でも投石で死ぬ! 敵の得意分野にはつきあわずにこっちの有利を押し付けろ!」


「はい!」


「あう!」


 シロとクロがいつもの調子に戻った。

 神殿の黒装束たちも矢による攻撃を開始する。

 俺は『にちゃり』と笑って、クロが成長してスカした顔をしたらこうなるだろう犬獣人の美青年を見る。


「逃げても構わないぜ。犬獣人の族長は尻尾を巻いて逃げた負け犬だって、盛大に宣伝してやるがなぁっ!」


 憤怒の視線と殺気が、これほど気持ちいいとは思わなかった!

 犬獣人の殺意が強く、細くなる。

 狙いは俺の目か?

 口だった!

 とっさに閉じた口というか歯に当たって、歪んだ刀の先端が砕け散る。


「下郎が」


「いっ」


 刀を捨てた犬獣人が俺の懐に飛び込んで俺の首を決める。

 技が完全にかかった。

 俺の耐久力なら骨は折れないが、呼吸を封じることは可能だ。

 攻撃の効かない俺の背中を盾にすることで、犬獣人は一気に有利に立つ。


 しかしこの技、明らかに前世の知識にある技だ。

 こいつも前世の記憶持ちか。

 いや、余計なことを考えるな。

 今ここから逃げないと、負け……。


「おやぶん、から、はなれろ。クソ、ヤロー!」


 クロの鉄つぶてが、犬獣人を狙って外れた。

 そして、俺の体で跳ね返って、犬獣人の脇へめり込む。


「馬鹿なっ」


 技が外れた。

 追撃をかけようとしても、体が酸素を求めていて激しく息をすることしかできない。

 俺は出せない声の代わりに、クロに対して親指を立てた。


「分不相応にも人類を名乗る猿どもめ。私が潜入させた子供に頼って戦うとはな」


 負傷した今も、犬獣人には威圧感と『格』がある。

 本来なら、この言葉によって神殿関係者とシロクロの間に深刻な亀裂が生じたかもしれない。


「シロ嬢の予想通りの捨て台詞か」


「卑しい獣人の考えそうなことだ。シロ嬢は今まで通り自らを律するのだぞ」


 黒装束たちはシロに対して極めて上から目線だが、シロを疑う素振りは皆無だ。

 正確には予想していたのは俺で、伝えたのはシロだ。

 人間の言葉が使えるならこの程度当然やるよなと思っていたが、マジでやるとはな。


「その顔、覚えたぞ」


 憎々しげに俺を睨んだ後、犬獣人が高速で駆け去る。

 明らかにレベルアップを繰り返した身体能力であり、矢や投石の有効射程をあっという間に抜けて、クロが狙おうとしても小刻みに進路変更するので狙いが定まらない。


 参ったな。

 ここで殺しておきたかったが、それが無理なら次善を目指すか。


「負け犬が尻尾を巻いて逃げたぞ!」


 うーん爽快!

 敵の名誉に打撃を与える感覚が素晴らしい!


「負け犬が逃げたっす!」


 俺の意図を察したリックが、一度俺に呆れた目を向けてから唱和する。


「負け犬!」


「まーけいぬ!」


「まーけいぬ!」


 ガキどもの容赦がない追撃は、走り続ける犬獣人美青年の耳にも届いただろう。

 なお、一番熱心に、そして心底楽しげに「負け犬」を連呼していたのは、シロとクロだった。


「まずは治療とメシだな」


 戦争なんて非生産的なものはさっさと終わらせたい。

 俺は、降ろされた縄ばしごに手を伸ばすのだった。

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