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敵の軍勢(コボルト)を『おすわり』の一言で無力化する ~味方の誤射が頭に直撃したが、俺の頭蓋骨の方が硬かった~

「犬獣人も大したことはねえなっ」


「あうっ!」


「クロさんとシロさんは別だよっ」


 冒険者どももクロもお子様たちもまだ元気だ。

 おそらく持久力では敵に負けているから、とっとと勝負とつけたいところだな。


 俺の拳で殴りつける。

 迎撃の刀が異音を発して歪み、刀を弾き飛ばされまいと強く握ってしまった犬獣人がバランスを崩す。


「おらよっ!」


 重心を落としたまま踏み込み、地面という最も重く頑丈なものを支えに拳を押し出す。

 俺相手に訓練を繰り返したシロやクロなら即座に跳び下がってダメージを激減させることもできただろうが、自分の刀に注意を集中してしまっていた奴には無理だ。


「きゃんっ」


 大の男が子犬のような悲鳴をあげ、両手で刀を持ったまま尻尾を下げてぶるりと震えた。


「おおっ!」


 何かが俺の後頭部に当たる。

 痛いといえば痛いが、アホみたいに固い俺の髪も切れないし、筋肉と鉄鎧で重さが増えた俺の体を揺らすこともできない。


「木の枝でも当てたか?」


 けけけ、とでも聞こえそうな不気味な笑い声が俺の口から出てくる。

 犬っころが持っている刀は立派なもんだ。

 波紋やこしらえはイマイチだが、美術品ではなく殺傷用の道具としては前世基準でも及第点をくれてやってもいい。

 つまりこの世界じゃチートじみた高性能武器ってことだ。


「こっちにマジの刀匠がいたら、そんな情けないモン作らずモンスターをぶっ殺すための刀を打っただろうよ」


 刀を気にせず前へ出る。

 俺が怖いだろう、犬っころども。

 対人用の武器を嬉々として振り回すお前らと違って、モンスターを倒すことしかしてこなかったレベルアップ済み冒険者はよ!


「あう!」


 クロの気合いが入りすぎた声を聞いた瞬間、嫌な予感がした。

 鉄のつぶてが空気を裂く音が聞こえた直後、俺のもみあげあたりが『ぞりっ』と変な音をたてて、俺の視界がいきなり揺れる。

 クロの奴、誤射しやがったな!


「あうっ!?」


「気にせず投げ続けろ。俺には効かない。こいつらには効く。投げるだけ得って奴だぜ」


 冷静な口調で言ってるのは演技だ。

 正直かなり痛い。

 だがな。

 味方からの誤射でも無傷に見える奴が迫ってくるのは怖いだろ?


