うちの犬獣人(弟)が投げる『鉄つぶて』の威力が、既に大砲の域に達している件 ~包囲されたが、俺が全部受け止めるので問題ない~
クロの投石紐から放たれたのは、石ではなく鉄だ。
懐かしくすら感じるアイアンベアの腹に命中して、火薬など仕込まれていないのに爆発するかのように毛と肉が飛び散った。
「は、あ!?」
「なんだよこれっ」
「こんなのがあるなら最初から使えよおっ」
冒険者どもが泣き言を言っている。
クロが猪相手に投石をしていれば、お前らは醜態をさらさなくても済んだのは事実だ。
だがな。
「投げるだけなら遠くに飛ぶんだ。なくすかもしれないものを、猪程度に使えるかよ」
練習のときに林の中に投げ込んでしまった見つからなかったこともあった。
荒野の亀裂に入り込んで掘り出すのに数時間かかったこともあった。
本当に大変だったんだ。
「棒をアイアンベアに向けろ。来るぞ!」
瀕死のモンスターは怖い。
放っておけば死ぬ傷なのに殺意が膨れ上がる。
腹部に開いた穴から血とそれ以外を垂れ流しなながら、とんでもない速度で突撃してきた。
「ひぃっ」
それでも冒険者どもは逃げない。
ここで生き残る可能性に賭けるか、逃げて名誉も職も失い惨めに死ぬかのどちらかの未来しかないのだ。
「せめて槍をよこせよぉっ」
棒なので刺さらない。
六本の棒が、アイアンベアの胸や肩を押し、一本は穴の開いた腹に当たるが内臓が凹んだだけで破れはしない。
だがモンスターの勢いは衰えた。
下手に刺さるよりこっちの方がずっといい。
「そんなセリフは強くなってから言うんだな!」
冒険者を迂回し、モンスターの斜め後ろから飛びかかる。
俺が両腕でアイアンベアの首を締めると、既に体内の酸素を消費していたアイアンベアは深刻な酸素不足に襲われる。
それでも暴れる。
六人がかりでぎりぎりで拮抗できた冒険者が尻もちをついて槍衾が崩壊する。
「その程度の力ではなあ!」
技で締めて、腕で固定して、モンスターの力が一瞬弱まったタイミングでさらに締めて、固定し直す。
アイアンベアは全身を使って俺に抵抗しているのに、爪は俺の肌を割けず、重りを身につけた俺を跳ね飛ばすこともできない。
大きな身体が急速に弱っていく。
俺が何をしているか気付いた冒険者どもが、絞め技の残酷さに気付いて息を飲んだ。
「シロ、クロ、警戒を怠るな! ガキどもの指揮は任せる!」
「はい!」
「あう!」
ぱたぱたと軽い足音からは動揺は感じられず、俺は腕の中の獲物だけに集中することに決めた。
「おらぁっ!」
腕を固定したまま全身をひねる。
力と重さをアイアンベアの首に集中させてから数秒後、あっけないほど簡単に『ぽきり』と音が鳴ってアイアンベアの全身が弛緩した。
漏れた糞尿は臭く、その臭いが俺に勝利を確信させる。
「あーう!」
気を抜くな、か。
クロも言うようになったな。
「冒険者ども! 止めを刺せ! モンスターを殺せ!」
俺は冒険者どもを煽る。
どうしてだとか、なぜそんなことをだとか、余計なことを一切考えさせず、眼の前の獲物だけに集中させる。
「殺せ! 殺せば強くなれるぞ!」
「おおっ!」
「し、ねぇっ!」
冒険者が手にしているのはただの棒だ。
頑丈で大きなアイアンベアに全力で振り下ろせばヒビが入る程度にボロい。
それでも与えたダメージはゼロではない。
首を折られて絶命寸前のアイアンベアの命を少しずつ、確実に削り、ついにその時が来た。
レベルアップだ。
「うおっ」
「体がっ」
冒険者が構えた棒がぎしりと鳴る。
いきなりの腕力強化で力加減を誤ったのだ。
「アイアンベアの死体を運べ! 他のモンスターに奪われたら無駄骨だ。急げ!」
「へい!」
「あ、あぁっ」
冒険者どもは、戦闘前と比べて明らかに従順になっている。
満足気に頷く俺に、シロが足音を立てずに近付いてきた。
「おやぶん。あそこ」
シロが指差す方向には森がある。
今回俺たちが見つけて交戦したアイアンベアも、足跡を見る限りではこの森から来たようだ。
「何が見える?」
「おおかみのひめい。ひもが、きしんでる音もするお」
「よく気付いた。……なんだと思う?」
「木のモンスター?」
シロは自信なさそうに首をかしげる。
発音は徐々に良くなっているから、そろそろ専門知識も学ばせるべきなにかもしれん。
「断言できないことは一旦保留……結論は出さずに他のことを進めるってのもアリだ」
「うん。ひもの音、うごいてない」
「よし。アイアンベアをもう少し狩ってから街へ戻る。獲物が見つからなくても日が暮れる前に街に戻るからな」
真剣な表情で頷いたお子様たちと、レベルアップの余韻に水をぶっかけられた形になった冒険者どもの情けない顔が、対照的だった
☆
体感で一時間ほど探してもモンスターは見つからなかった。
