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モンスターを見て逃げ出した大人たちを、逃げなかった子供たちと比較して煽り倒す ~プライドをへし折ってから、肉壁(タンク)として再教育する~

「孤児院のガキに銀貨を払うなら、俺たちなら金貨を払えるだろぉ」


 小汚い冒険者が宿にまで押しかけてきた。

 数は五人……離れて見ているのも数人いるから十人と少しか。

 見ているだけの奴の中には、顔色を変えて卑屈な笑みを浮かべた奴もいた。


「なにおまえ」


「あう」


 シロとクロは怒りもしていない。

 ただただ呆れて、手足が細く、腹がたるんでいる中年冒険者に温度のない視線を向けていた。


「で、なんの用だ」


 視線の温度は俺も似たようなものだが、背後からのおかみさんの視線があるので表面上の態度はとりつくろっている。

 それで俺が弱気になっているのだと勘違いしたかもしれない。

 シロとクロに舐められたと感じた中年冒険者が、怒りで顔を真っ赤にして俺に詰め寄った。


「だから俺たちが雇われてやろうって」


 俺に手を伸ばす。

 武器を扱う手なのに、剣だこのような鍛錬の跡が見えない。


「おやぶんにさわるな!」


 シロが冒険者のブーツを横から蹴り飛ばす。

 体重をかけた足の向きを強制的に変えさせられた冒険者が、勢いよく横に倒れて床に叩きつけられる。

 受け身もとれなかったそいつは、強すぎる痛みに襲われ声すら出せない。


「おいシロ。普通の人間は俺とは違って脆いんだ。手加減してやれ」


 中年冒険者の腹を軽く踏んでやる。

 多少鍛えている男なら腹筋で押し返せる程度に手加減しているのに、貧弱な筋肉が押し込まれて内臓を圧迫してしまう。

 こいつだけでなく、連れ立ってきた連中もまともな鎧を着ていない。


「おやぶん、てかげん、したお!」


 今のシロなら、高速のパンチを冒険者の喉に叩き込んで呼吸できなくさせるのも簡単だろう。

 モンスターを倒せない奴ら相手ならな。

 だが、俺たちは街の中で暴れるごろつきじゃなくて、街の外でモンスターを狩る冒険者なんだ。


「か弱い人間には優しくしてやれってことだ。ああ、甘くしろって意味じゃない。俺たちは文明人ではあるが冒険者でもあるからな」


 中年冒険者の腹から足をどける。

 他の冒険者どもに対して俺が『にこり』と笑いかけてやると、なぜか「ひっ」と悲鳴が漏れた。

 恐怖のあまり腰の剣に手が伸びた奴が……二人か。


「あう!」


 忍び寄っていたクロが剣を鞘ごと奪い取る。

 既に機敏さや器用さでは俺を上回っているクロは、奪い取った二本の剣の重さに眉をしかめた。


「か、返せ!」


「おいおい、剣を抜こうとした割にぬるいこと言ってるな。こっちが紳士でいるうちに、態度を改めた方がいいんじゃないか?」


「あんたたち! 壊した分は請求させてもらうよ!」


 彼我の戦力差を認識したおかみさんが強気になっている。

 ちょっとよくない傾向だ。


「床を直すための金はこいつらから回収しますよ。おかみさん、巻き込まれないようもう少し下がってください」


「まあ、アリタが言うなら仕方ないね」


 長期契約ってことで結構安くしてもらっているからな。

 こっちもおかみさんに配慮する必要があるんだが、俺は他人を守りながら戦うのは苦手なんだよ。


「おい! そこの見物している奴ら! 俺から仕事を請ける気があるなら着いてこい。……剣を抜こうとした馬鹿どもも着いてこい。逃げたら捕まえて兵士に引き渡すぞ」


 結構な人数とシロクロを引き連れ、俺は馴染みの屋台へ向かう。


「物騒だな」


 屋台の爺さんは相変わらず愛想がない。

 合計十人以上が集まっているのに顔色一つ変わらないのは、この荒っぽい世界で長年商売を続けているからかね。


「仕事にあぶれている奴らが予想以上に多いみたいでな。槍として扱える棒を人数分欲しい」


「高いぞ」


「中古でもボロでも構わん。まともな武器が欲しけりゃ自分の金で買えばいい。……何日で揃う?」


「少し待て」


 爺さんは、遠巻きに見ていた同業者……固定の店舗を持てない零細商人を呼び寄せて話をする。

 俺がまともな商売人に手を出さないことは知られているようで、近くにガラの悪い冒険者がいるのに怯える様子はない。


「本当にボロでもいいなら昼には揃う。前払いならまとめて金貨一枚だ」


「一本あたり飴玉より安いのか」


 俺は値切る交渉はせずに金貨を一枚渡す。

 金の輝きに目の色を変える冒険者どもは、シロとクロに睨まれて体を縮こまらせた。


「ここに集まった冒険者ども! 俺から仕事を請ける気があるなら、昼に門の外へ集合しろ。孤児院のお子様たちがやってる仕事を経験させてやる。まさか逃げやしないよなあ?」


 舐められたら生きづらくなるのはこいつらも同じだ。

 酷い顔色になりながら、俺の『依頼』を請けるしかない。


「爺さん。孤児院のガキ用の棒もくれ。七本だ」


「金貨二枚」


「おい」


「軽量で頑丈な棒だ。子供を戦わせるなら、これ以下の品は売らん」


「お優しいことで」


 俺は肩をすくめ、金貨二枚を追加した。



  ☆



「うわぁ!?」


 悲鳴を上げて逃げ出す冒険者に、棒を構えたままへたり込む冒険者。

 モンスターですらない猪一頭相手に、ひどいありさまだ。


「れんしゅうどおりにすればかてるお!」


 対照的に、シロとクロに率いられたお子様たちは穂先というより棒先を別の猪に向けたまま崩れない。

 猪が突撃してくれば、二、三人まとめて吹き飛ばされるのは確実。

 だがそれが七人なら?

