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神殿の『異端審問官』に呼び出された結果 ~保身のために神殿と手を組むことにした~

「おや! ふん!」


 クロが満面の笑みだ。

 ついに完成した革の作業着を着て、俺に頭突きをかましたり俺に肩車をせがんだりと、正直何がしたいのか分からない。

 分かるのは、俺に対する敵意が皆無ってことだけだ。


 あれから色々あった。

 魔法使いの遺体の回収や、獣に一部食われていた隊商の死体の埋葬や、捕虜の運搬に神殿への引き渡し。

 夜遅くに宿まで戻ってぐっすり眠り、今は自主的に神殿へ向かっているところだ。


「クロずるいお!」


 シロがクロの足を引っ張って俺から引き剥がそうとする。

 クロが俺にしがみついて抵抗している。


「そろそろ神殿だ。大人しくしろ。ほら、手を握ってやるから」


 シロの手を引き、勝手口(正確な名称は知らん)へ向かう。

 豪華な正門とは違う、使い勝手と防御力しか考えていない作りが俺好みだ。


「こちらです」


 黒装束の男が案内する。

 レベルアップを繰り返した力の強さは感じないが、武術という面では俺より上だ。

 力が劣っていても絞め技で殺せるってのは、俺がモンスター相手に実証している。

 決して侮ってはいけない相手だ。


 案内された部屋では老シスターが書き物をしていた。

 見えてしまった内容だけでも、隣接地域の神殿にも指示を与えるものがあった。

 わざとだろうな……。


「お騒がせして申し訳ありません」


 途中、クロを降ろそうとはしたんだが降りてくれなかったんだよ。


「仲の良さを責める者はいませんよ。アリタさんは節度をわきまえておられますから」


 舐めた真似をしたら相応の対処をすると釘を刺されてしまった。

 実際にクロは騒がしいので文句も言えない。

 ただ、今のクロを肩から降ろすと興奮のあまり遠くに走って行きそうな気がするから、肩車を終わらせるのも怖いんだよな。


「情報をいくつか得ることができました。……そちらのシロさんに質問して良いかしら」


 老シスターの態度は穏やかだ。

 俺がシロをちらりと見ると、シロは緊張した面持ちではあるがしっかりと頷いた。


「シロさんとクロさんは、犬獣人の大規模な集団に属していたことがある。そして、集団の長の娘と息子である。間違いありませんね?」


「はい」


 シロは静かに肯定する。

 クロはいまいちよく分かっていない。


「アリタさん」


 老シスターは全てを口にしない。

 俺に対する試験かな、こりゃ。


「俺はシロとクロの保護者です。こいつらは街で何かやらかしたら、俺が責任を負います」


 シロが俺の手を握る力が強くなる。

 クロが、真面目な話だと直感して俺から降りる。


「街中では、ですか?」


「はい。街の外でモンスター相手に戦うときは手段を選べませんから、その点はご勘弁を」


 神殿が敵にまわったらシロとクロを連れて街から逃げるという予定の言い換えだ。

 だからシロ、そんなに警戒しなくて大丈夫だぞ。


「……いいでしょう」


 老シスターは笑顔のままなのに威圧感がある。

 個人としての戦闘力は分からんが、権力も動かせる戦力も俺とは比較にならんだろうから正直怖い。


 部屋にノックの音が響く。

 老シスターが「入りなさい」と答えると、俺たちをここまで案内した黒装束男が、鉄盆の上に何かを載せて運んで来た。


 それは、犬獣人が俺を襲ったときに使った、武器だった。


「こいつはまた」


 俺は盛大に眉をしかめてしまった。

 刀身は細く、刃は鋭い。

 達人の技術やレベルアップの恩恵があれば人間や人間が装備可能な鎧を斬ることはできる。

 だが、皮も筋も骨も分厚く固いモンスター相手に使うには、非効率すぎる武器……刀だ。


「対人戦用の切断武器ですね。モンスター相手には効率の悪い、人殺しのための武器です」


 モンスターを駆除すれば開拓可能な土地が得られるこの世界……まあこの地域限定かもしれんが、そんな状況で対同族戦や対異種族戦のための武器を造るのが気に食わん。

 しかもそれが刀?

 ふざけんなよ犬っころども。

 もしくは、犬っころどもにこれを売ってるクソども。


「冒険者らしい意見ですね。バトルアックスを使われる方も似たようなことをおっしゃられていました。……言葉遣いは違いましたけど」


「あいつも悪い奴じゃないんです。ただ、冒険者の流儀に染まりきってまして」


 性格も相性も悪い奴だが、肩を並べて戦ったことがあるという一点で擁護する価値はある。

 どれだけ性格が良くても、戦場で頼りにならないなら、どうしてもな。


 老シスターは微かに微笑み、さらに言葉を重ねた。


「この武器に見覚えは?」


 よく見てみると、俺の知っている刀と、柄の部分が違う。


「ないですね。柄の部分がもっと凝っていたら、知識にはある武器と似てはいますが」


 前世の記憶のことを積極的に話すつもりはない。

 神殿が前世やら転生やらを否定しているなら話のは危険過ぎるし、そうでなくても保守的な社会で全く新規の技術や概念を持ち込むのは影響も反発も怖すぎる。


 俺は、老シスターが口を開く前に新たな話題をぶつける。


「もし奴らがこれを自作できるなら最悪です。鍛冶が可能な技術と組織を持ってるってことは、武装した集団が襲ってくるかもしれないってことです。俺みたいな個人営業の冒険者だと危険が大きすぎます」


 これは本音だ。

 刀やその使用技術なんてのは枝葉末節だ。

 知性と組織を持つ別種族ってのは、それだけで個人では太刀打ちできない巨大戦力だ。


 老シスターは俺をじっと見ている。

 品定めって奴かね?