「あうぅ」


 情けないときのクロみたいな鳴き声をあげて、斬るためではなく敵を近づけないための構えをとる犬っころども。

 これなら降伏させることも可能か、と俺が思った瞬間に、無力化したはずのシロの『じじい』の叫びが聞こえた。


「おんっ!」


 犬獣人どもが、怯えた負け犬から、逃げ腰な臆病者にまで士気を回復させる。

 健在な五人で俺の目に立ち、槍の円陣を攻略できずにうろうろしていた犬っころが、鉄つぶてに被弾して戦闘力を失った犬っころを助け起こす。


「おーんっ!」


 『じじい』が命令を出す。

 負傷者を抱えた犬獣人が逃げ出し、健在な五人も俺に刀を向けたままじりじり後退していく。


「シロ、戻れ」


 気配を殺して敵の退路を絶とうとしたシロが、足音を消すのを止めて俺の横まで走って戻ってくる。

 白い耳がぴんと立ち、顔には出ていないが不満そうだ。


「冷静な敵は罠も使ってくる。こういうときはな、クロ、全部投げちまえ!」


「あうっ!」


「違う、一個ずつ投げろ!」


 いきなり全部まとめて投げそうになったクロを止める。

 シロがクロを見てため息を吐いている。


 クロは近くに敵がいなくなったことで投擲に専念でき、鉄のつぶての精度と威力が一段階上昇する。

 同族を運びながらではクロからの攻撃を躱すのは不可能だ。

 鉄のつぶてが深くめり込み骨まで折られ、逃げ延びたのは半数にも満たなかった。


「さてと」


 『じじい』に近づく。

 唾を吐いてきやがったが、構わず歩み寄って『じじい』の両腕を何度も繰り返し蹴りつける。


「お前は色々知ってそうだから生きて神殿で喋ってもらうぞ。おっと、今さら死に逃げはなしだ」


 俺の指を『じじい』の口へ突っ込む。

 自身の舌を噛み切ろうとした歯が、俺の指に負けて砕ける。


「刀と戦術の初歩か。文明先進地から学者でも流れてきたのかね」


 『劣った』者たちに知識と技術を授けて理想の国を作るってのは、前世の歴史では何度も試みられた。

 ほとんどの場合、『劣った』連中の予想以上の馬鹿さで失敗するか、知識と技術だけを吸収される結果に終わったがな。


「んっ!」


 シロが手ぬぐいを取り出して俺の顔を拭く。

 それじゃ唾を塗り拡げているようなもんだと文句を言いたくなったが、半泣きの顔で吹き続けるシロに気付いて何も言えなくなる。


「面倒なことになったな」


 シロとクロのことではない。

 犬っころの逃げる方向が、城塞都市のある方向と一緒だったのだ。

 最悪の場合、既に街は既に陥落しているかもしれん。


「あう!」


「お前はもう少し真剣になれ。短時間だけ鉄を回収してから街に近くまで戻る。犬っころは……」


 殺してしまうのが一番簡単だ。

 しかし、長期的な利益を考えるとよろしくない。


「痛めつけてから放置する。このまま死んでも、敵が負傷者を回収して治療に人手をとらせても、こっちの利益になる」


「げっ」


「冒険者のやり方じゃないぞ」


 冒険者どもが冷や汗を流している。

 俺だって他に手段があればこんなことしたくないぞ。


「時間がない。急ぐぞ」


 総勢十六人しかいない俺たちだが、士気はまだ維持できていた。



  ☆



 城塞都市から黒煙が上がっている。

 怒号と悲鳴が聞こえるのは、正門がある方向だ。


「アリタせんぱぁい!」


 そんな地獄めいた光景を背景にして戦っているのがリックを含む三人の皮なめし職人たちだ。

 犬獣人と比べれば一回りは小さな直立した犬……コボルトか? とにかく亜人を相手に槍を振り回して戦っている。

 動きはいいのだが、なめすための道具や薬品をかついでいるせいか、小枝じみた棍棒をふりまわすコボルト十数匹相手に追い込まれていた。


「ボス、あたしがやるお」


 シロが大きく息を吸う。

 喉奥から『ぐるる』と響いた音は、シロを信頼しているお子様たちが怯えるほど威圧感たっぷりだ。


「おすわり」


 それは、上位者から下位者に対する絶対的命令だった。

 リックたちが槍を繰り出しているのに、それが見えていないかのようにコボルトはシロへ向き直ってその場で平伏する。

 冒険者のうち何人かが、新たな性癖に開眼したかのような顔で『おすわり』しかかっていた。


「群れだとあたしをイジメてたコボルトがこれかお」


 冷たく、鋭い殺意に満ちた声が、シロの口からこぼれた。


「お……ゆるし……を」


 震えるコボルトがかすれた声で言う。

 シロは無意識にナイフを抜いて、しかし俺にそっと背中を撫でられ「くぅん」と鳴いた。


「暴力は道具だ。加減を間違えるなよ」


 俺のような暴力的な人間には重要な考え方だ。

 最後まで律すれば紳士、途中でしくじればアウトロー。

 どちらが得かは言うまでもない。


「うん」


 シロは俺の手に体重を預け、安心したように頷いた。


「すまんなリック」


「いえ、殺し合いしなくてすむならそれが一番っす!」


 リックたち三人は、『おすわり』したコボルトどもをいつでも突き殺せたのに殺さなかった。

 理性と善性が羨ましくも感じる。


「街はどうなってる」


「ひどいもんっす。確認できただけでも、犬獣人、エルフ、オーガと、そこのコボルトたちが正門に攻めてきました」


「いつからだ」


「昼頃からっす! 最初は門の近くにいなかったすけど、俺たちの小屋にコボルトが近づくようになって、防ぎきれなくなってなんとかここまで逃げてきたっす!」


 リックは無傷ではあるが、不自由な足を酷使しここまで来たらしく、かなり疲れているようだ。


「なるほどな。最後だが、敵の数は分かるか」


「そこまでは。でも、全部あわせて百はいなかったっす。この百ってのはコボルトを計算に入れない数っす!」


 俺はリックに礼を言って考え込む。

 街から立ち上る黒煙は、まるで既に陥落した証のようにも見える。

 しかし違和感がある。


 前世で戦争経験などないが、過去に行われた攻城戦の落城時に何が起きたかは知識として知っている。

 どの規模の火事でがどんな煙が上がっていたかについては、直接ではないが映像で見た記憶まである。

 それらを参考にして考えると、街の被害が小さすぎるように思えた。


 火矢でも打ち込まれて延焼しているだけか?

 それに百人とコボルトだ。

 近くに亜人の拠点がないのにそれだけの数を送り込むのは、近くに亜人の隠し里があるか、食料調達の魔法でも使えるのか?


 考え込んでいると、コボルト(改めて数えてみると九人もいた)が、シロに何かを献上しようとしているのが見えた。

 ……壺?


「おやぶん! これ、ごはんだって!」


 献上品あるいは略奪品である壺を、シロがレベルアップした腕力で開ける。

 きゅぽん、内外の圧力差を感じさせる音が……圧力差?

 まさか、缶詰なのか!?


「マジで学者が亜人に肩入れしているのかもしれん。シロ、その壺がどこに集められているか聞き出せるか」


「あそこに見えるお?」


 シロは不思議そうに、城塞都市から少し離れた場所にある林を指差す。

 そして、俺の視力では全く見えないことに気付いて、バツの悪そうな顔をした。


「お手柄だシロ。この戦争の勲功第一等かもしれんぞ」


 詳しく聞いてみると、複数の亜人種族による遠征軍の糧食が、あの場所へ集められているらしい。

 本拠地からここまで長距離の強行軍だったので、コボルトは配給を減らされて共食い寸前。

 主力であるエルフとオーガも配給を減らされ苛立ち、犬獣人が反対したが包囲ではなく強攻が決定された。


「罠を疑うくらいにできすぎてやがる」


 現実なんてご都合主義もその反対も普通に存在する。

 そして、ご都合主義の状況で賭けに出られる奴だけが、飛躍の機会を得る。


「お前ら、生きたまま英雄になる気はないか?」


 俺の言葉ではなく、俺の『笑顔』で、みなが察した。

 シロもクロも、冒険者もお子様たちも、欲にまみれたいい顔になっていた。

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