 強烈な投石をするクロや、モンスター相手に目から脳を破壊できるナイフ使いのシロが側にいればどうなる?


「おー!」


「うおー!」


 お子様たちは声を張り上げて勇気を出す。

 猪という害獣を相手に一歩も退かず、大きな猪を相手に睨み合いを維持する。


 こいつは良い意味で予想外だ。

 人を押しのける適性はなくても、モンスター狩りの適性はあるのかもしれない。


「逃げるなら棒は置いていけクソが」


 俺は逃げた冒険者どもに対して悪態をつきながら、吠えるだけで冒険者を追い散らした猪へ襲いかかる。

 剣は使わない。

 宿の中庭練習はしたが、薪を一つ切れるかどうかも怪しかったからな。


「おらっ」


 猪の首に腕をまきつける。

 前世にいた格闘家が見れば極めて雑な技だろうが、俺の頑丈さとレベルアップによる筋力強化があれば問題ない。

 まあ、これだけ強化されてもなかなか絞め殺せないわけだが。


「シロ!」


「はい!」


 シロは返事の直後から足音も気配も消して、両手でナイフを構え、速度と自重で刃を押し込む形で柄に力をかける。

 俺には当てずに猪の首に刃を埋め込み、数ミリ動かしておそらく血管を切断してから鮮やかに抜き取る。

 赤い血がこぼれ、においと温かさが俺の顔で感じられた。


「ほう! 練習したな!」


 対人にしか使えないと思っていた細いナイフで、モンスターではないとはいえ大きな猪相手に一撃だ。

 猪が死ぬまでしばらく時間はかかるだろうが、俺が動きを封じているだけで死体に変わるってのは非常に楽だ。


「はい!」


 シロの表情は真剣だが、尻尾は機嫌よくぶんぶんと振られていた。



  ☆



 一頭仕留めてからは簡単だ。

 お子様たちに足止めされているもう一頭に背後から抱きついて動きを止めてシロが刺す。

 これだけで戦いが終わった。


 後はいつもどおりの作業だ。

 クロとシロが見張りと解体を分担し、お子様たちが臭いと汚れを我慢しながら皮を運ぶ準備をする。

 今回はさらに、これまでの報酬で火打ち石を買ってきたお子様が、枯れ草や枯れ木を集めて火を起こそうとしていた。


「なあ」


 猪相手に傷一つ与えられなかった冒険者が、おずおずと俺に話しかける。

 逃げ出したのが四人。

 猪相手に怯えはしたが棒は持ったままで戦場に留まったのが、ここにいる六人の冒険者だ。


「俺たち、報酬をもらえるのか?」


「お前らは逃げなかった。なんでもらえないと思うんだ」


「そりゃ……」


 猪を相手に一歩も逃げなかったお子様たちを見て、複雑な表情を浮かべる。

 恥を感じているってことか。

 ……これなら使えるかもしれん。


「戦えば負けることもある。俺を実戦経験なしの馬鹿だと思ってるのか、えぇ?」


 煽るのでも馬鹿にするでもなく、冗談のつもりで言った。

 なのに六人全員から怯えられて、俺は顔では平然としていたが内心かなり傷ついた。

 肉を焼くのをお子様たちに任せたシロがこっちへ来る。


「おやぶんのかお、なれないとこわいお?」


 かなり辛辣だ。

 いや、この顔は俺の顔が怖いのが普通だと思っている顔だ。

 嘘だろおい。


「髭、じゃないか?」


 冒険者の一人が恐る恐るという感じで言う。

 髭?

 俺は無意識に顎に手をやり、無精髭というには生えすぎた毛に気づく。

 ナイフで切れないから放置していた結果だ。


「とりあえず!」


 大声で誤魔化す。

 シロは「おやぶんってそういうところあるお」という顔だが、お子様たちは緊張感を取り戻し、冒険者六人は緊張で顔を強張らせる。


「モンスターと戦う前にしっかり食え。特に冒険者! 今度はガキの前でいいところ見せるんだろ、なあ!」


 馬鹿にはしない。

 こいつらは恥をかいた。

 次の戦いで名誉を挽回できないなら、二度と戦士としてデカイ顔はできない。

 この世界でまともな人間として生きて死ぬつもりなら、こいつらはもう戦うしかない。


「あ、当たり前だ!」


「やってやる。やってやるさぁっ!」


 そのことを理解している冒険者六人が、引きつった表情や裏返りかけた声で、戦う意志を示す。

 これなら最前列の肉壁として使えそうだな。


「いい気合いだ。なあに、何度かモンスターを倒せばお前らも強くなれるさ。……分かっているな?」


 何度かモンスターを倒すまで俺に従わないと『猪相手にびびった』ことをバラされると悟った冒険者どもが、絶望的な表情で何度も頷いた。

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