「アリタさんには容疑がかかっています。亜人と人類を同一に扱う……いえ、むしろ亜人こそ真の人類として扱う、危険思想集団の一員ではないかという容疑です」


「……はい?」


 言われた内容が理解できなかった。

 十数秒してようやく理解できて、全身から嫌な汗が噴き出した


「ちょ、ちょっと待って下さい。俺は使える奴がいなかったらたまたま拾ったこいつらを鍛えて使っているだけですよ! 暗黙ですが了解を得られてたと思うんですけどねえ!」


 俺は意識して体を弛緩させる。

 今俺は焦っている。

 体に力が入って戦闘するつもりと神殿の奴らに誤解されたら、神殿と殺し合う関係になっちまう!


 老シスターは動こうとした黒装束の男を目で制止する。

 熱を感じない瞳が、じっと俺を見る。


「続けてください」


「っ……。俺は自分の生命財産と身内くらいしか気にしない小物ですしその自覚があります。神殿やお偉い連中の独占物である政治に関わるなんて冗談じゃない!」


 前世ですら他業種による参入は激烈な反発を呼んだ。

 倫理も豊かさも貧弱なこの世界でそんな真似をすれば、俺が今の倍強くても次の日には死体になってるぜ。


「平等という言葉に魅力を感じたりは?」


「大義名分は神殿や偉い方々にお任せしますよ。俺みたいな奴には、他人が使う大義名分なんて他人の利益をかすめとるための正当化の道具にしか思えません。……もちろん神殿は別ですがね!」


 慌てて最後の言葉を付け加えた。

 なお、シロは俺のそばで警戒中。

 クロは状況を理解しないままシロの真似をしている。

 俺は楽しく冒険者生活を送って快適な老後に辿り着ければそれ十分なんだ。

 揉め事は勘弁してくれ!


「安心して下さい。この街の主席異端審問官である私が、アリタさんに対する逮捕要求を拒否しています」


「へ?」


 俺の口から間抜けな音が漏れた。

 恐る恐る黒装束男へ目を向けると、真剣な表情で深く頷かれた。


 マジかよ。

 まだ殺されても拷問されてもいないってことは、これまでのはただの確認?

 いや、これまでの確認で、俺に無罪判決が出たと考えるべきか。


「引き続き、アリタさんとは良好な関係を続けたいと思っています。リックさんから聞いていますよ。アリタさんは優れた冒険者であるだけでなく、とてもアイデア豊富で商売も心得ていると。シロさんとクロさんの教育にも、その辣腕を振るってくださいね」


「はい!」


「あい!」


「あう!」


 反射的に返事をした俺につられて、シロとクロも返事をする。

 退出を促されたので、三人揃ってぎこちない足取りで移動する。

 神殿から出るまで、生きた心地がしなかった。



  ☆



「コレットさん! あの人が異端審問官って教えてくれてもよかったんじゃないですかね!」


 宿に戻ってコレットを見かけて、つい八つ当たり気味に話しかけてしまった。


「えっ、あの人って誰のことを……異端審問?」


 コレットは目を白黒させている。

 これが演技なら、コレットは潜入捜査中の異端審問官かもしれない。


「アリタ! コレットちゃんをいじめるんじゃないよ!」


「おやぶん、コレット、たたかうひとじゃないお?」


 おかみさんとシロにツッコミを入れられてしまった。

 俺は何度も深呼吸して、自分自身を落ち着かせようとする。


「すみませんコレットさん。衝撃的なことを知ってしまって、動揺がですね」


「あの、異端審問官ってどなたのことなんですか?」


「俺の言ったことは聞かなかったことにしてください。お願いします」


 俺は深く頭を下げる。

 そして、おかみさんに今日の夕飯はごちそうにしてくれるよう、銀貨数枚を渡して頼んだ。


 その日の夕食は本当にごちそうだった。

 たっぷりのバターでモンスター肉を揚げた肉料理に、ふわふわの白いパンに、たっぷりの卵を使ったスープ。

 シロとクロがぶんぶん尻尾を振りながら食べ、普段は食が細いコレットも必死の表情で食べている。


「コレットさん。明日以降でいいので、以前俺が雇った連中に伝えて下さい。装備は俺が出すから冒険者をするつもりはないか、ってね」


 人数分の棒を用意すれば簡易の槍衾を作れる。

 さすまたでもいい。

 パワーレベリングでもなんでもして、犬獣人に対抗可能な力を身につけさせた上で、数で圧倒すればいい。


 孤児は多いし、食い詰めた新人冒険者はもっと多い。

 俺の今の稼ぎと、モンスターを倒して得られる肉があれば、部隊を作って維持するのも不可能ではないはずだ。


 獣人だろうがモンスターだろうが俺の邪魔はさせない。

 物理で蹴散らしてやるさ。


「おやぶん、たのしそうだお」


「あう!」


 シロとクロも楽しそうに、笑顔を浮かべていた。

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