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ワニの鼻に泥を詰めて窒息死させる『泥団子作戦』 ~稼いでいるのを見た大人たちが、仕事を求めて群がってきた~

「いち! に! いち! に!」


 シロの掛け声が延々と続いている。

 再び集められた孤児院の子供たちが、再び銀貨一枚を得るために必死の表情でくらいつく。


「れつをみだしちゃだめだお!」


 しかし体力差は歴然だ。

 外見年齢はシロより上のお子様たちが、一部は脇腹を押さえ、一部は口から泡めいたものを零している。

 なお、クロは最後尾で監視役だ。


「あう! あう!」


 既に城塞都市から徒歩一時間ほどの距離にある。

 ここではぐれたら、犬獣人やモンスターや害獣に襲われて殺される可能性があった。


「おやぶん!」


「よーし、全員速度を落とせ。歩きながら息を整えろ」


 俺が率先して速度を落とす。

 体にしっかり固定していたはずの鉄鎧のパーツが緩んでいる。

 重りとして機能すれば問題ないとはいえ、そろそろ別の職人に切り替えるべきかもしれない。


「クロ、何かいるか?」


「あう」


 クロは真面目な顔をして小さく手を振る。

 いないってことだろう、多分。


「あたしもおなじだお。モンスター、にげた?」


「可能性はある。これだけ数が多いと警戒させたかもな」


 お子様たちが七人で俺たちが三人で合計十人だ。

 俺たち三人のときより戦力的には落ちているくらいだが、警戒心の強い種類のモンスターだと近づいて来ないかもしれない。


「かえる?」


「別のモンスターを狙う。美味しい獲物はいないから、できれば避けたかったがな。……それより、鼻はいけるか?」


「てつのにおいはおぼえたお! つぎはみつけるお!」


 シロは気合いが入っている。

 俺が犬獣人に奇襲されたのを気にしていたんだよな。


「頼りにしてるぞ。本当にな」


 シロは『ふふん』と得意げに鼻息をもらしていた。



  ☆



 今日の獲物はフラットアリゲーターだ。

 文字通り『平たい』ワニだ。

 皮としては有用であり高く売れはするんだが、生命力が強すぎて倒す頃には皮がぼろぼろなることが多く、獲物としての評価は低い。


「その程度の力ではなあ!」


 フラットアリゲーターに噛みつかれても、俺の肌は完全に無傷だ。

 鎧は完全に壊れたから、買い換え費用のことを考えると頭が痛い。


「引っ張れっ!」


 俺は大声で指示を出す。

 俺から伸びるロープをお子様たちが七人がかりで引っ張り始め、ゆっくりとではあるが徐々に俺とフラットアリゲーターが川から離れていく。


「あうっ?」


「クロは警戒を続けろ。敵対的な犬獣人だけじゃない。水中に対する警戒も怠るな」


「あう!」


 右手に投擲紐を持ち、クロは油断なく周囲を確かめながら足音を殺して歩く。

 この調子で体力をつけていけば、いずれ俺では勝てなくなるな。

 俺には耐久力があるから負けはしないだろうが。


「おっと」


 フラットアリゲーターが、俺には文字通り歯が立たないと判断したのか俺を放そうとした。

 それを俺の方から抱きしめて固定する。


「俺たちの歓迎を受けていけよ、なあ」


 ワニに通用する関節技など知らないが、ワニが肺呼吸するってのは知っている。

 つまり、鼻や口を封じてしまえば酸素が足りなくなって死ぬってことだ。


「おやぶん! どろ、あった!」


「よくやったシロ! 俺が抑えておくから、まず鼻に詰め込め! こんなことで怪我をしてもつまらん。慎重にいけ!」


「はい!」


 不穏な気配に気付いたフラットアリゲーターが暴れるが、既に足場は川の中でも川原でもなく荒野だ。

 俺の足がしっかりと地面を捉え、力ではなく体の頑丈さでフラットアリゲーターの逃亡を逃がさない。


 シロが、ぺたぺたとモンスターの鼻に泥を詰めていく。

 激しく息を吹き出して吹き飛ばそうとするモンスターだが、シロもレベルアップを繰り返して強くなっている。


「んっ!」


 一度に大量の泥が鼻の中に押し込まれ、どれだけフラットアリゲーターが頑張っても泥が抜けなくなった。

 まだ口からは呼吸できる。

 だが、呼吸するために口を閉じないなら、つまり弱点が剥き出しということだ。

 俺がてのひらを広げると、頑丈すぎて普段は扱いに困る爪が、ぎらりと陽光を反射した。


「おら死んどけ!」


 左腕でフラットアリゲーターの頭を抱え込み、右腕をその口に押し込む。

 内側は外側ほど固くはなかったようだ。

 口腔の上側を爪が抉り取り、血か体液か分からないものが俺の右腕を濡らす。