ほっとした冒険者どもと残念そうなお子様たちを連れ、アイアンベアを運ばせながら街へと向かう。
「あう?」
石も鉄もセットしないまま投石紐をまわしていたクロが、違和感に気付いたかのように鼻をむずむすさせた。
「おやぶん」
「ああ」
身振りでそのまま進むよう指示を出す。
アイアンベアの死体が一体しかないのが、今は不幸中の幸いに思えた。
「したい。よっつ。ぼうけんしゃ」
俺はまだ何も見つけていないのに、シロが淡々と報告してきた。
「逃げた奴らか。死因は?」
「たぶん、きりきず? いぬじゅうじんが使っていたぶきのにおい、するお」
「連中、もっとこっそりやると思ってたんだがな。おいクロ、鉄は後何個ある」
「あう……」
クロはびくびくしながら、右手の指をそっと三本立てた。
こいつ、こっそり練習して紛失しやがったな。
「予備を渡す。全部使うつもりでいろ」
クロに鉄片を渡していく。
本来投擲用に用意したものではなく、戦闘で壊れた俺の鎧の一部を流用したものだ。
今日の戦いでもいくつか鉄の用意ができてしまった。
「あう?」
「念の為だ。犬っころどもが襲ってきたら本気で投げてやれ。やれるな?」
「あう」
クロは歯をむき出して笑う。
尻尾は上機嫌であると同時に好戦的で、やる気は過剰なくらいに十分だ。
普段は服で隠れている胸元の古傷が、少しだけ見えていた。
「おやぶん!」
突然、犬の咆哮があちこちから響いた。
前と左と右斜後ろの三方向。
ほぼ包囲されている状況だ。
地面のくぼみから悠々と立ち上がった成人の犬獣人が、シロとクロに気付いて嘲笑を浮かべた。
「がうっ」
犬獣人は一人ではない。
黒く染め上げられた革鎧に大小二本の刀を指している犬獣人を中心に、五人ごとの集団が三つもある。
軍隊のつもりかね?
「やれ」
「あう!」
クロは振りかぶって、投げた。
投石紐ほどの勢いはないが準備してから投擲までが早い。
俺と一緒にレベルアップを繰り返した結果、クロの身体能力は超人一歩手前だ。
俺が娯楽目的で教えた投球フォームが、クロの創意工夫により戦闘術として完成している。
着弾する。
犬獣人もレベルアップはしていたはずだ。
でないと、着弾の時点で皮膚も肉の骨もまとめて貫かれて絶命している。
実際、肩に直撃を受けたのに、肩関節が外れてぶらぶらしていて刀を一本落としただけだ。
「ぐあ」
痛みで白目を剥いているのに気絶もできずに苦しんでいるがな!
「クロを中心にして外側へ棒を向けろ! 殺し合いだ! ぶっ殺せ!」
「こっちだお!」
シロがお子様たちを誘導する。
必死の表情で半円を作り、それを見た冒険者どもが別の半円を作って円陣を完成させる。
円は小さくてクロはちょっと投げにくそうだったが、二投目も見事に成功させ、今度は五人並んでいるうちの二人に同時に当てて左右へ弾き飛ばした。
「シロ、見覚えは?」
「おじさ……じじい!」
最初に倒れた犬獣人を指さして、吐き捨てるように言う。
こいつ言い直しやがったな。
だが、もとの群れに情が残っていないのは、俺にとってはやりやすい。
「モンスターを狩るより人殺しが大好きな犬っころどもだ。お望み通りぶっ殺してやれ!」
俺は冒険者どもをちらりと見る。
気付いてくれよ。
「そうだ! 殺せ!」
「殺せ!」
「殺せ!」
俺とシロとクロを除けば全員奴らより弱いってのは、少し見ただけで分かった。
そんな連中を率いて勝つにはどうすればいいかなんて簡単だ。
弱い奴らの士気をあげて耐えさせて、俺たち三人で殺しちまえばいい。
冒険者は声をはりあげ殺意を高め、犬っころどもからの圧力に耐える。
「あう!」
三投目。
今度は犬っころども何が脅威か理解したらしく、クロが投げたタイミングで横へ跳んで避ける。
最初から予想していた俺が突っ込んできて正面衝突寸前だがな。
「まず一匹!」
抱きついてそのまま前のめりに倒れる。
受け身を許さないというただそれだけの技に俺の勢いと装備の重さが加わり、純然たる殺人技として完成する。
犬っころの体中の骨が折れて内臓が潰れる音が、音ではなく衝撃として俺の体に伝わった。
「ははっ」
横に数回転がってから跳ね起きる。
まだ十数人……十数匹か?
とにかく敵の数は多いが数人ずつでしか連携できていない。
刀を何度も振り下ろしてくるが地面を削ったり俺の鉄鎧を傷つけるだけで、俺の肌を切れずに絶望することすらできていない。
「多勢で無勢で冒険者を殺して楽しかったか? あぁ!?」
俺の前世の世界だってアホみたいな数の戦争があったんだ。
異種族同士の戦い自体に文句をつける気なんてない。
だがな、こいつらは俺の手下であるシロとクロを痛めつけて追放し、俺の同業者である冒険者を最低四人も殺したんだ。
「なら次は苦戦を楽しめ。存分にな」
歯をむき出して笑う俺は、今のシロやクロとそっくりの表情をしていたかもしれない。