 モンスターの抵抗が激しくなる。

 全力で俺の右腕を噛み砕こうとした歯と顎が、フラットアリゲーターの力と俺の頑丈さに耐えられなくなって、砕けた。


「今日中に後数匹仕留める予定なんだ。手間取らせるんじゃねえよ!」


 腕や指の力だけではなく、全身の力を俺の爪に集中させる。

 頑丈さも力だ。

 モンスターの内側は少しずつ削られて、ついには脳まで到達した爪により止めをさされるのだった。



  ☆



「あう」


 クロが一歩退いた。

 情けない表情で自分の鼻をおさえている。


 シロはクロより俺から距離をとって、周辺に対する警戒に集中している。

 なお、俺が近付こうとしてもその分離れるので、クロほど露骨ではないが臭いと思っているようだ。


「そうは言うがな。何があるかも分からん川で、水浴びなんてできんぞ」


 寄生虫とか、病気を運ぶ虫とか、スライムみたいなモンスターとかな。


「くさい!」


 最初に口にしたまともな言葉かそれか、クロ。

 今のはちょっとショックだったぞ。


「分かった分かった。後で水でも浴びる。……シロ、仕留めたモンスターの血抜きを進めろ。孤児院のガキどもはしばらく休憩だ。食欲がなくてもパンと水を腹に詰め込んどけ」


 できれば後二体は仕留めておきたい。

 お子様たちに払う賃金も、お子様たちのための武器を買うための金も必要だからな。


「おやぶん。こいつら、たたかうの、むいてないお?」


 シロが真面目な顔で進言してくる。

 お子様たちに対する評価には俺も同意する。

 体力やレベル以前の問題だ。

 こいつらには、他人を蹴り落としてでも上に行こうっていう意欲がほとんどない。


「もともとこいつらを対人戦……獣人も人のうちだ、とにかく殺しに使う予定はない。モンスター討伐は殺しじゃなく駆除だぞ?」


 シロとクロもガキだが、シロとクロは本人たちが嫌がっても犬獣人相手の戦いに巻き込まれそうだからな。

 あの犬獣人はシロやクロが巻き込まれることなど考えずに戦ってたし、シロもクロももといた群れへの敵意がすごい。


「おなじだお?」


「違うと思う奴が多いってことは知っておけ。俺個人は命に区別はつけないがな」


 この日の成果はフラットアリゲーター三匹。

 お子様たちに銀貨一枚ずつを支払い、飯代をこちらで負担しても、前回より儲けは大きかった。



  ☆



「あの、アリタさん」


 宿に戻って井戸を借りて水浴びしていると、コレットは心底申し訳なさそうな表情で話しかけてきた。

 覚悟を決めた赤面というのは……うん、もう少し健康になって肉付きがよくなってからにして欲しい。


「どうしました、コレットさん。孤児院のお子様たちの銀貨を見て、ずるいとか俺に仕事をよこせとかいう馬鹿でも出ましたか」


「ど、どうして、分かったんですか?」


「馬鹿の考えそうなことですからね」


 俺が一番欲しいのは、やる気があって契約に誠実な奴だ。

 腕に自信があって勝手をする馬鹿より、力は弱くても俺の命令に従おうとはするお子様たちの方がマシだ。

 ただし、馬鹿にも使い道はある。


「その馬鹿どもには、俺に直接会いに来いと言ってやって下さい。ただし、コレットさんやお子様たちに迷惑をかけた奴は雇わないとも」


 この世界での成人が、好き好んで危険な仕事に志願したんだ。

 戦死や大怪我の可能性がある仕事もやってもらうさ。

 お子様たちとは違ってな!


「おや、ぶん! みず!」


 全裸同然のクロが走ってくる。

 俺と一緒に水浴びをするつもりなんだろうが、まだ子供とはいえ異性にそんな格好を見せるんじゃない!


「お見苦しいものを」


 俺はクロをひっつかんで井戸の裏に隠す。


「い、いえ。背中が大きくて、すごいです」


 コレットがちらちらと俺の体を見ている。

 毎日肉をたっぷり食べて訓練や実戦をしまくっているから、少し前と比べても分厚くなっている。

 その評価は嬉しいぞ。


「ありがとうございます。馬鹿を威圧して言うことを聞かせるためにも必要ですからね。おいクロ、水を被って終わりにしようとするんじゃない!」


自分自身の体を洗うのに使っていた布を手に取り、クロの体を傷つけないよう慎重に洗い始める。

まだ小さい体にいくつも古傷があるのに気付いて、犬っころどもへの殺意が強くなっていく。


「ガキどもはモンスター狩りのサポート。成人は危険を冒して戦うのが仕事です。ガキどもと同じ仕事のつもりで俺にたかろうとした奴には、苦労してもらいますよ」


 馬鹿どもに会うのが、今から楽しみだぜ。

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